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龍の紋章  作者: 森見幸成
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気づいたこと、気づかれたこと

 少しだけ進めました。冒険者登録まではいかなかったーー

 

   気づいたこと、気づかれたこと


 

 突然の爆弾発言に硬直した俺をよそに、そうと決まったら登録の準備をしなくちゃ、と言って俺の名前も聞かずに部屋を出て行った。口をあんぐりと開けて黙していると、ロイは爆笑した。

 

「いつもあんな感じなんですか?」

「ああ、そうだ……困ったもんだよ」


 途端に口調が尻すぼみになるロイを見て、俺は何かを察し、それには答えないことにした。残念、の一言である。

 はあ、と嘆息し、何もなくてよかった、と内心でつぶやきながら今度こそ剣に手を伸ばした。


「ああ、待ちな」

「え?」


 首筋にヒヤリとした感触。見れば、今度は彼の身の丈に合った大剣の先端が当てられていた。またかよ、とは口に出せず無言で剣から手を離す。


「悪いな、もう少し俺個人で訊きたいことがあってよ」

「いえ、正しい判断だと思いますよ。それなりに上に立つ人間の行動としては、納得です。少し理不尽な気もしますが」

「いや、そんな大層な理由じゃねーンだけどよ」


 そうだろうな。鼻くそほじりながら剣先向けられてる時点で、そう思ってるよ。


「別にお前をウチで引き取るのは構わねーが……」


 そこでいったん間を置き、鋭い眼光をこちらに送ってきた。思わず身構える。


「あんまし大きな隠し事されると、困るんだわ」

「……隠し事、ですか。ちなみに証拠は?」

「もちろん、あるぜ。お前が協力してくれればな」


 そこで一瞬答えに迷うが、結局はロイにその方法を聞くことにした。というよりそれしかない。

 一体どんなことをすればいいのか、と尋ねると、ロイはめんどくさそうに言い放った。


「簡単だ。名前さえ言ってくれればいい」

「名前?」

「ああ、名前だ。俺の名前がロイとか、そういうことだ」


 俺は訝しげに思いながらも、俺の名前、『七海龍』を口に出そうとする。

 だが、出ない。のどがふさがったように、空気だけが漏れる。

 その様子を見て、やはりな、と言うロイ。その言葉に焦り何度も試みるが、できない。


「もういいぜ、大体分かったから」

「……」

「さてと、キリキリ答えてもらおうか」


――お前は、誰だ?

 その問いに、俺はついに観念した。


――――――――――――――――――


「なーるほどな……全然分からん」

「おい」

「冗談だ。……しかし、異世界人とはねえ。最初に言えばよかったのに」

「下手に広めて不利益が出るのが嫌だったんですよ、こちらに来たのが五人だけだと知ってましたから」


 あの後、俺はここまでの経緯を事細かに話した。ロイは信じられない、と言った顔でそれを聞いていたが、ついには納得したようだ。


「最初は魔物だと思ったんだがなあ」

「やめてくださいよ……ところで、訊いても?」

「ん」

「できればミラさんが戻ってくる前に、ある程度の常識を教えて欲しいのですが」

「あー、めんどくせ……分かったよ」


 そう言って俺の質問にその都度ロイが答えていく、という形式で話を進める。ざっとまとめるとこうだ。

 まず俺が名前を口に出せなかった理由は、俺の『七海 龍』という名前が、本当の名前、つまり真名(まな)であったためだ。これはこの言葉自体に魔力(マナ)がこもっており、普通に名乗ったり使ったりすることはできないらしい。たいていは下の名前を縮めたりすることでそれが使用可能になるが、あまりに強い意味を持つ真名は魔力の適性がない限り思い出すこともできないらしい。

 なんだか日本での思想みたいだ、と口に出すと、ロイは、


「ニホンが何かはしらねーが、これは初めの異世界人『トウヤ カミシロ』ってやつが広めたらしいぜ」

 

 なんでも彼は、言語体系が確立していなかった時代(と言ってもある程度の文化となっていたらしいが)にそれらの概念を発見した第一人者として、そして世界の崩壊を救った救世主として、五百年経った今も尊敬され、彼の創った言語は公用語となり、親しみを込めて「トウヤ語」と呼ばれているそうな。ちなみに内心「洞爺湖」みたいだと思ったのは余談である。あと、ひらがな、カタカナ、それといくつあるかは分からないが漢字もあるようだ。

 二つ目に、『紋章』について。これは、生まれた時にだれでも体のどこかしらに宿している、入れ墨のようなものらしい。五歳までは無色透明で視認することはかなわないが、大抵がそれに色と絵柄がついていて、五歳になるとその能力を引き出すために教会に行くのだとか。その能力は実に多岐にわたり、単純な力だったり、時には才能としてその影響が出ることもあるのだとか。ロイのものは手の甲にあったので見せてもらった。白と緑が渦を巻くようになっていて、そこには緑の鷹と、羽の生えた白いトカゲが描かれていた。

