第三章 夜店のごちそう
ジュウウウウッ。
肉の焼ける音が聞こえてきた。
キオは音のする方へ歩いていった。
広場から伸びる大通りには、数えきれないほどの屋台が並んでいた。
赤や黄色の提灯が頭上に吊るされ、色鮮やかな旗が風に揺れている。
屋台の奥では、白い煙がもくもくと立ち上っていた。
「さあさあ! 焼きたてだよ!」
「甘いお菓子はいかがかね!」
「今夜のおすすめは特製シチューだ!」
あちこちから威勢のいい声が聞こえてくる。
キオはゆっくり歩きながら、店先を眺めた。
大きな鉄板で何かを焼いている店。
丸い鍋でスープを煮込んでいる店。
山のようにパンを積み上げている店。
透明な瓶に色とりどりの飲み物を並べた店もあった。
どこからも、美味しそうな匂いが漂ってくる。
キオは最初の屋台の前で足を止めた。
先ほど広場から見えた、ドラゴンの絵が描かれた店だった。
『名物! ドラゴン肉の串焼き!』
看板には大きな文字が書かれている。
その下では、太い串に刺された肉が何本も焼かれていた。
赤茶色の肉から脂が滴り、炭火に落ちるたびに小さな炎が上がる。
「おっ、坊主! 食っていくか?」
店主が声をかけてきた。
大きなお腹をした男だった。
立派な口ひげを生やし、頭には白い帽子をかぶっている。
腕はキオの太ももほども太かった。
「……これ、本当にドラゴン?」
「もちろんだ!」
男は胸を張った。
「正真正銘、ドラゴンの肉だぞ!」
「ドラゴンって食べられるんだ」
「食べられるとも! 焼いてよし、煮てよし、揚げても旨い!」
男は串を一本持ち上げた。
こんがり焼けた肉が、照明の光を浴びてつやつやと輝いている。
「どうだ? 一本食べてみるか?」
キオは少し考えた。
地上ではドラゴンなんて見たことがない。
学校の図鑑には載っていたけれど、実際に存在するのかどうかも知らなかった。
そのドラゴンが、今は串に刺されて焼かれている。
「……硬くない?」
「はっはっは! 心配するな! うちの肉は柔らかいぞ!」
「辛い?」
「辛いのが好きか?」
「普通」
「なら、甘辛いタレにしてやろう!」
男は手際よく肉にタレを塗り、炭火の上へ戻した。
ジュッ!
甘く香ばしい匂いが広がった。
「ほら、できたぞ!」
キオは革袋から銀色の硬貨を一枚取り出した。
店主に渡すと、男は釣り銭を返しながら串を差し出した。
「熱いから気をつけろよ!」
「うん」
キオは串を受け取り、屋台の横へ移動した。
ふう、ふう。
少し息を吹きかけてから、肉にかじりつく。
もぐ。
「……あ」
思っていたより、ずっと柔らかかった。
表面は少し焦げて香ばしく、中は肉汁がたっぷり含まれている。
鶏肉よりも歯応えがあって、牛肉よりもあっさりしていた。
甘辛いタレが肉によく合っている。
キオはもう一口食べた。
「どうだ、旨いだろ!」
店主が遠くから声をかけてきた。
キオは口の中の肉を飲み込んだ。
「……うん。美味しい」
「そうだろう!」
男は嬉しそうに笑った。
「ドラゴンはな、焼き加減が大事なんだ!」
そう言って、また別の肉を焼き始めた。
キオは串を持ったまま、しばらく店主の手元を眺めていた。
肉をひっくり返す。
タレを塗る。
炎が上がる。
その繰り返しだった。
けれど、店主は時々串の位置を変えたり、炭を動かしたりしている。
同じように見えて、少しずつ違っていた。
「……いつもドラゴンを焼いてるの?」
「毎晩だ!」
「飽きない?」
「飽きる?」
男は不思議そうな顔をした。
そして豪快に笑った。
「飽きるわけないだろ! 昨日より旨く焼けるかもしれないんだからな!」
キオはもう一度、肉をかじった。
昨日より美味しい。
そんなことを考えたことはなかった。
家で食べる料理は、いつも美味しい。
それで十分だった。
でも、この男は毎晩同じものを焼きながら、昨日より美味しくしようとしているらしい。
