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『天空の不夜城』  作者: ネコロビン


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第五章 夜空に咲く花

ドォン!


 大きな音が夜空に響いた。


 キオは顔を上げた。


 建物の屋根の向こうに、真っ赤な花火が広がっている。


 続いて、金色の光。


 その光が小さな星になり、夜空をゆっくりと流れていった。


「すごいぞ! 今夜は大きい!」


「早く行こう!」


 周りの人々が楽しそうに声を上げている。


 キオは時計塔へ向かって歩いていた。


 先ほど劇場の前で聞いた話では、時計塔の上から花火がよく見えるらしい。


 大通りを進むと、石畳の道が二つに分かれていた。


 右には、屋台が並ぶ賑やかな通り。


 左には、古い建物の間を抜ける細い道。


 時計塔は左の道の先に見えた。


 キオはそちらへ曲がった。


 少し歩くと、賑やかな音楽が遠ざかっていった。


 とはいえ、静かなわけではない。


 建物の窓からは笑い声が聞こえ、頭上には提灯が並んでいる。


 小さな酒場では、大人たちが楽しそうに歌っていた。


 道の端には、丸い照明がいくつも取り付けられている。


 電灯なのか魔法なのか、キオには分からなかった。


 その光の下を、小さな乗り物が通り過ぎた。


 カラカラカラ。


 車輪のついた板に乗った少年が、片足で地面を蹴って進んでいく。


 背中には、大きな紙袋を背負っていた。


「どいてくださーい!」


 少年は器用に人々の間を抜けていった。


 キオはその姿を見送った。


 あの乗り物なら、学校まで早く行けそうだった。


 そんなことを思った。


 けれど、すぐに時計塔へ目を戻した。


 ドォン!


 また花火が上がった。


 今度は青い光だった。


 夜空に大きな輪ができ、その内側を小さな光がくるくると回っている。


 キオは少し足を速めた。


     *


 時計塔は、思っていたよりも大きかった。


 四角い石造りの建物の上に、細長い塔が伸びている。


 塔の四方には巨大な時計が取り付けられ、それぞれが金色に輝いていた。


 針はゆっくりと動いている。


 その下には、丸い窓がいくつも並んでいた。


 窓の奥から、歯車の回るような音が聞こえる。


 カチリ。


 カチリ。


 カチリ。


 キオは時計を見上げた。


 針は午前三時半を少し過ぎたところだった。


「……まだ三時なんだ」


 もうずいぶん長い時間、この街を歩いているような気がした。


 けれど、船で到着してから、それほど時間は経っていないらしい。


 時計塔の入口には、小さな看板が立っていた。


『展望台はこちら』


 その下には、上を向いた矢印が描かれている。


 キオが入口に近づくと、木製の扉がひとりでに開いた。


「……あ」


 扉の向こうには、螺旋階段が続いていた。


 壁には小さなランプが取り付けられている。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 キオが足を踏み入れると、ランプが順番に明るくなった。


