第四章 空飛ぶ少年と七つの鍵
劇場の中は、思っていたよりもずっと広かった。
キオは入口で受け取ったチケットを眺めた。
厚い紙には金色の月が描かれ、その下に小さな数字が書かれている。
『二階席 十二番』
「……二階?」
キオが辺りを見回していると、赤い制服を着た女性が近づいてきた。
「お席をお探しですか?」
「うん」
「チケットを見せていただけますか?」
キオが差し出すと、女性はにっこり微笑んだ。
「二階席ですね。こちらの階段をお上がりください」
女性が示した先には、赤い絨毯の敷かれた大きな階段があった。
手すりには金色の装飾が施され、壁には丸い照明が等間隔に並んでいる。
キオは階段を上った。
二階に到着すると、今度は小さな扉がいくつも並ぶ廊下に出た。
それぞれの扉には数字が書かれている。
キオは自分のチケットと見比べながら、十二番の扉を開けた。
「……わあ」
思わず声が出た。
目の前に、巨大な劇場が広がっていた。
天井は驚くほど高く、そこには青い夜空が描かれている。
無数の星が輝き、その間を小さな雲がゆっくり流れていた。
絵なのか、本物なのか、キオには分からなかった。
客席は一階から三階まで続いている。
赤い椅子が何列も並び、すでに多くの人々が座っていた。
人間だけではない。
頭に角のある男。
長い耳を持つ女性。
立派なひげを生やした小柄な老人。
背中に羽の生えた子供までいる。
みんな楽しそうに話していた。
キオは自分の席を見つけた。
二階の前列だった。
座ってみると、舞台全体がよく見えた。
舞台には大きな赤い幕が下りている。
その上には、金色の文字で演目が書かれていた。
『空飛ぶ少年と七つの鍵』
キオは背もたれに体を預けた。
学校で見た演劇は、あまり面白くなかった。
椅子に座って、舞台の人が話すのをずっと見ているだけ。
途中で眠くなったことも覚えている。
今回もそうなるかもしれない。
キオは足をぶらぶらさせた。
そのとき、隣の席に誰かが座った。
大きな帽子をかぶった、おばあさんだった。
膝の上には、小さな紙袋を載せている。
「こんばんは、坊や」
「……こんばんは」
「初めて見るのかい?」
「うん」
「そうかい。それは楽しみだねえ」
おばあさんは紙袋から、小さな焼き菓子を一つ取り出した。
「ほら、食べるかい?」
「……いいの?」
「もちろんさ」
キオは受け取った。
丸くて小さな、バターの香りがする菓子だった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
おばあさんは舞台を見た。
「このお芝居はねえ、何度見ても面白いんだよ」
「何度も見てるの?」
「ああ。五回か六回かねえ」
「……同じ話なのに?」
「そうさ」
キオは少し不思議に思った。
結末を知っているのなら、もう見る必要はないのではないだろうか。
そんなことを考えていると、劇場の照明がゆっくりと暗くなった。
チリン。
小さな鐘が鳴った。
続いて、もう一度。
チリン。
客席が静かになっていく。
そして三度目の鐘が鳴ると、舞台の赤い幕がゆっくりと上がり始めた。
*
幕の向こうに現れたのは、小さな村だった。
石畳の道。
赤い屋根の家々。
中央には、古びた時計塔が立っている。
その周囲には、いくつもの小さな船が停泊していた。
ただし、どの船も水の上には浮かんでいない。
空に浮かぶための船だった。
白い帆を広げ、船底には青い宝石のようなものが取り付けられている。
けれど、どの船も動いていなかった。
村の広場に、一人の少年が立っていた。
キオと同じくらいの年齢に見える。
少年は茶色の上着を着て、頭に古い飛行帽をかぶっていた。
「今日も風が吹かないなあ」
少年が空を見上げた。
その声が、劇場いっぱいに響いた。
すると、家の中から白いひげの老人が出てきた。
「レムや、また空を見ているのか」
「だって、じいちゃん!」
少年――レムが振り返った。
「風が吹かないと、船が飛べないじゃないか!」
「そうじゃなあ」
「いつになったら飛べるの?」
「さあのう」
老人は長いひげを撫でた。
「風の塔が止まってから、もう百年になる」
「百年!?」
レムは大げさに驚いた。
客席から小さな笑い声が起こった。
「じいちゃんが生まれる前?」
「そうじゃ」
「じいちゃんのお父さんが生まれる前?」
「そうじゃな」
「じゃあ、じいちゃんのおじいちゃんが――」
「もういいわい!」
老人が杖を振り上げた。
客席から笑い声が広がる。
キオも、少しだけ口元を緩めた。
レムは村の外れにある高い塔を指差した。
「あそこに行けば、風を戻せるんだろ?」
「あの塔には七つの扉がある」
老人は答えた。
「それぞれの扉には、違う鍵が必要なのじゃ」
「じゃあ、七つの鍵を集めればいいんだ!」
「そんな簡単な話ではない!」
老人が杖で地面を叩いた。
ドン!