「……ふうん」
キオは残りの肉を食べ終えた。
串を店先の回収箱に入れる。
「ごちそうさま」
「おう! また食いに来いよ!」
店主は大きく手を振った。
キオは小さく頷いて、屋台を離れた。
*
少し歩くと、今度はパンの香りが漂ってきた。
通りの角に、小さなパン屋があった。
丸い木の看板には、麦の穂と雲の絵が描かれている。
店先には焼きたてのパンが並び、奥では大きな石窯が赤く光っていた。
キオは立ち止まった。
パンは毎朝食べている。
だから、特別珍しいものではなかった。
けれど、この店のパンは少し変わっていた。
細長いパン。
丸いパン。
三つ編みのようにねじれたパン。
星の形をしたパン。
中には、ドラゴンの顔に似せたものまである。
どれも焼き色が美しく、ほんのり湯気が立っていた。
「いらっしゃい」
店の奥から、小柄なおばあさんが出てきた。
白い髪を後ろでまとめ、青いエプロンをつけている。
「何か探しているのかい?」
「……別に」
「そうかい。じゃあ、ゆっくり見ていきな」
おばあさんは笑顔で答えた。
キオは店先のパンを眺めた。
すると、奥の石窯で妙なことが起こった。
窯の扉が、ひとりでに開いたのだ。
中から鉄板がすうっと浮かび上がる。
その上には、焼きたての丸いパンが十個ほど並んでいた。
鉄板は空中を滑るように進み、作業台の上に静かに降りた。
「……あれ」
キオは窯を指差した。
「勝手に動いた」
「ああ、あれかい?」
おばあさんは何でもないことのように答えた。
「便利だろう?」
「魔法?」
「そうさ。熱い鉄板を持たなくて済むからねえ」
おばあさんが指を軽く動かすと、鉄板の上のパンが一つずつ浮かび上がり、棚へ並んでいった。
まるで見えない誰かが作業しているようだった。
「でもねえ」
おばあさんは一つのパンを手に取った。
「生地をこねるのだけは、自分でやるんだよ」
「どうして?」
「その方が好きだからさ」
「魔法の方が楽じゃない?」
「そりゃあ楽だよ」
おばあさんは笑った。
「でも、楽なら何でもいいってわけじゃないからねえ」
キオは少し考えた。
楽な方がいいと思う。
自分なら、きっと全部魔法に任せる。
おばあさんは棚から小さなパンを取り出した。
「ほら、焼きたてを一つ味見してごらん」
キオの手に、雲の形をしたパンが置かれた。
「いいの?」
「もちろん」
パンは温かかった。
キオは端を少しちぎって口へ運んだ。
表面は薄く香ばしく、中はふんわりとしている。
バターの香りが広がった。
ほんのり甘い。
「……美味しい」
「そうかい。それはよかった」
おばあさんは嬉しそうに微笑んだ。
キオはパンをもう一口食べた。
朝食で食べるパンとは、少し違う。
特別な材料を使っているようには思えなかった。
でも、柔らかさも香りも違っていた。
「これ、何が入ってるの?」
「小麦粉と水、酵母に塩。それから、少しのバターと蜂蜜だよ」
「それだけ?」
「それだけさ」
おばあさんは答えた。
「パンっていうのはね、同じ材料でも、こね方や焼き方でずいぶん変わるものなんだよ」
キオはパンを見た。
何の変哲もない、小さなパンだった。
でも、不思議ともう一口食べたくなる。
残りを口へ運んだ。
「ごちそうさま」
「おや、もう行くのかい?」
「うん」
「そうかい。またおいで」
キオは店を出た。
背後では、おばあさんが楽しそうに鼻歌を歌っていた。
窯の扉が再び開く音がした。
*
屋台通りは、まだまだ続いていた。
キオは人々の間をゆっくり歩いていった。
頭上では色鮮やかな旗が揺れ、時折、紙吹雪が降ってくる。
どこからか笛の音が聞こえた。
別の場所からは、軽快な太鼓の音。
時々、遠くで大きな歓声が上がる。
キオはそのたびに顔を向けた。
けれど、建物や人混みに遮られて、何が起こっているのかは分からなかった。
