天海白眉の初恋 9
これまでの一週間は、羽黒彦一を超能力者として完全に覚醒させるために費やしていた。休みは思い切り遊びまくったがそれはさておき、彼は僕から念動力を学んで自在に使えるようになった。
「そろそろ次のステップに進むタイミングだ」
月曜の座学の時間、僕はそんな風に羽黒彦一に話を切り出した。
「次のステップ……って言ってもどうするんだ?」
「自分の得意分野の能力をどれくらい使えるか把握すべきだ。今まで催眠や暗示をなんとなく使っていただろう? 今後を考えるともう少し習熟した方が良い」
午前中の座学の時間は、もはや開き直っていた。僕は堂々と講師から背を向けて机を合わせ、羽黒彦一と対面している。
「習熟って言ってもな。こうやって周囲の人間に暗示をかけるくらいしかできないし……」
「他にもできることはあるはずだ。精神の治療。記憶のリーディング。あとは暗示のレベルを飛び越えた、かなり強力な洗脳なんかもできるだろうね」
「精神の治療はともかく洗脳は流石にキツいぞ」
「治療も洗脳も、超能力で言えば同じ行為だよ。押したら健康になるツボを押すか、即死するツボを押すか、その違いさ」
「暗殺拳の伝承者かよ……いや、実際間違ってないんだろうな」
羽黒彦一は納得しつつも難しい顔をしていた。
「でも訓練するにしても人体実験みたいなのが必要になる。やるべきと思うか?」
「……難しいところだけど、やるべきと思う。例えばキミに命の危機が訪れたとしよう」
「いやな想定だな」
「でも偶然そうなることはあるだろう? トラックに轢かれそうになるとか、痴情のもつれで刺されそうになるとか。そういうときにパニックになって超能力を暴走させてしまったら、何が起こるかわからない。自分に何ができるのか、どれくらいを把握しておけば、そういう危機的な状況が訪れても冷静に対処できる」
僕は何も、裏付けも何もなく話しているわけではない。
実際、天海筏で訓練した超能力者の方が事故は少ないのだ。
こればかりは、いかれた宗教団体の善の側面であった。
「例えば洗脳みたいな真似をしたとして、そいつを壊してしまうことになるんじゃないか?」
「加減を間違えたらそうなることもありえる」
「ダメじゃねえか」
「だからそうならないように訓練するんだよ。訓練を積んでおけば、もしもの事故を防げる。それに平常時であれば意識的に殺意でも抱かない限りは大丈夫だよ。能力の強さが保証するのは出力だけじゃない。コントロールの精度も兼ね備えている」
「なるほど」
「それに、多少やり方が雑でミスったとしてもリカバリは利く。催眠は、催眠を解除する能力でもある」
やられる方はたまったもんじゃないけど、という言葉は飲み込んだ。
彼には、何としても能力を使いこなせるようになってもらわなくては困る。
「……わかった」
羽黒彦一は、観念したように頷いた。
「じゃあ実験台を誰にするかだけど……Bクラスで周りから距離を置かれてる子がいるんだ」
「こんなところでハブられるのもつらいな」
「というわけで、なんとかしてみようか」
◆
座学を終えた後の休み時間。
廊下で羽黒彦一が、少し顔色の悪い茶髪の少女に声をかける。
「おーい、美川さんだっけ? 今ちょっと良い?」
僕はそれを物陰から眺めている。
少女さんはうざったそうに羽黒彦一を睨んだ。
「……誰? てか、何?」
不機嫌を隠す様子もない。
まあ羽黒彦一はどこかうさんくさいところがあるし、そんな風に見られるのも仕方ないよね……と思ったあたりで、羽黒彦一がすぐに行動が出た。
「【いま美川さんはすごく眠いよね?】」