 ちなみにミラさんは俺の左肩が光った、と言っていたが、それらしきものはない。俺は五歳以下なのだろうか。後で教会の場所を教えてやるよ、とロイは笑った。

 ちなみにお金の単位と、この辺の簡単な地理を教えてもらったところで、ドアをノックする音が聞こえた。


「この辺でお開きみたいだな」

「すみませんがこのことは……」

「ああ、黙っててやるよ……名前はどうするんだ」

「そうですね……俺の名前は短いですし」


 ふと考えて、ひらめく。七海のナと、龍のリュを発音を簡単にしてル。転じて『ナル』。


「『ナル』と名乗ります」

「そうか。じゃあ、改めて」


 そこでニッと歯を見せて笑うロイ。こぶしを出すように促し、自身のそれを俺のこぶしにぶつけた。


「『天竜の翼』にようこそ、ナル」


 ようこそ、だなんて。

 なんとなく、本当になんとなくだが、その言葉に心地よさを感じて。


「おいおい、なんて顔してんだよ」


 ロイの呆れた声に、自然と、笑みがこぼれた。



――――――――――――――――――


 短いロイとの会話の後、すぐにミラさんは戻ってきた。俺はようやく剣に手を触れることを許され、不思議な懐かしさを感じて鞘から剣を抜きまじまじと見ていると、若干引いたように近寄ってくる。


「えっと、一応ギルド登録の紙を持ってきたけど、なにか問題あるかな?」

「ああ、問題大有りだ。こいつ、『紋章』が顕現してないぞ、左肩はおろかどこにもなかった」

「……ナル君ってホントに人間なの?それとも五歳以下?」


 失礼だな、確かにこの世界では生後一日かもしれないが。


「つーわけでとりあえず紋章の確認が取れるまでは登録保留だな」

「えっと、どうしてですか」

「私が説明するわ。……いい、この世界で紋章を持っていないのは五歳以下の子供か隷属身分の人間、それかランクの低い魔物よ。私たちがあなたを魔の類だと疑ったのも、これが原因なの。

 それに、ギルドという組織は存外厄介なもので、紋章もちでなきゃ登録ができない。それを破るとギルド間で制裁が入って不利益をもたらすの」

「そうなんですか、解りました」

「まー登録できてもすぐ依頼を受けるのは無理だがな」


 試験的なものがあるからよ――とロイはつないだ。

 それがなんなのか気になったが、とりあえず教会に行って来いよ、との言に従うことにした。

 ざっと教会の場所を聞き、ようやくベッドから立つ。


「じゃあ……行ってきます」

「ああ」


 そのやり取りが成り立ったのも、何年振りだろうか。感慨深いものがある。おざなりに手を振るロイに苦笑しながら、俺はドアの扉を、ゆっくりと、そしてしっかりと開けるのだった。


―――――――――――――――――――


 扉が閉まるのを確認してから、おれは顎を撫でながら、あることを考えていた。


「ロイ君、あの子……」

「ああ、訳ありだ、たぶんな……てかウチに来るやつって大体そうじゃねーか」

「私たちも、そうだからね」


 そう言ってさびしそうに笑うミラ。

 本当に、そうだと思う。今ミラがこうやって表情をはっきり浮かべて話すなんて、昔を考えたら奇跡みたいなものだ。

 知らず、手の甲の紋章を撫でていた。

 おそらく普段は浮かべないような表情で、誰ともなしにつぶやいた。


「何を体験してきたんだかな、あんなもん飼ってよ」


 ナルと名乗った少年の、笑いながらも決して合わせようとしなかった目の奥に、垣間見えたソレに、紋章のトカゲ――天竜の紋の絵がうずいていた。

 あいつには話していなかったが、『紋章』というものは、発現するまでのそいつの内面に大きく左右される。大概が五歳程度で出現させるのでよほどのことがなければそんなに影響は出ない。

 しかし、紋章を発現させていないときでさえ、あいつの内面は異質。有体に言えば、歪んでいるのだ。

 十七年間の、歪み。それがどんな『紋章』となって現れるのか、想像もつかない。


「……ちょっと、ついて行ってくらあ」

「え?」


 そう言って立ち上がったおれを信じられない目で見るミラの頭を強めにはたいて、おれはさっさと部屋を出た。

 ――おれのようには、なるなよ。

 後悔してもしきれない記憶が脳裏にひらめくのを苦々しく感じながら、長い廊下の先を歩くあいつの背中におれは気だるさをにじませて声をかけるのだった。















 次こそは登録とリュウ改めナルの力についてです。できればもう少し行きたいですが。

 それでは。

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