道の真ん中を、小さな荷車が通り過ぎる。
荷車を引いているのは馬ではなかった。
丸い胴体に短い四本足を持った、金属製の機械だった。
頭にあたる部分には、大きな丸い目が二つついている。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
機械は規則正しく足を動かして進んでいく。
荷台には、たくさんの野菜が積まれていた。
「はい、通りますよー!」
機械の後ろを歩く若い女性が声を上げた。
通行人たちが道を開ける。
キオも脇へ寄った。
機械が目の前を通り過ぎる。
そのとき、金属の顔がキオの方を向いた。
『こんばんは』
「……こんばんは」
キオは反射的に返事をした。
『よい夜を』
機械はそう言って、また前を向いた。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
キオはしばらく、その後ろ姿を見送った。
地上でも機械は見かける。
でも、あんなふうに歩いて挨拶をする機械は見たことがなかった。
この街には、知らないものがたくさんあるらしい。
再び歩き始めると、今度は甘い匂いが漂ってきた。
「焼き菓子はいかがー!」
若い女性の声が聞こえた。
小さな屋台の上に、丸い菓子がいくつも並んでいる。
黄金色に焼かれた生地の上には、薄く切った果物が花のように並べられていた。
その表面が、透明な蜜でつやつやと輝いている。
キオは屋台の前で止まった。
「いらっしゃい!」
店主の女性が笑顔を向けた。
「今夜は焼きりんごのお菓子がおすすめよ!」
「……りんご?」
「そう! 蜂蜜とバターで焼いたりんごを、サクサクの生地にのせてるの!」
女性は小さな菓子を一つ持ち上げた。
焼きたてらしく、まだ湯気が立っている。
「一つどう?」
キオは少し迷った。
串焼きを食べた。
パンも食べた。
お腹は、もうそれほど空いていない。
でも、目の前のお菓子は美味しそうだった。
「……小さいの、ある?」
「もちろん!」
女性は嬉しそうに答えた。
棚の奥から、小さな焼き菓子を取り出す。
「これならどう?」
「うん」
キオは硬貨を渡した。
女性はお菓子を薄い紙で包み、手渡してくれた。
「熱いから気をつけてね!」
キオは受け取った。
甘い香りが鼻をくすぐる。
ひと口かじった。
サクッ。
薄い生地が軽い音を立てた。
続いて、柔らかく焼かれたりんごの甘みが広がる。
少し酸っぱい。
でも、その酸っぱさが蜂蜜の甘さによく合っていた。
「……あ、美味しい」
今度は、自然と言葉が出た。
「でしょう?」
女性が嬉しそうに笑った。
「今日は焼き加減がうまくいったの!」
キオはもう一口食べた。
口いっぱいに、バターの香りが広がった。
すると、屋台の横から小さな女の子が顔を出した。
「お母さん! あたしの分は?」
「あら、さっき食べたでしょう?」
「もう一個!」
「夕ご飯が入らなくなるわよ」
「だって美味しいんだもん!」
女の子は頬を膨らませた。
店主は困ったように笑っていた。
キオはそのやり取りを眺めながら、残りのお菓子を食べた。
女の子は、まだお菓子が欲しいとねだっている。
店主は、明日の分を一つ取っておいてあげると約束していた。
キオは少しだけ、家のことを思い出した。
母親も時々、お菓子を焼いてくれる。
けれど、キオは自分から作ってほしいと言ったことがなかった。
美味しいと思っても、あまり口に出さなかった。
目の前の女の子は、お菓子が大好きなのだろう。
だから、もっと食べたいと頼んでいる。
キオは指についた蜜を紙で拭った。
「ごちそうさま」
「ありがとう! また来てね!」
店主と女の子が手を振った。
キオは小さく手を上げ、歩き出した。
*
少し先に、小さな広場があった。
中央には丸い噴水があり、その周囲にいくつものテーブルと椅子が並んでいる。
