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龍の紋章  作者: 森見幸成
13/15

紋章、適正、真名の力(前)

 長くなったので分けました。

 それでは、どうぞ。

   紋章、適性、真名の力(前)



 俺がギルドを出ようとすると、何故かすぐに追いついてきたロイ。訳を聞けば「酒を買うんだよ」とのこと。まあこちらとしてもまだまだ聞きたいことがあったのでよかったのだが。

 しかしこのギルドはなかなかに広いらしい。先ほどからロイの後をついて行ってるが、一向に人の居る場所にも出ない。見れば床こそ木製でボロいものの、掃除はしっかりと行き届いているようだ。それを指摘してみると、


「あー、『遺構物(アーティファクト)』だからな――そうか、しらねーんだったな……めんどくせ」


 散々に言われながらもロイの話を聞く。

 どうやら『遺構物』とは、地球でのオーパーツと同じ、この文明では存在しえないオーバーテクノロジーを用いて作られたよくわからない何か、であるそうだ。と言ってもこの世界では機械ではなく魔法が主体の生活であるため、よくわからない魔法を使った何か、という認識になるが。

 このギルドに限ったことではないそうだが、今でも続いている機構、機関の建物は大体が『遺構物』らしい。

 それらは建物だけでなく、装備品にも言える。その訳のわからなさから、お値段はとてもよろしいらしく、『遺構物』の剣一本で国を興せるくらいはあるようだ。その分入手条件も鬼畜レベルらしいが。なので『遺構物』を持っている人間――貴族を除けばだが――は五人ほどであるようだ。


「はー、つまりよくわからないものをそのまま使ってるってわけか」

「まあそうなるな。分かってるのはギルド長のおれだけがこのギルドの機能を動かせる、ってくらいか。この天竜の紋章がその証だって、先代は言ってたな。……このギルドを売ったらいくらになるのか、おれにも分からん……お、着いたぞ」


 そう言われて立ち止まって見れば、ただの壁が広がるのみ。だがロイは、俺の方を見てにやにやしてくる。そして、自身の紋章を壁にかざすようにして、軽く振る。すると、手の甲の紋章が白く光りだした。


「『天門』」


 途端、壁が発光をはじめ、俺達の周りの空間がゆがむ。どこかふわっとした感覚に酔いそうになっていると、違和感がだんだん収まり、光も止んだ。


「じゃ、行こうぜ」


 そう言って壁に向かって歩き出すロイ。おいおい、と思った次の瞬間、壁がゆがみ、そこからドアが現れた。


「マホウゴイスーデス」

「何言ってんだお前」


 ともかく、外へ。出た途端、太陽の光が目に飛び込み、あわてて手で覆う。


「外……か?」

「ああ、『ルーシュナの街』だ。おれたち天竜の翼のホームタウンだな……つっても教会の前だからあまり活気はないが」


 ロイはそういうが、俺から見ればかなりでかい、と言える。少なくとも俺の住んでた町並みとは比べ物にならない。

 見上げる程の高さを誇る教会に、そこから少し周りを見渡せば、露店の連なりが大きく二本、街を割るようにはしっている。そしてその先には少し大きな建物が。


「もしかして、あれが」

「ああ、ギルドだ。……すげえだろ」

「もしかして、全部のギルドがこうなのか」


 俺の言葉にまためんどくさそうにしてロイは答える。


「またいい質問してくるよな……いや、全部のギルドが『遺構物』なわけじゃない。ついでに固有名がついているギルドも全部じゃないぞ。それは国王か有力貴族しかつけられないし、大体が都市に一つ、って感じだな。村や地方は見た目通りの建物だ。

 まあウチは先代のギルド長が国王から名を賜ったそうだが。一応名付きのギルドは五つの王国に一つずつだから、それぞれのギルド名にちなんで『五竜連盟』って呼ばれていて、それぞれのギルドで仕事の斡旋をしたり協力したりしているぜ」

「じゃあ、あんたの所は結構すごいのか」


 するとロイは手の甲の紋章を俺に見せつけるようにかざし、にやっと笑う。茶の髪に灰色の双眸が、不意に子供のようにも感じて、俺もニヤッと笑った。


「まあそっちはおいおいな。とりあえず教会に入るぞ」


 そう言って目の前の、尖塔が象徴的な建物に俺達は足を踏み入れた。中はいかにも宗教色漂う、大理石のような素材の床に、尖塔の頂上から注ぐ陽光は、ステンドグラスを通して様々な色になって降ってくる。これだけを見ると本当に地球での中世ヨーロッパの様式であるが、祭壇のようなところで神官たちが祈っているのは、磔にされたヒトではなく、一種神々しさすら感じる、竜の彫像だった。体はクリスタルのようで、向こう側が透けて見えるが、その内部からは何か得体のしれない力が集まっているような気がする。俺は思わず息をのんだ。