美川さんはその場でふらふらと倒れそうになる。
羽黒彦一がそれを抱きかかえ、僕も手伝った。
「よし、拉致るぞ」
「……なんだか犯罪じみてるね、これ」
「お前がやれって言ったんだろ!」
「う、うるさいな!」
そして美川さんを二人で抱えて物陰に連れ込んだ。
気分はもはや誘拐犯だ。
「まず彼女をのけものにしたりイジメたりがあるかを確認しよう」
「確認って言ってもな……」
「別に裁判に訴えようって言うんじゃないんだ。彼女の記憶を読み取れば良い」
「できるのか、そんなことが」
「できて当然と思うんだ。鳥は空を飛ぶし魚は海を泳ぐ。そしてキミは超能力を使う」
「そういうエンヤ婆みたいな精神論止めてくれ」
「エンヤバー?」
「なんでもない。ともかくやってみる」
羽黒彦一が、美川さんの額を触った。
「おっ?」
「何かわかりそう?」
僕がそう言った瞬間、羽黒彦一の手が輝いた。
超能力が発現している。
「ああ……こいつ……エナドリ中毒だ」
「えなどり?」
「エナジードリンク。ほら、あるだろ。ぎらぎらした蛍光色の缶ジュースだよ。なんとかブルとか、なんとかモンスターとか」
「それが……中毒になるの?」
「なる。カフェイン多めに入ってるからな。だからまあカフェイン中毒って言うのが正しいのかもしれないが」
羽黒彦一の説明が続いた。
美川さんは、中学受験の際に毎日5本くらいエナジードリンクを飲んでいたらしい。次第に不眠の症状が訪れた。飲まない日はストレスや不安、頭痛、不眠に苛まれていた。かといって、飲んだらその瞬間は爽快なものの、意識が覚醒してこれまた眠れなくなる。
美川さんはそんな不健全な自分の状態を自覚しており、薬抜きするつもりで合宿に参加したようだ。強制的なエナドリ絶ちが一週間以上続き、美川さんの消耗は激しい。いらいらしてつい同じ班の人間に暴言を吐いてしまったり、自己嫌悪に苛まれて他人から離れたりしていた。
「……なるほどね」
「つーわけで、治すわ」
「治せるの? 中毒ってことは心だけじゃなくて体の問題でもあるんじゃ」
「大丈夫だ。そのへんひっくるめて行けそうだ」
羽黒彦一が呟く。
そして気付いた。
彼の手が、美川さんの額の中に沈み込んでいく。
「なるほどな……大体わかった。俺の能力の使い方が」
ごくり、と生唾を飲んだ。
彼は何の迷いもなく、飄々と治療を始めた。
どこか苦悶に満ちた美川さんの顔が、次第に安らかな顔になっていく。
「三週間くらい不安やストレスが湧き上がりにくいようにさせた。そのかわり睡魔が強くなる副作用が出ると思うが我慢してもらおう。それまでにカフェイン中毒は抜けるだろ。駄目だったらまた診る。お大事に」
羽黒彦一が美川さんの額からぬるりと手を抜き、でこぴんを放った。
「いった、何すんのよ……あれ?」
「大丈夫か? お前、いきなりそこで倒れたんだよ。医務室に行くか?」
「あ……いや、大丈夫。なんかスッキリしてるし……。あ、でもめっちゃ眠い」
ふぁーあ、と美川さんがのんきにあくびしている。
だがあくびをして眠そうだと言うことは、「眠れない」という状況が改善しているということだ。
「ごめんサボるわ。部屋で寝てる。誰か知らないけど黙っててね?」
「おう」
ばいばーいと美川さんは手を振り、羽黒彦一は手を振り替えした。
そして、僕の方に振り返る。
「記憶を読み取る。精神を治療する。どっちも問題ないな。今ので感覚を掴んだ」
羽黒彦一はにやりと笑う。
僕も、にやりと微笑みを返した。
これは、もしかしたらできるかもしれない。
今の天海筏の暴走を止めることが。
そして、僕の望む姿に変えることが。