すると舞台の床が小さく揺れ、村の奥から巨大な地図がせり上がってきた。
客席から「おおっ」と歓声が上がる。
キオは少し身を乗り出した。
地図には、七つの島が描かれていた。
雪に覆われた島。
大きな森のある島。
火山の島。
海に浮かぶ島。
砂漠の島。
星の形をした島。
そして、雲の奥に隠れた島。
「鍵は、それぞれの島に一つずつあると言われておる」
老人が説明した。
「だが、誰も全部を集めたことがないのじゃ」
レムは地図を見つめた。
そして、にっこり笑った。
「じゃあ、僕が集めてくる!」
「話を聞いておったのか!?」
老人が叫ぶ。
「船も飛ばんというのに!」
レムは腰に手を当てた。
「船が飛ばないなら、飛ぶようにすればいいんだよ!」
そのとき、舞台の奥から小さなドラゴンが飛んできた。
劇場の入口でキオが見た、あの赤いドラゴンだった。
「キュルル!」
「おお、ピップ!」
レムが手を伸ばすと、ドラゴンはその腕に止まった。
「お前も行きたいのか?」
「キュル!」
「よし! 一緒に行こう!」
老人は大きくため息をついた。
「まったく、誰に似たのやら……」
その言葉と同時に、舞台が暗くなった。
音楽が鳴り始める。
低い太鼓の音。
続いて、笛の高い音。
そして、舞台の奥から一隻の小さな飛行船が現れた。
船の帆は破れ、船体にはいくつも穴が開いている。
レムは工具を取り出した。
「さあ、修理だ!」
舞台のあちこちから、小さな機械が飛び出してきた。
金槌を持つ機械。
板を運ぶ機械。
釘を打つ機械。
レムが指示を出すたびに、機械たちが船を修理していく。
カン、カン、カン!
トントントン!
テンポのいい音が音楽に重なった。
やがて船の帆が新しくなり、船体の穴も塞がった。
「よし!」
レムが舵を握った。
「出発だ!」
ドラゴンのピップが大きく羽ばたいた。
小さな口から青い炎が飛び出し、船底の宝石に触れた。
すると――。
ふわり。
船が浮き上がった。
「……あ」
キオは思わず声を漏らした。
船は本当に舞台から離れていた。
糸も見えない。
支えている柱もない。
レムを乗せた船は、客席の頭上までゆっくりと飛び出してきた。
「行ってきまーす!」
レムが手を振る。
客席の子供たちが歓声を上げた。
キオは真上を見上げた。
船底が見える。
木の板が何枚も組み合わされ、青い宝石が明るく輝いていた。
そのすぐ横を、ピップが飛んでいく。
赤い翼が、キオの頭上でパタパタと音を立てた。
そして船は、再び舞台の方へ戻っていった。
照明が一斉に落ちる。
次の瞬間、舞台はまったく違う景色に変わっていた。
*
最初の島は、雪に覆われていた。
白い山々。
凍りついた湖。
風に舞う雪。
舞台の上に、本物の雪のようなものが降っていた。
「寒い寒い寒い!」
レムが体を震わせながら歩いている。
ピップは少年の肩に乗り、鼻から小さな炎を出していた。
「お前はいいよな! 火を出せるんだから!」
「キュル!」
「僕にも少し分けてくれよ!」
ピップが大きく息を吸った。
「ちょっと待て! 燃やすなよ!」
ボッ!