 まるで、階段を案内しているようだった。


「……便利だな」


 キオは階段を上り始めた。


 ぐるぐると回る階段だった。


 少し上ると、小さな窓があった。


 窓からは、不夜城の街並みが見えた。


 もう少し上る。


 また窓がある。


 今度は、先ほど歩いた大通りが見えた。


 さらに上ると、塔の内部から大きな音が聞こえてきた。


 ガコン。


 カチン。


 ゴゴゴゴ……。


 キオは足を止めた。


 階段の途中に、鉄格子のついた扉があった。


 その向こうでは、巨大な歯車が回っていた。


 キオの背丈よりも大きな歯車だった。


 いくつもの歯車が組み合わされ、ゆっくりと動いている。


 その間を、金色の小さな球が転がっていた。


 球は細いレールの上を進み、一つの歯車に触れる。


 カチン。


 すると別の歯車が動き始めた。


「……何だろう」


 キオは鉄格子に顔を近づけた。


 学校で時計の仕組みについて習ったことはある。


 でも、こんなに大きな機械は見たことがなかった。


「おや、お客さんかい?」


 突然、後ろから声がした。


 キオが振り返ると、小柄な老人が立っていた。


 灰色の作業着を着て、腰にはいくつもの工具を下げている。


 白いひげは短く整えられ、丸い眼鏡が鼻の先に乗っていた。


「こんばんは」


 老人が言った。


「……こんばんは」


「時計が気になるのかい?」


「ちょっと」


「ほう」


 老人は嬉しそうに笑った。


「これはな、この街の時計を動かしているんじゃよ」


「全部?」


「全部ではないが、ほとんどじゃな」


 老人は鉄格子の向こうを指差した。


「あの大きな歯車が回ると、街中の時計が少しずつ進むんじゃ」


「……どうやって?」


「さて、どうやってじゃろうなあ」


 老人は笑った。


 キオは首を傾げた。


「知らないの?」


「もちろん知っておるよ。ただ、説明するには少し時間がかかるんじゃ」


 老人は工具袋から小さな鍵を取り出した。


「それより、花火を見に来たんじゃないのかい?」


「うん」


「だったら急いだ方がいいぞ。今夜はまだ大きなのが上がるらしいからのう」


 老人は階段の上を指差した。


「もう少し上れば展望台じゃ」


「ありがとう」


「足元に気をつけるんじゃぞ」


 キオは頷いて、再び階段を上り始めた。


 背後では、老人が何かを調整しているらしかった。


 カチン。


 カチン。


 やがて、小さな鐘の音が聞こえた。


 チリン。


 キオは振り返った。


 老人は歯車の前で、満足そうに頷いていた。


     *


 階段を上りきると、大きな扉があった。


 キオが取っ手を押す。


 ギイイ……。


 扉が開いた。


 途端に、冷たい風が吹き込んできた。


「……わあ」


 キオは目を大きくした。


 そこは、時計塔の最上部にある展望台だった。


 四方を低い石の壁で囲まれた、広い場所だった。


 頭上には屋根がなく、夜空がどこまでも広がっている。


 そして――。


 眼下には、天空の不夜城が広がっていた。


 キオはゆっくりと手すりへ近づいた。


 見渡す限り、街だった。


 赤い屋根の家々。


 高い塔。


 大きな橋。


 無数の提灯が並ぶ通り。


 明るい照明に照らされた広場。


 遠くには、巨大な城のような建物がそびえている。


 その城からは、何本もの細長い塔が空へ伸びていた。


 窓には灯りがともり、建物の周囲には小さな飛行船が行き交っている。


 そして、その下には真っ白な雲海が広がっていた。


 雲は街の外側をゆっくりと流れている。


 まるで、天空の不夜城が雲の上に浮かぶ巨大な島のようだった。


「……こんなに広いんだ」


 キオはつぶやいた。


 船で来たときにも、街の大きさには驚いた。


 でも、今はその全体がよく見える。


 先ほど歩いた中央広場があった。


 噴水が小さく見える。


 その横には屋台通り。


 さらに奥には、さっきまでいた月夜劇場の赤い屋根も見えた。


 キオは指で場所を確かめた。


 あそこから、ここまで歩いてきたのだ。


 その距離は思っていたよりも長かった。


 展望台には、ほかにも何人かの見物客がいた。


 家族連れ。


 若い男女。


 大きな帽子をかぶった老人。


 みんな夜空を見上げている。


 キオも顔を上げた。


 ドォン!


 ちょうどそのとき、花火が上がった。


 大きな金色の花が、目の前いっぱいに広がる。


「……!」


 思わず息を呑んだ。


 ここから見る花火は、地上の祭りで見たものとは比べものにならなかった。


 光がすぐ近くに見える。


 夜空に広がった金色の花は、ゆっくりと形を変えていった。


 花びらが細長く伸びる。


 それが幾重にも重なり、大きな輪になる。


 そして、輪の中心から小さな光が次々と飛び出した。


 赤。


 青。


 緑。


 黄色。


 まるで、夜空に星が生まれているようだった。


「おおおっ!」


 見物客たちが歓声を上げた。


 キオは手すりを握った。


 光の粒が、こちらへ流れてくる。


 その一つが、キオのすぐ目の前を通り過ぎた。


「……え?」


 小さな星だった。


 手のひらほどの大きさの、金色に輝く星。


 星はくるくると回りながら、展望台の上を通り過ぎていった。


 キオは振り返って目で追った。


 星は空へ戻り、ゆっくりと消えていった。


「すごいでしょう?」


 隣から声がした。


 キオが見ると、小さな女の子が立っていた。


 背丈はキオよりも少し低い。


 赤い帽子をかぶり、両手には小さな旗を持っている。


「……うん」


「今夜の花火、すごいんだよ!」


 女の子は嬉しそうだった。


「もうすぐ大きなのが上がるんだって!」


「もっと大きいの?」


「うん!」


 女の子は夜空を指差した。


「ほら! あっち!」


 キオが指差された方を見ると、遠くに小さな光が上がっていくのが見えた。


 シュルルルル……。


 光は高く、高く上がっていった。


 そして――。


 ドォォォン!