人々はそこで食事をしたり、飲み物を飲んだりしていた。
キオは空いている椅子に座った。
たくさん歩いたせいか、足が少し疲れていた。
目の前では、年配の男たちが大きなジョッキを片手に楽しそうに話している。
隣のテーブルでは、家族連れが食事をしていた。
小さな子供がスープをこぼし、母親に叱られている。
少し離れたところには、大きな剣を背負った二人組がいた。
片方は、鎧を着た人間の男。
もう片方は、頭に二本の角を生やした、青い肌の大男だった。
二人は大きな皿に盛られた料理を食べながら、何かを話している。
「だから言っただろう! あの洞窟は右へ行くべきだったんだ!」
「お前が左へ行こうと言ったんじゃないか!」
「そうだったか?」
「そうだったとも!」
二人は顔を見合わせた。
そして、大声で笑い始めた。
キオは少し不思議に思った。
地上なら、あんな大きな剣を持って歩いている人は、きっと警備の人に止められる。
でも、この街では誰も気にしていなかった。
広場の反対側には、小さな魔道具屋があった。
店先では、透明な球がくるくると回っている。
球の中には小さな雲が浮かび、時々、雨が降っていた。
別の棚には、火のついていないランプが並んでいる。
それなのに、ランプの中は明るく輝いていた。
キオは立ち上がり、店先へ近づいた。
「いらっしゃい」
眼鏡をかけた若い男が声をかけた。
「何かお探しですか?」
「……これ」
キオは球を指差した。
「中で雨が降ってる」
「ええ。小さな雨雲を閉じ込めているんです」
「何に使うの?」
「植物を育てるときに便利ですよ。鉢植えの上に置いておけば、決まった時間に雨を降らせてくれます」
キオは球を覗き込んだ。
中の雲から、小さな雨粒が落ちている。
雨粒は球の底に溜まると、いつの間にか消えていた。
「……不思議」
「魔道具ですからね」
男は笑った。
棚の上では、別の小さな箱がひとりでに蓋を開けたり閉めたりしていた。
キオはそれを見た。
「あれは?」
「ああ、あれですか? 忘れ物を教えてくれる箱ですよ」
「忘れ物?」
「大切なものを入れておくと、持って出るのを忘れたときに教えてくれるんです」
男が試しに鍵を箱へ入れた。
蓋が閉まる。
そして男が店の出口へ向かうと――。
『わすれてますよー!』
箱が声を上げた。
キオは目を丸くした。
『わすれてますよー! わすれてますよー!』
「はいはい、分かってますよ」
男が戻ると、箱は静かになった。
キオは箱を眺めた。
「……便利だね」
「でしょう?」
男は嬉しそうだった。
「でも、少し困ったこともありましてね」
「何が?」
「持ち主が忘れたことを、箱自身も忘れることがあるんです」
キオは首を傾げた。
「……それじゃ意味ない」
「そうなんですよ!」
男は笑い始めた。
「だから今、改良しているところなんです」
キオはもう一度、箱を見た。
箱は何事もなかったように、棚の上で静かにしている。
この街には、便利なのか不便なのか分からないものもあるらしい。
「ありがとうございました」
キオは小さく頭を下げた。
「いえいえ。またどうぞ!」
店を出ると、遠くから明るい音楽が聞こえてきた。
広場の方とは違う曲だった。
笛と太鼓の音に混じって、何人もの人が歌っているようだった。
キオは音のする方を見た。
*
大通りの先で、人々が集まっていた。
何かを見ているらしい。
時々、大きな拍手が聞こえてくる。
キオはゆっくり近づいていった。
道の両側には、先ほどよりも大きな建物が並んでいる。
その中の一つに、ひときわ目立つ建物があった。
屋根は深い赤色。
壁には金色の装飾が施され、大きな窓には明るい灯りがともっている。
建物の正面には、立派な看板が掲げられていた。
『月夜劇場』
その下に、色鮮やかな絵が描かれている。
大きな帽子をかぶった少年。