「ひさしぶりですな、ロイ殿。お祈りでも捧げにきたのかな?」


 その声に、ハッと我に返り、声の主を探した。隣のロイが渋い顔で視線を向けた方を見ると、真っ白な法衣を来た、ひげの長い銀髪の、目が半ば閉じられている、そんな老人がいた。


「んなわけねーだろ、今日はこいつの用事でな」

「ほほ、そうでしょうなあ、あのやんちゃなロイ坊がお祈りなどしに来たら、龍像が割れてしまうよ――ところで、用事とは?『力量』でも尋ねに来たかの」


 その言葉に、ロイは、んー、と唸って、ため息をつき老人の肩に腕を回し、何事かを呟いた。たぶん『紋章』のことだな、とあたりをつける。


「……なんと。それはまた何とも」


 やがて老人がそう呟き俺の方を向いた。目の前に立ってみると、何か見透かされたような、それでいて不快ではない感覚に包まれた。少したじろいでしまった、


「黒の髪に黒の瞳……それに紋無しとは、もしや……いや、よそう」


 何かを考えるようにうつむき、すぐに元に戻る老人。俺の顔を見て何かを判断したような気がしたが、気のせいだろうか。


「さて、用事は『紋章』の解放じゃったの、では行こうか、黒の坊よ。わしのことは、ガルムと呼んでくれ」

「分かりました」


 その後、二階にのぼり、床に魔法陣のある部屋に案内された。中央には椅子が二脚と、テーブルが一つ。テーブルには濃い藍色の布がかけられており、その上には祭壇の像と同じ材質と思われる大きな珠玉が、浮かんでいる。


「浮かんでる――?」

「ほほ、みな同じような反応をするよ。何のことはない、魔晶に風の魔元素を入れただけじゃ」

「んじゃまあ、頑張れよ」

 

 何をだ。

 部屋の外で待っていると言ったロイに頷き、部屋の中央にガルムと一緒に歩く。ドアが閉じた瞬間、静謐が俺を包み、部屋がある一つの『世界』となったような……そんな感じがする。


「おそらく黒坊の感じた通りじゃよ、ここは少し、そう、ちょうどドアの外とは理が違う」

「どういうことですか……あと黒坊はやめてください。一応ナルという名があります」

「おう、これは失礼。ナル坊がこの部屋で感じている空気、理、世界は、今現在『龍神』様の管轄に置かれている。つまりここも異世界なのじゃよ」

「ここが……異世界?この部屋が龍神様の世界だと?」

「……そうか、魔力障害じゃったな。……ああ、そうじゃ。初めの異世界人、『トウヤ カミシロ』は一度滅びかけたこの大地、『アストルディア』を救うため、神である龍神様の加護をつないだ。よってこの世界は龍神様の御業によって成り立っておる。全ての生物に与えられる『紋章』も、その一部じゃ。しかし、紋章は体に浮かぶものの、その力の使い方は当時発見されていなかった。それを引き出すきっかけとなったのが、二人目の異世界人、『アカナ シモン』。彼女もまた救世主となり、特にとなりの大陸の住人から広く信仰の対象になっておるが、彼女は体に流れるマナで紋章を発動させる術を発見し、広く世界に伝えたことでも有名になっておる。

 この後、龍神様が各地に現れ、制約を設けて教会の一室を『紋章』の解放用に造らせた。それがここじゃ」


 まあ誰でも知ってることじゃがの――とガルムが言うのを、俺は一瞬焦りながら聞いていた。事情を知ってるものが近くにいないのはつらい。早く常識を覚えよう。


「こんなところでいいかの。では、始めようか」

「はい」


 わずかな緊張を覚えながら俺はガルムの目を見た。すると、ガルムはほぼ線に見える目を半ば見開いて、何事かを呟きだした。


「天地を結び、命をつなぐ我らが龍よ。今、かねての約定を果たすときなり。その誓言に従い、汝が仔らに、明日を生きる術を与えたまえ」


 その言葉は、紡がれるたびに目の前に浮かぶ魔晶の周りを浮遊していく。形は何のことはない、日本語だ。それらはガルムの詠唱に合わせて踊るように魔晶を中心に渦巻きながら、順に中に吸い込まれていき、それに呼応するようにほんのりと光をまとい始めた。それが直視できないレベルになったとき、ガルムは詠唱を終え、焦った様子で俺に魔晶に手をかざすように促す。若干パニックになっていた俺は、素直に手の平を光源に向ける。