レムの帽子から小さな煙が上がった。
「熱い熱い熱い!」
レムが雪の中へ飛び込んだ。
客席は大笑いだった。
キオも思わず笑った。
小さく、声が出た。
「ふふっ」
自分でも少し驚いた。
演劇を見て笑うなんて、初めてかもしれなかった。
物語は次々と進んでいった。
雪の島では、氷の洞窟に閉じ込められた大きな白い熊を助けた。
すると熊がお礼に、一つ目の鍵を渡してくれた。
森の島では、何百本もの木が動き回っていた。
レムは道に迷い、同じ場所を何度も歩いた。
そこでピップが高い木の上から道を見つけ、二つ目の鍵が眠る古い祠へ辿り着いた。
火山の島では、溶岩の川を渡らなければならなかった。
レムは長い板を何枚もつなぎ合わせ、小さな橋を作った。
橋を渡る途中で板が燃え始め、客席から悲鳴が上がった。
「走れー!」
子供たちが叫ぶ。
レムは必死に走った。
ピップも後ろから飛んでいく。
間一髪で向こう岸へ飛び移ると、客席から大きな拍手が起こった。
こうして三つ目の鍵を手に入れた。
海の島では、巨大な魚が船を飲み込もうとした。
砂漠の島では、砂嵐の中から古い神殿を見つけた。
星の島では、夜空に浮かぶ星をつなぎ合わせることで、隠された階段が現れた。
レムは少しずつ、鍵を集めていった。
一つ。
二つ。
三つ。
そして、六つ。
残る鍵は、あと一つだった。
キオはいつの間にか、椅子の背もたれから体を離していた。
舞台をじっと見ている。
次は何が起こるのだろう。
七つ目の鍵は、どこにあるのだろう。
そんなことを考えながら。
*
最後の島は、深い雲の中にあった。
舞台には白い霧が広がり、レムの姿が見えなくなった。
「ピップ?」
少年の声だけが聞こえる。
「どこにいるんだ?」
返事はない。
「ピップ!」
少し焦った声だった。
キオは舞台を見つめた。
さっきまで一緒にいた小さなドラゴンが、いなくなってしまったらしい。
白い霧の向こうから、かすかに鳴き声がした。
「キュル……」
「ピップ!」
レムは声のする方へ走った。
すると、霧の中から巨大な影が現れた。
長い首。
大きな翼。
鋭い爪。
そして、二つの赤い目。
影はゆっくりと立ち上がった。
「……ドラゴン?」
キオは小さくつぶやいた。
先ほどまでのピップとは比べものにならない。
劇場の天井に届きそうなほど巨大なドラゴンだった。
観客たちが息を呑む。
ドラゴンが口を開けた。
ゴオオオオオッ!
低い咆哮が劇場に響き渡った。
舞台の霧が一斉に吹き飛ぶ。
レムは後ずさりした。
「お、お前……何者なんだ!」
ドラゴンは答えない。
ただ、巨大な翼を広げた。
すると、その翼の下から小さな鳴き声が聞こえた。
「キュル……」
「ピップ!?」
レムが叫んだ。
大きなドラゴンの足元に、ピップが倒れていた。
その周囲には、青白い光を放つ鎖が何本も巻きついている。
どうやら、魔法で動けなくされているらしい。
「離せ!」
レムは腰の短剣を抜いた。
ドラゴンに向かって走る。
しかし、巨大な尻尾が振り下ろされた。
ドォン!
舞台が大きく揺れた。
レムは地面を転がり、剣を落としてしまった。
「うわあっ!」
客席から悲鳴が上がる。
キオも思わず椅子の肘掛けを握った。
ドラゴンがゆっくりと近づいてくる。
レムは立ち上がろうとした。
けれど、足が震えていた。
「……くそっ」
少年は周囲を見回した。
短剣は遠くに落ちている。
船は壊れて動かない。
逃げ道もない。
ドラゴンの口の奥で、赤い炎が渦を巻き始めた。
キオは息を止めた。
そのときだった。
「キュルル!」
ピップが鳴いた。
鎖に絡まったまま、必死に翼を動かしている。
レムはピップを見た。
そして、何かに気づいたように顔を上げた。
「……そうか!」
少年が叫ぶ。
「七つ目の鍵は、ピップが持っているんじゃない!」
巨大なドラゴンの炎が膨れ上がる。
「ピップを助けるために、鍵が必要なんだ!」
レムは走った。
ドラゴンに向かってではない。
舞台の端に転がっていた、大きな鉄の輪へ向かって。
それは壊れた船の部品だった。
レムは輪を抱え上げた。
「ピップ! もう一度だけ火を出せるか!」
「キュル……!」
ピップが小さく口を開けた。
青い炎が飛び出す。
レムは鉄の輪を炎の中へ差し出した。
輪が真っ赤に輝き始めた。
そして――。
カチン!
何かが外れる音がした。
ピップを縛っていた鎖の一つが、砕け散った。
「やった!」
レムが叫んだ。
客席から歓声が起こる。
「もう一回だ!」
ピップが再び炎を吐いた。
鉄の輪が青く輝く。
今度は二本の鎖が砕けた。
そして最後の一本。
パキィン!
