天竜の翼
ようやく人との邂逅です。少しわかりにくいかな?
天竜の翼
俺は、駆けている。なぜか、必死に。
俺は、欠けている。何かが、圧倒的に。
なぜかわからないが、欠けていることが、駆けることの原因となっているようだ。不思議と、それだけは解っていた。
いくら走っても、目の前には白い空間が広がり、先など見えそうもない。
やがて、俺は疲れて立ち止まる。なんかいつもより疲れるな、と自分の手を見れば、子供のように小さい。思わず、うわあ、と高い声が出て、尻餅を付いた。
いや、正確には、尻餅を付けなかった。代わりに、もっと、そう、落ちているような、嵌っていうような、不快な感覚。
いつの間にか、辺りは黒くなって、今や目の前にほとんど光は残っていない。
ふと、その光が、人のシルエットをかたどった。形をなしたそれを見て、俺は、思わず叫んでいた。
「父さん、母さん!」
手を伸ばす。だが、それを誰かに止められる。
「嫌だ、いやだ」
俺は、僕は、泣いていた。涙で二人は歪んでいく。そして徐々に、視界は黒く染まっている。
「なんで……?」
知らず、僕は二人の顔を見て、問うていた。
「何で、そんな目で見るの……?」
そう、それは、忌避するかのような。
ふと、僕は手を目の前にかざす。
「う、うわあああああああああああああ!」
絶叫。今や僕の腕は人の形をとどめておらず、びっしりと生えた鱗、鋭く尖った爪が支配していた。
そんな僕を憐れむような目で見る両親。その目に僕はいつしか叫ぶのをやめて、
『我』となり、嗤っていた。
「――――!」
跳ね起きた。頭を抑え、荒れる息を整える。嫌な汗で背中は濡れていて、それが妙にあの夢を鮮明に思い出させていた。
今も鮮明に残る、あの黒。深みにはまっていく、底のない穴のような、どうしようもない恐怖の塊。
そして。あの塊よりも恐ろしかった、両親の表情。憐憫と恐怖を混ぜたような、奇妙な表情。まるで、俺と彼らは相容れないものだと宣言されたかのような。
違う。違う。俺の両親は、あんな表情をしないはずだ。そう考えて、十年前の頃のことを思い出そうと思考にふける。
「あれ……?」
少しの頭痛がして、それと共に声が漏れる。先ほどとは違う理由で、汗が頬を伝った。
思い出せない。思い出そうとすると、頭に靄がかかったようになり、頭痛が走る。焦った俺は、次々に向こうの世界での記憶を探るが、思い出すのは「久藤レン」や「八百屋の夫婦」という人がいた、という事実だけで、それがどんな奴で、俺のなんなのか、という記憶が無くなっている。
……向こうで生きていたという事実が、希薄になっている。
俺は、ハッと力なく笑った。
「『向こうの世界』……?」
俺自身の認識も、「地球」と呼ばれたあの世界を、まるで旅に出ていたかのようなものに変えてしまっているようだ。
もう、何が何だか。
たまらなくなり、俺は口を押え、こみ上げる吐き気をじっと耐えた。
どれほど、そうしていただろうか。俺は、ぼうっとしたまま、あることに気付いた。
「……そういえば、助かったんだな。今更だが」
その事実だけが現実として受け入れられ、どうしてもそちらへと思考は流れていく。
そして、ようやく自分の周りを見回した。周りは木製の壁が広がり、造りが荒いのかところどころ裂けている。俺はどうやら部屋にのベッドの上に寝かされていたらしく、左手にドアが見え、右は少し曇りがかったガラスのようなものがはめ込まれた窓。そこから差す光に、昼のようだ、とあたりをつける。
そこまで見た時、粗末なドアの方からガチャ、という音がして、誰かが入ってきた。
「あら、目が覚めたのね、よかった」
物腰も柔らかに、そう優しく声をかけてきたのは、まぎれもない、あの「ハチ」と遭遇したときにこちらにかけてきた銀髪の女性だった。
「……」
「……私の顔に何かついてる?」
女性の顔を見てぼうっとしている(見とれていたわけではない。断じて)と、小首を傾げてそう訊かれる。ああ、いや、と我に返り、さっと視線を逸らした。