「な……なんじゃこれは?ナルぼ……」


 おそらく坊とつなごうとしたガルムの声を聴きながら、俺の視界は光で塗りつぶされる。


「っつ……!」


 目を徐々に開く。目の前には、地平線まで見渡せるひび割れた大地と、鮮やかな青をたたえる空が。しかし雲は浮かんでおらず、荒野とは違った意味で殺風景である。

 あたりを見渡すが、ガルムはいない。だが不思議と取り乱すこともなく、既視感だろうか、どこか懐かしい感じさえする。


「おや、存外冷静ですね」

「……あんたは」

「おや、解らない?私は一応信仰の対象となっているのだけれど」


 ゆっくりと振り返り見れば、突如何もない空間に滲むように、女が出てきた。流した豊かな黒髪に日本人と似た顔立ちの少女。よく見れば瞳は金色で、虹彩が黒であるものの、トカゲのように縦に鋭く走っている。それに相まって感じる威圧感に、俺はその正体を推測する。


「龍神……ですか」

「ええ、そうよ。あなたには、どう見えるの?」


 見たまんまを伝えると、ころころと笑う龍神。なんだかクラスメイトに似た態度をとるな。


「ああ、ごめんなさい。でも私を龍以外の姿で視たのは、久しぶりだったから。じゃあ、この姿は、誰なの?」

「いや、知りません」

「あら、変ね。大体の人が自分にとって影響力が高いものを私にみるのに」


 まあいいわ、と言ってくるくる回る龍神。結構軽いな。

 しかし、影響力の強い人、とは。俺にはレンと八百屋の夫妻くらいで、こんな少女は見たこともない。少なくとも向こうの記憶では。ましてや美しい少女と来れば、ますます覚えがない。


「しかし、さびしいところよねぇ、ここ。芽も十本しかないし、ただ広いだけ。宝の持ち腐れよ」

「なんか馬鹿にされたような気がするのですが」

「そうよ?」


 小首を傾げて俺に言う龍神。理由が分からないので聞いてみると、ここは訪れたものの心象風景を映し出す場所であるようだ。つまり、このだだっ広い荒野と空は、俺自身であるということ。豊かでない心は、未熟。蔑まれることはあっても褒められることではないのだとか。まあ心当たりがあるので黙したままにしておいた。


「ともかく。ここに来たからには紋章を解放してあげるけど。もう少し、頑張ったほうがいいんじゃないかしら。そうじゃないと……喰われるわよ」

「!?」


 意味深なセリフに虚を突かれた俺をよそに、「ほら」という声と共に、指を鳴らす龍神。それとともに、俺の意識は暗転していく。


「あら、これは……?―――――」


 そして今度こそ、俺は意識を失った。


―――――――――――――――――――


 崩れていく心象風景を見つめながら、私は後ろの存在に声をかける。


「何か用ですか、母上」

「うむ。先ほどの少年に少し、興味があってな。しかし、育ったのう。星ができてからだから、こちらでいう所の百億年ほどか」

「ありがとうございます。……しかし、あの少年に、それほど興味を抱く価値があるとは思えないのですが」

「おやおや、感じなかったか。まあ彼の中には主とほぼ対等なモノがいたから、無理もないか」


 その言葉に、思わず唖然とし、そして心当たりに顔を青くした。どのような姿であっても、畏怖を与える私の気を、彼は何故か平然と受け止めていた。


「彼は、どこから?」

「うむ、『トウヤ カミシロ』とか言うやつと同じ世界からじゃ」

「……それにしても」


 異質すぎる、とつぶやくと、母上、『創めの神』は、笑った。


「だから、面白い」

「……あまりこの世界を引っ掻き回さないでくださいね」


 分かっておる、と言い残し去った母上を見送りながら、私は不安を隠せずにいたが、結局首を振り、この地から去った。


「少し、様子をみましょうか」


 そんな声は、少年のむなしい空の断片へと吸い込まれるようにして、消えていった。



















 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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