 巨大な花火が開いた。


 真っ赤な光が夜空いっぱいに広がる。


 その中心から、金色の線が何本も伸びた。


 線は曲がり、交差し、何かの形を作り始めた。


 キオは目を凝らした。


 大きな翼。


 長い首。


 鋭い爪。


「……ドラゴン!」


 光でできたドラゴンが、夜空に現れた。


 それは一度、大きく翼を広げた。


 そして、ゆっくりと動き始めた。


 翼を羽ばたかせ、夜空を飛んでいく。


「うわあああ!」


 女の子が歓声を上げた。


 キオも思わず身を乗り出した。


 ドラゴンは展望台の上空を旋回し、大きな口を開けた。


 ゴオオオッ!


 低い音とともに、口から金色の炎が吹き出した。


 炎は夜空に広がり、何百もの小さな花火へ変わった。


 パパパパパパン!


 音が次々と響く。


 赤い花。


 青い花。


 金色の星。


 光の雨が、天空の不夜城の上へ降り注いでいった。


 けれど、その光が建物へ落ちることはなかった。


 途中でふわりと浮かび上がり、空へ戻っていく。


 まるで、花火そのものが生きているようだった。


「……すごい」


 キオは小さくつぶやいた。


 さっき劇場で見たドラゴンとは、また違う。


 あちらは本当に生きているようだった。


 今度のドラゴンは、光そのものだった。


 それなのに、どちらも空を飛んでいた。


 不思議だった。


 そして、少し面白かった。


     *


 花火が一段落すると、展望台に軽やかな音楽が流れ始めた。


 どこから聞こえてくるのだろう。


 キオは周囲を見回した。


 展望台の隅に、小さな楽器が置かれていた。


 人の背丈ほどの大きな箱だった。


 その中には、弦の張られた楽器や、小さな鐘がいくつも並んでいる。


 誰も触っていないのに、弦が動いていた。


 ポロン。


 ポロロン。


 続いて、鐘が鳴る。


 チリン、チリン。


 ゆっくりとした、柔らかな音楽だった。


 さっきまでの賑やかな演奏とは違う。


 けれど、不思議と気持ちが落ち着いた。


 キオは手すりにもたれた。


 夜風が頬を撫でる。


 眼下では、街の灯りが輝いていた。


 提灯の赤い光。


 建物の窓から漏れる黄色い光。


 街路を照らす白い照明。


 遠くには、青く光る塔も見える。


 どこを見ても明るかった。


 それなのに、空には星が輝いている。


「……不思議だな」


 キオはつぶやいた。


「何がだい?」


 後ろから声がした。


 振り返ると、先ほど階段で出会った時計塔の老人が立っていた。


 老人は小さなカップを片手に持っている。


 中には温かな飲み物が入っているらしく、白い湯気が上がっていた。


「……こんなに明るいのに、星が見える」


「ああ、それか」


 老人は夜空を見上げた。


「そうじゃなあ。言われてみれば不思議じゃ」


「知らないの?」


「何をじゃ?」


「どうして星が見えるのか」


 老人はしばらく考えた。


 それから、にっこり笑った。


「星が見えた方が綺麗じゃろう?」


「……うん」


「だったら、それでいいんじゃないかのう」


 キオは空を見た。


 確かに、星は綺麗だった。


 けれど、どうして見えるのだろう。


 少し気になった。


 老人は手すりの横へ立った。


「初めて来たのかい?」


「うん」


「そうかそうか」


 老人は嬉しそうに頷いた。


「どうじゃ、この街は?」


 キオは少し考えた。


 空飛ぶ船。


 魔法のシャボン玉。


 音楽に合わせて動く噴水。


 ドラゴン肉の串焼き。


