第109話 終戦の花火
「この世の終わりだ」
月蝕を知らない者達がおののく。
「余は妖怪皇帝ぞ」
金環の下で名乗るマギは紅く濡れている。
真っ先に駆けつけたのはリケイカインと先代皇帝。
「マギ!」
リケイカインは安堵した表情で、
「絶対生きてると思った。ねえ、マギ。戦争、もう終わったよ。妖怪も人間も戦うの疲れちゃったって。これでよかったよね。だってさ、ぼく気づいたんだ。一番大事なのは仲間だって。だから絶対に失いたくないって」
計算高いリケイカインは話しかけながら、こっそりマギに【魅了━ファスツィナツィオン━】をかけようとした。
だが案の定それはできなかった。
――マギは【無効化━アヌリルン━】を使ってるんだ。
巨大なカラクリである大江戸城が崩壊した原因も同じであろう。
「答えてよ、マギ……」
「……余は平和を望んでいる」
「マギ!」
「だが愛より憎悪を選ぶ者達がいるぞ。ならば戦うより他に選択肢はない。余は必ずや悪の首謀を倒す」
「何言ってるの……? そんなやついないよ?」
先代皇帝がリケイカインを黙らせる。
闇雲に交渉しても成功しないとの判断。
彼が切ったカードは、
「此度の戦争において、貴様と親しい間柄にある者――例えば両親は生存しているか? 絶命した場合、吾輩が死者を蘇生してくれよう」
「余が殺した」
「……何と?」
「余が両親を殺したぞ」
マギの体から血が滴り落ちる。
先代皇帝はもう沈黙するしかなかった。
「ちょっと思ってたんと違うんすよね~」
やれやれといった感じで歩いてくるのは神葉。
「わしはあんたを一人前にする役目っすよ。侍従長っすよ。でも、あんたって賢すぎるじゃないっすか。すぐ死にたいだの諦めた方が楽だの言うじゃないっすか。ヤバイっすよ、子供の分際でそんなに冷めてんの」
自然な形で神葉はマギとの距離を詰めていく。
バカになってほしかった。
人生を楽しんでほしかった。
一旦は成功したかと思ったが、またしても賢いマギに戻ってしまった。
いや、もはや賢いと言うより、
「別の種類のバカなんすよね。命って大事に決まってるじゃないっすか」
「……違う」
「どう違うんすか?」
「どうしても殺さねばならない時もある」
「いや、わしが言ってるのはどこかの誰かの命のことじゃないっすよ。あのー、舐めないでくださいっす。わし、あんたとの付き合い長いんで、今あんたが何を考えてるかわかってるっすからね?」
マギの表情に翳り。
決して神葉から目を離さず、脚の爪で何かに触れつつ、
「詭弁をのたまうでない! 現実に目を向けろ! 余はそちのことなど……いや誰のことだっても必要としない! 誰も余を必要としないからぞ!」
「いるよ!」
即座に返すリケイカイン。
しかしマギは失笑。
「道具としての需要ならば、な」
マギは相変わらず脚をがさごそ動かしながら、
「すべて仕方がなかった。自分が望んだ選択などほとんど無い。生きるとは流されること。思うがままなのは死ぬことだけ。認めようぞ。余は人間を救いたいなどとは、ちっとも思っていない。無論、妖怪のことも。今こそ余が他者の命を道具とする時。一人で死ぬつもりなどない」
ちょうどマギの足元の瓦礫から煙が立ち始めた。
非常にうっすらとした煙だったが、神葉は見逃さない。
「火っす!」
「どうやら大江戸城という巨大なカラクリを動かすためには大量の油を必要とするようだ」
マギの狙い通り、瞬く間に火が燃え広がる。
「余はこの火を江戸中に撒こうぞ」
「マギ様!」
走り出す神葉。
だが先に攻撃を仕掛けたのは別の人物。
死角を縫ってマギの背後に辿り着いていたのは、
「神葉!! あなたも来なさい!!!」
ビタリアである。
「なんであんたに命令されなきゃいけないんすか」
と言いつつ、神葉はマギに斬りかかる。
マギは逃げ回りながら着火した木片をかき集める。
ビタリアの体力は限界を超えている。
追い付けないなら言葉で煽って止めてやろうと、
「民を守る務めから逃げるなど、武士の名折れです。生きるか死ぬかの苦しみを味わっている方々に比べたら、あなたの下らない悩みなんて気のせいでしょう!」
「悩みではなく宿命ぞ。生命の本質は増殖であろう。余は死への旅路をお供する者を増やしてくれようぞ」
マギのくちばしがビタリアに向かう。
神葉が庇うように刀を振り下ろした。
くちばしは刀を折り、ビタリアの胸部を貫く。
マギは走り去る。
「……っざっけんなっすよ……」
神葉が静かにブチキレた。
* *
「……あれは……?」
瀬良寺が空を見上げる。
火のついた木の破片がぱらぱらと投下される。
星が瞬く空よりも、燃え盛る地面の方が明るくなる。
非現実的で、どこか幻想的でさえある光景。
空を飛ぶマギと、地上でうずくまる瀬良寺が同時に呟いた。
「「美しい」」