しかし、美しい女性である。向こうの世界……もとい、地球ではほとんど見られない、完成された美しさ。やはり異世界なのだな、と再認識させられる。やや切れ長の目に、程よく厚い唇は、たぶん男性を次々と虜にしていくに違いない。これが異世界の普通なのだとしたら、「レン」ですら高嶺の花という言葉を己が辞書に刻むかもしれない。
……「レン」を思い出して、再び憂鬱になった。知らず表面に浮かべていた笑顔に苦いものが混じってしまったのを、傷が痛むからだと勘違いしたのだろうか、女性は再び具合を訊いてきた。大丈夫、と返す。
「ところで、俺の荷物はどこでしょうか」
「別に敬語じゃなくていいわよ……そこにあるわ」
そう言って女性が目で示した場所に、剣と俺のなけなしの財産であるウエストポーチが見つかった。ちなみにマントはベッドの装飾部分に掛けられていて、まずは安心する。やはり身を守るものがなくては。
そう考えて剣に手を伸ばすと、視界に何かがちらつき、一瞬後に首筋にヒヤリとした感覚。笑顔を固まらせて視線を落とすと、俺の剣よりも細見の剣――レイピアだろうか――が首に突き付けられていた。
「ごめんなさいね。まだちょっとばかしあなたに訊きたいことがあるの、いいかしら?」
「反論できるとでも?……これでいいでしょう」
あえて強い口調でそう言い、剣から手を離す。無表情を装うが、内心では冷や汗が出る。
うふふ、と柔らかく笑いつつレイピアを鞘に納める女性。怖い。しかし、先程まではそんなもの持っていないように見えたのに、と考えたそばに、女性の手からレイピアが消えた。やはり無表情を装いつつも、俺は彼女が『魔法』を使えるという事実に、警戒心を高めていた。
「さて、私はさっき、と言っても五刻ばかり前だけれど、ラウ草原で瀕死のあなたを保護した。これは覚えてるかしら」
「……すみません、覚えてないです。まあたぶんそうだと思ってましたが」
「そう。じゃ、次の質問ね。これが一番訊きたかったのだけれど、あなた、何であそこにいたの?今はギルド全体で出入りを制限していたはずだけど」
その言葉に、俺は素早く思考を巡らし、おそらくこれが最善、と思われる答えをする。
「そうですね……少し突飛なのですが」
そう言って俺はこれまでの経緯を、世界を渡ったという事実を、剣の修行中になんだかよくわからないがいつの間にか空を泳いでいた、ということにした。そして、その後は包み隠さず話した。彼女は時折眉根を寄せながら、俺の話を聞いていた。
「こんなわけで、今はあなたに助けられて生きている、というわけです。ありがとう」
「……ごめんなさい、少し整理するから」
そう言って部屋を出ていく女性を見て、俺は嘆息する。ああ、やっちまった、と。俺は話している最中彼女の顔を見ていたが、『燃える狼』――ジンのことである――と『草の塊』の中で寝ていたという部分に不審を抱いていたようだ。今出て行ったのは、俺の話を仲間に話すためか本当に整理しているかのどちらかだろう。
本当は異世界人であることを明かすのも手なのだ。すでに五人程この世界に来て、救世主として君臨しているはずなのだから。しかし、それらが信仰や尊敬、あるいは迫害の対象となっていると面倒だ。過度な期待は、それを受ける側に害をもたらす。俺はチート的なものを何一つ持っていないので、そんな働きを期待されても困る。
「そう、過度な期待は身を滅ぼすのさ……」
ほんの少しだけ、向こうのことを思い出していた俺は、自嘲気味に笑った。その後、それをやめ真顔になる。少し離れたところにある鏡で自分の顔を見ると、唇の端を吊り上げた。
ああ、他人を信じてない顔だ。そして何より、俺の顔だ。
そう、今俺は、彼女がただの厚意から俺を助け、確認のために質問をしたかもしれない、とは微塵も思わなかった。向こうの利益と自分の利益をひたすら天秤にかけ、その上で嘘をついた。「地球」での「親戚たち」と同じように。
心がギシリと音を立てる。誰かが、どこかでそれを注意したような気もするが、思い出せない。
しかし、どんな感情をはさんでも、大して結果は変わらなかったのだろう。