 焼きたてのパン。


 空を飛ぶ演劇の船。


 そして、目の前いっぱいに広がった花火。


「……いろいろある」


 キオは答えた。


「そうじゃろう」


 老人は笑った。


「わしも、まだまだ知らんことばかりじゃよ」


「ずっとここに住んでるの?」


「そうじゃなあ」


 老人は少し考えた。


「ずいぶん長いこと、この時計塔におる」


「それでも知らないことがあるの?」


「そりゃあ、あるとも」


 老人はカップを口へ運んだ。


「知っていることなんて、ほんの少しじゃ」


 キオは老人を見た。


 こんなに長く暮らしているのに、知らないことがあるらしい。


 老人は再び夜空を見上げた。


「ほれ、あの星」


 細い指が、夜空の一点を示した。


「あれが何という星か、知っておるか?」


 キオは首を横に振った。


「わしも知らん」


「……知らないの?」


「うむ!」


 老人は楽しそうに笑った。


「でも、綺麗じゃろう?」


 キオは星を見た。


 小さな青い星だった。


 ほかの星よりも、少しだけ明るく輝いている。


「……うん」


「それで十分な日もあるんじゃよ」


 老人はそう言って、温かい飲み物を飲んだ。


 キオはもう一度、星を見上げた。


 名前は分からない。


 でも、綺麗だった。


 不思議と、もう少し眺めていたくなった。


     *


 しばらくすると、遠くから鐘の音が響いた。


 ゴォン。


 ゴォン。


 ゴォン。


 ゴォン。


 時計塔の大きな針が、午前四時を指していた。


 その瞬間、街のあちこちで小さな光が灯り始めた。


 屋根の上。


 橋の欄干。


 広場の噴水。


 塔の窓。


 それぞれの場所から、青い光がゆっくりと浮かび上がる。


「……何?」


 キオが尋ねた。


「おや、始まったようじゃな」


 老人が空を見上げた。


「何が?」


「花火の最後じゃよ」


 キオは夜空を見た。


 浮かび上がった青い光は、街の上空へ集まっていった。


 一つ。


 二つ。


 十。


 百。


 数えきれないほどの光が、夜空を漂っている。


 それらは、まるで小さな魚の群れのようだった。


 空をゆっくりと泳ぎながら、少しずつ高い場所へ集まっていく。


 そして――。


 ドォォォォン!


 夜空いっぱいに、巨大な金色の花火が開いた。


 キオは思わず顔を上げた。


 光が広がる。


 大きな円を描く。


 その内側に、小さな星が無数に生まれた。


 続いて、別の花火が上がる。


 赤。


 青。


 緑。


 紫。


 それぞれの光が夜空を彩っていく。


 音楽が大きくなった。


 鐘の音。


 笛の音。


 弦楽器の軽やかな旋律。


 そして、太鼓。


 天空の不夜城全体が、一つの大きな楽器になったようだった。


 花火は次々と形を変えた。


 大きな鳥になった。


 空を泳ぐ魚になった。


 星の形になった。


 最後には、何隻もの小さな船が現れた。


 光でできた船だった。


 白い帆を広げ、夜空をゆっくりと進んでいく。


 キオはその船を見つめた。


 自分が乗ってきた船に、少し似ていた。


 船は一列に並び、巨大な城の方へ向かっていく。


 そして、城の上空に辿り着いた瞬間――。


 パァァァン!


 すべての船が、一斉に光の粒へ変わった。


 何千もの小さな星が、夜空いっぱいに散らばる。


 星はしばらく輝いたあと、ゆっくりと消えていった。


 やがて、最後の一つが消える。


 夜空に静けさが戻った。


 次の瞬間。


 わあああああっ!