鎖がすべて消え去った。
「キュルルル!」
ピップが勢いよく飛び上がる。
そのままレムの肩へ飛びついた。
「ピップ!」
レムは嬉しそうにドラゴンを抱きしめた。
すると、巨大なドラゴンが動きを止めた。
赤い目が、ゆっくりと青く変わっていく。
大きな翼が静かに畳まれた。
そして、ドラゴンの体が無数の光の粒に変わり始めた。
キラキラと輝く光が、舞台いっぱいに広がる。
その中心に、小さな金色の鍵が浮かんでいた。
レムが手を伸ばす。
鍵が、ゆっくりと少年の手のひらに降りてきた。
「……七つ目だ」
レムは鍵を握りしめた。
客席から大きな拍手が起こった。
キオも、気づけば手を叩いていた。
*
七つの鍵を集めたレムは、風の塔へ辿り着いた。
塔は巨大だった。
舞台の天井よりも高く伸びているように見える。
その正面には、七つの鍵穴が並んでいた。
レムは一つずつ鍵を差し込んでいく。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
鍵が回るたびに、塔の窓へ灯りがともっていった。
四つ。
五つ。
六つ。
そして七つ目。
最後の鍵が回った瞬間――。
ゴゴゴゴゴゴ……。
塔がゆっくりと動き始めた。
大きな歯車が回る。
鐘が鳴り響く。
塔の最上部から、一筋の光が空へ伸びた。
そして――。
風が吹いた。
最初はそよ風だった。
レムの髪が揺れた。
ピップの翼が広がった。
続いて、村の旗が大きくはためいた。
止まっていた風車が回り始める。
船の帆が膨らむ。
そして、百年間動かなかった飛行船が、次々と空へ浮かび上がっていった。
レムが叫ぶ。
「風が戻ったぞー!」
劇場いっぱいに明るい音楽が響き渡った。
舞台の上を、小さな飛行船が何隻も飛び交う。
色とりどりの旗が翻り、空から紙吹雪が降ってきた。
キオの座る二階席にも、柔らかな風が届いた。
紙吹雪が一枚、膝の上に落ちる。
キオはそれを拾い上げた。
小さな星の形をした、金色の紙だった。
舞台では、レムとピップが船の上に立っていた。
「さあ、行こう!」
レムが舵を握る。
「次は、どこへ行くんだい?」
村の老人が尋ねた。
レムは空を見上げた。
「まだ行ったことのない場所!」
船が大きく上昇する。
「まだ見たことのないものを、見に行くんだ!」
ピップが元気よく鳴いた。
「キュルル!」
二人を乗せた船は、満天の星空へ飛んでいった。
音楽が最高潮に達する。
そして、赤い幕がゆっくりと下りてきた。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
わあああああっ!
劇場全体が拍手に包まれた。
人々が立ち上がる。
指笛を鳴らす者もいる。
キオの隣のおばあさんも、嬉しそうに手を叩いていた。
「いやあ、よかったねえ!」
キオは舞台を見つめていた。
幕が再び上がった。
そこには、役者たちが並んでいた。
レム役の少年。
村の老人。
さまざまな島で出会った人々。
そして、小さなドラゴンのピップ。
みんな笑顔でお辞儀をしている。
キオは立ち上がった。
そして、もう一度拍手をした。
今度は、誰かにつられたわけではなかった。
自分から手を叩いていた。
*
劇場の外へ出ると、相変わらず賑やかな音楽が聞こえてきた。
提灯が揺れ、人々が楽しそうに歩いている。
キオは入口の横で、少し立ち止まった。
頭の中には、まだレムの冒険が残っていた。
雪の島。
森の島。
火山の島。
そして、あの巨大なドラゴン。
どうやって舞台の上に、あんな大きなドラゴンを出したのだろう。
それに、飛行船は本当に飛んでいた。
あれも魔法なのだろうか。
キオは劇場を振り返った。
すると、入口の脇にある小さな扉が開いた。
中から一人の少年が出てきた。
茶色の髪。
古い飛行帽。
手には小さな工具箱。
「あ……」
キオは思わず声を出した。
レムだった。
もちろん、本当の名前は違うのだろう。
けれど、さっきまで舞台の上で冒険していた少年が、目の前を歩いていた。
その肩には、赤いドラゴンのピップが乗っている。
「キュル!」
ピップがキオに気づいて鳴いた。
少年が足を止めた。
「おや?」
キオを見て、にっこり笑う。
「さっきのお客さんだね!」
「……うん」
「どうだった?」
キオは少し考えた。