いつだって嫌いで、醜いと自覚している自分は、それでも頼りになるのだから。せいぜい、虚構で作った仮面が本当の自分となり変わらないように注意するくらいしか、弱い俺の術はない。
感情の程は……まあ、心苦しくはあるが。
やがて俺は、長身で筋肉質の男を伴って再び部屋に入ってきた銀髪の女性に微笑みかけながら、この場をどう切り抜けるかを考え続けるのだった。
―――――――――――――――
「おい、ほんとにこいつなのかよ」
「うん、確かに見たもの。私」
しかしなあ、と続ける大男と女性の会話を体感時間三十分ほど聴き続けていると、流石に笑顔も引きつってくる。
しかも、この大男、口が悪い。先ほどあのハチ――「ワスプ」というらしい――を俺が倒してしまったという女性の報告に、
「ハッ、こんなモヤシ野郎がやれるわけねーだろ」
と鼻くそをほじりながらぬかしやがった。まあ俺自身倒したことを認識していないので別にいいのだが。
「ほんとにほんとなんだってば……そうだ」
何かを思いついたように言って俺の方を向いてくる女性。たまたま欠伸をかみ殺しているところだったので、端から見れば鼻の穴を広げながら歯を食いしばっているように見えただろう。恥ずかしい。
ちなみに先ほどまでの、どうやって生き抜こうか、という決意はすでに霧散している。基本的にそんなことはしたくない。
「ねえ、やって見せてよ、さっきの」
いやいやいや。
「無理です。あなたが何を見たのか知りませんが、気絶した後はここで目を覚ましたんですから」
「ほら見ろ、嘘つくんじゃねーよ、ミラ」
「嘘じゃないわよ……うう、折角早く依頼達成できたのに……ロイ君に褒められよう計画が」
何事かを呟いて俺をジト目で見つめてくる女性。俺は知らんぞ。
女性のむくれ顔を見てクックック、とこらえるように笑う大男。ついでこちらを同意を求めるように見てくるので、苦笑して返す。
幾分か空気が和んだので、俺は口を開いた。
すごく、当たり前のことを。
「ところで、ここはどこですか、ついでに名前も教えてくれると幸いです」
その言葉に得心したようにうなずく大男。あごひげを撫でながらめんどくさそうに口を開いた。
「あー、ここがどこかは後で教えてやるよ。俺はロイだ。このギルドのマスターをやってる。んでこいつはミラだ。つか聞いたことくらいあんだろ?有名だからな」
「……頭を叩かないでください」
大男――もとい、ロイはカカカッと笑いながら女性――ミラの頭をはたく。はたかれているミラさんは若干頬を赤く染めている。このマスター死ねばいいのに。
「まあお前の事情は分かったよ、災難だったな……ところで、帰るアテとかはあるのか?」
ここらで初めて真面目な顔になるロイ。俺も顔に張り付けた笑みを解き、真顔になる。
「正直どうにもならない状態です。向こうにいた時の記憶もなんだかあいまいだし、国の名前も思い出せない……」
その返答にちょっと眉をひそめるロイ。
「ふーむ、魔力中毒かもしれねぇな、そら」
「魔力中毒ですか」
「ああ、『ワスプ』種の紫色の奴は多くの魔力を貯蔵しているが、その制御はまるでできていないからな、触手をねじ込まれたときにそれが体内に巡り、記憶障害、悪けりゃ一生そのまんま、ってこともある」
これは有益な情報だ。しばらくはこの設定でいこう。
「魔力中毒か……大変ね。故郷の場所が分からないんじゃ、先立つものもないでしょう」
そうミラさんは言う。なんだろう、この人、何故か少し抜けた印象があるので次に出る言葉が予測できない。てか怖い。
やがて、うん、と納得したようにうなずく。
「おいミラ。お前の言いたいことは分かるが、ちと早すぎやしねーか」
「いえ、旅立ちはいつだって突然よ、少なくとも私の時は、そうだった!」
びしい、と俺を指差すミラさん。俺は再び笑顔を貼り付けて、とっとと言い終われよ、と悪口を吐いた。もちろん心の中で。
「冒険者になりましょう!えっと……名前なんだっけ」
「……」
これが、俺と、ギルド『天竜の翼』との出会いだった。
若干やっちまった感があります。
次はドキドキワクワクの冒険者登録(棒)です。しばらくは冒険者設計を立てる話になるかも。
では。