 街中から大きな歓声が上がった。


 拍手が響く。


 笛が鳴る。


 人々が楽しそうに笑っている。


 キオも手を叩いた。


 何度も。


 何度も。


 そして、ようやく気づいた。


 自分が笑っていたことに。


「……あ」


 キオは少しだけ口元に手を当てた。


 別に、笑おうとしたわけではなかった。


 ただ、花火が綺麗だった。


 面白かった。


 それだけだった。


 隣では、時計塔の老人が嬉しそうに拍手をしていた。


「いやあ、今夜もよかった!」


 老人は満足そうだった。


「何度見ても、花火はいいもんじゃのう」


 キオは夜空を見た。


 花火は、もう消えていた。


 それでも、まだ何かが見えるような気がした。


 赤いドラゴン。


 空飛ぶ船。


 金色の星。


 目を閉じると、さっきの光景が浮かんでくる。


「……また見られる?」


 キオが尋ねると、老人は頷いた。


「もちろんじゃ」


「明日も?」


「明日もじゃ」


「同じ花火?」


「さて、どうじゃろうなあ」


 老人は笑った。


「それは明日にならんと分からん」


 キオは少し考えた。


 明日は、どんな花火が上がるのだろう。


 さっきよりも大きいのだろうか。


 それとも、まったく違う形なのだろうか。


 少しだけ、見てみたいと思った。


     *


 展望台の人々が、少しずつ階段へ向かい始めた。


 花火が終わり、別の場所へ遊びに行くのだろう。


 キオも手すりから離れた。


「もう行くのかい?」


 老人が尋ねた。


「うん」


「そうかい。気をつけてな」


「ありがとう」


 キオは小さく頭を下げた。


 そして階段へ向かおうとした。


 そのときだった。


 遠くから、低い汽笛の音が聞こえてきた。


 ボォォォォ……。


 キオは足を止めた。


「……船?」


 展望台の端へ戻り、音のする方を見た。


 街の外れに、大きな港が見えた。


 来たときに降りた小さな桟橋とは違う。


 何本もの長い桟橋が伸び、その周囲に大小さまざまな船が並んでいた。


 丸い風船をつけた船。


 何枚もの帆を広げた船。


 金属でできた大きな船。


 そして、船体の下から青い光を放っている船。


 どれも空に浮かんでいる。


 何隻かはゆっくりと港へ近づき、別の船は空へ向かって上昇していた。


 港の周囲には、大きな倉庫らしき建物も並んでいる。


 そこでは、小さな機械たちが忙しそうに荷物を運んでいた。


 キオはしばらく眺めた。


「……あんなに船があるんだ」


「おや、港が気になるのかい?」


 老人が近づいてきた。


「うん」


「あそこは賑やかじゃぞ」


「何をしてるの?」


「船を出したり、荷物を運んだり、修理したり。いろいろじゃ」


 老人は港を指差した。


「あそこには、面白い船がたくさんあるからのう」


 キオは目を凝らした。


 そのとき、一隻の大きな船が港から飛び立った。


 船体は深い青色。


 大きな白い帆が三枚。


 その下には、何本もの細い翼のようなものが取り付けられていた。


 船はゆっくりと上昇すると、街の上空を大きく旋回した。


 そして雲の向こうへ消えていった。


「……あの船、どこへ行くの?」


「さて、どこじゃろうなあ」


 老人は首を傾げた。


「船乗りに聞いてみるといい」


「……そっか」


 キオはもう一度、港を見た。


 船が次々と動いている。


 来たときに乗った小さな船とは、ずいぶん違っていた。


 あんなに大きな船が、どうやって空を飛んでいるのだろう。


 どんな人が乗っているのだろう。


 どこから来て、どこへ行くのだろう。


 キオは少しだけ考えた。


 それから、老人を見た。


「……港って、行ってもいいの?」


「もちろんじゃ!」


 老人は笑った。


「見学できるところもあるぞ」


「そうなんだ」


「ただし、荷物を運んでいる船の邪魔をしちゃいかんぞ」


「うん」


「それから、勝手に船へ乗り込まんことじゃ」


「分かった」


 キオは頷いた。


 そして階段へ向かった。


 今度は、迷わなかった。


 展望台を出て、螺旋階段を下りていく。


 途中で、また大きな歯車が見えた。


 カチリ。


 カチリ。


 カチリ。


 歯車は変わらず回っていた。


 キオは少しだけ足を止めた。


 時計塔の仕組みも、いつかもう少し聞いてみたい。


 そんなことを思った。


 けれど、今は港の方が気になっていた。


 階段を下りきると、入口の扉が静かに開いた。


 外には、相変わらず賑やかな街が広がっている。


 花火は終わった。


 けれど、音楽は続いていた。


 屋台からは美味しそうな匂いが漂い、人々の笑い声が聞こえてくる。


 キオは時計塔を振り返った。


 大きな時計の針は、午前四時を少し過ぎたところだった。


 地上では、まだみんな眠っている時間だ。


 母親も、きっと眠っているだろう。


 キオは少しだけ、家のことを思い出した。


 でも、ここへ来てから、まだそれほど時間は経っていない。


 港を見てから帰っても、きっと大丈夫だろう。


 キオはそう思った。


 そして、歩き始めた。


 今度は自分から、見たい場所へ向かって。


 頭上では、無数の提灯が夜風に揺れていた。


 空には、花火の代わりに小さな飛行船が行き交っている。


 遠くから、また汽笛が聞こえてきた。


 ボォォォォ……。


 キオは顔を上げた。


 そして、少しだけ足を速めた。


 天空の不夜城には、まだまだ知らないものがある。


 そんなことを、キオは考え始めていた。


第五章 夜空に咲く花 了

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