学校で演劇を見たときは、感想を聞かれても何も思いつかなかった。
面白かったです。
そんなふうに言えば、先生は喜んだ。
でも、今回は少し違った。
「……面白かった」
キオは答えた。
「本当に?」
「うん」
「そりゃあよかった!」
少年は嬉しそうに笑った。
ピップも誇らしげに胸を張った。
「キュルル!」
キオはピップを見た。
「……あの大きなドラゴン」
「うん?」
「どうやって出したの?」
「ああ!」
少年は楽しそうに笑った。
「気になる?」
「……ちょっと」
「魔法だよ!」
「やっぱり」
「でもね、魔法だけじゃないんだ」
「……?」
少年は工具箱を軽く持ち上げた。
「大きな仕掛けも使ってるんだよ。舞台の下には、いろんな機械があるんだ」
「そうなの?」
「そうさ! あの船だって、全部が魔法ってわけじゃないんだよ」
キオは劇場を見上げた。
大きな建物だった。
あの下に、どんな機械があるのだろう。
「……見られる?」
キオは尋ねた。
少年は少し驚いた顔をした。
「舞台の仕掛けを?」
「うん」
「うーん、今日はもう片づけが始まってるからなあ」
少年は少し考えた。
「でも、今度来たときなら見せてあげられるかもしれないよ!」
「そっか」
「それに、明日の演目も面白いんだ!」
「明日もあるの?」
「もちろん!」
少年は胸を張った。
「ここでは毎晩、いろんなお芝居をやってるからね!」
キオは劇場の看板を見上げた。
そこには、明日の演目が書かれた小さな板も下がっていた。
『月の国の時計職人』
その下には、銀色の時計を持った少女が描かれている。
キオはしばらくその絵を見つめた。
どんな話なのだろう。
時計職人なら、さっき舞台で見たような大きな歯車も出てくるのだろうか。
そんなことを考えていると、少年が声をかけた。
「それじゃあ、僕は行くね!」
「うん」
「また見に来てよ!」
少年は手を振った。
キオも小さく手を振り返す。
ピップが一度、大きく翼を広げた。
「キュルル!」
そして二人は、劇場の裏手へ消えていった。
キオはしばらく、その方向を見ていた。
それから、また看板を見上げた。
『月の国の時計職人』
「……時計か」
少し気になった。
けれど、今すぐ見られるわけではない。
キオは通りへ目を向けた。
相変わらず、たくさんの人が行き交っている。
遠くでは、楽しそうな音楽が鳴っていた。
そのときだった。
ドォン!
大きな音が夜空に響いた。
キオは顔を上げた。
建物の向こうで、金色の光が大きく広がっていた。
花火だった。
続いて、赤い光。
青い光。
緑色の光。
夜空に次々と大きな花が咲いていく。
「始まったぞー!」
通りの向こうで、誰かが叫んだ。
「今夜の大花火だ!」
人々が一斉に空を見上げた。
「広場へ行こう!」
「いや、時計塔の上が一番よく見えるぞ!」
「急げ急げ!」
子供たちが楽しそうに走っていく。
キオも空を見上げた。
ドォン!
今度は、ひときわ大きな花火が上がった。
光が広がる。
そして、その光の中から、小さな星が何十個も飛び出した。
星は夜空をくるくると回りながら、ゆっくりと落ちていく。
キオは目で追った。
「……すごい」
それは、劇場で見たどんな仕掛けよりも大きかった。
空いっぱいに広がる光。
その向こうには、さらに高い城の塔がそびえている。
塔の窓には無数の灯りがともり、旗が夜風に揺れていた。
キオは少し考えた。
もっとよく見える場所が、あるかもしれない。
さっき人々が話していた時計塔。
あそこなら、高いところから花火を見られるのだろうか。
キオは通りの先を見た。
時計塔は、そこからでもよく見えた。
高い屋根の上で、大きな時計の針がゆっくりと動いている。
そのさらに向こうでは、次の花火が打ち上がろうとしていた。
キオは歩き始めた。
そして、少ししてから足を速めた。
別に急ぐ必要はなかった。
誰かに命令されたわけでもない。
ただ、もう少し近くで花火を見たかった。
それだけだった。
ドォン!
また一つ、夜空に光の花が咲いた。
キオは人々の間を抜けていく。
顔を上げたまま、楽しそうな音楽の流れる通りを進んでいった。
天空の不夜城には、まだまだ知らないものがある。
そして今夜のキオは、それを一つずつ見つけ始めていた。
第四章 空飛ぶ少年と七つの鍵 了