長い杖を持った魔法使い。
巨大なドラゴン。
そして、空を飛ぶ船。
キオは看板を見上げた。
どうやら、劇場らしい。
建物の入口には、たくさんの人が集まっていた。
その前で、小柄な男が大きな声を張り上げている。
「さあさあ、間もなく開演です!」
男は派手な紫色の上着を着て、頭には三角形の帽子をかぶっていた。
「今夜の演目は、冒険活劇『空飛ぶ少年と七つの鍵』!」
男が大きく腕を広げる。
「笑いあり! 涙あり! 魔法あり! そして、驚きの大冒険!」
周囲から拍手が起こった。
「さあ、お席はまだございます! どうぞお入りください!」
キオは入口の前に立った。
劇場。
学校の行事で、一度だけ演劇を見たことがあった。
でも、特に面白いとは思わなかった。
長い時間、椅子に座っているのが少し退屈だった。
今回も、きっと同じだろう。
そう思って立ち去ろうとした。
そのときだった。
劇場の入口から、小さなドラゴンが飛び出してきた。
「……え?」
ドラゴンはキオの頭ほどの大きさだった。
赤い鱗に覆われ、背中には小さな翼がある。
パタパタと羽ばたきながら、入口の上を飛び回っている。
その口から、ぽん、と小さな炎が飛び出した。
炎は空中で花の形になり、金色の光を散らして消えた。
「さあ、皆さん!」
紫色の上着の男が叫んだ。
「このドラゴンが何者なのか! それは舞台を見てのお楽しみ!」
ドラゴンはくるりと一回転した。
そして、観客に向かって小さくお辞儀をした。
拍手が起こる。
キオはドラゴンを見つめた。
先ほど、串焼きにして食べた肉を思い出した。
ドラゴン。
あの肉は、この小さなドラゴンと同じ生き物なのだろうか。
それとも、もっと大きなドラゴンなのだろうか。
そう考えていると、ドラゴンがキオの方へ飛んできた。
目の前で止まり、小さな顔を傾げる。
「……?」
キオも首を傾げた。
ドラゴンは口を開けた。
ぽん。
小さな火の輪が飛び出す。
輪はキオの目の前でくるくると回り、やがて小さな星になって消えた。
ドラゴンは満足そうに鳴いた。
「キュルル!」
そして、劇場の中へ飛んでいった。
キオはしばらく入口を見ていた。
あのドラゴンは、舞台にも出るのだろうか。
そもそも、どんな物語なのだろう。
空飛ぶ少年と七つの鍵。
看板には、鍵を持った少年の姿が描かれている。
七つも鍵を集めて、何を開けるのだろう。
キオは少し考えた。
別に、どうしても見たいわけではなかった。
でも――。
せっかくここまで来たのだから、見ていってもいいかもしれない。
「坊や、一人かい?」
入口の男が声をかけてきた。
「うん」
「お芝居は好きかい?」
「……分からない」
「はっはっは! そりゃあいい!」
男は楽しそうに笑った。
「だったら、一度見てみるといい!」
そう言って、入口を指差した。
「見なければ、好きか嫌いかも分からないからね!」
キオは看板を見上げた。
鍵を握った少年が、空飛ぶ船の上に立っている。
その向こうには、大きな城が描かれていた。
どこか、この天空の不夜城に似ていた。
「……面白い?」
「それは見てからのお楽しみ!」
男はにっこり笑った。
キオは少し迷った。
それから、上着のポケットに手を入れた。
革袋の中には、まだ硬貨が残っていた。
「……じゃあ、一枚」
「はいよ! お客様、ご案内!」
男が大きな声を上げる。
入口の扉が開いた。
中から、明るい音楽が流れてくる。
赤い絨毯。
金色の照明。
壁に並ぶ、美しい絵画。
そして、その奥には大きな舞台があるらしかった。
キオはチケットを受け取り、劇場へ足を踏み入れた。
そのとき、ふと思った。
今日は、いろいろなものを見た。
初めて食べる料理。
空を飛ぶ船。
魔法のシャボン玉。
不思議な機械。
見たことのない人々。
どれも、地上では経験したことのないものばかりだった。
でも、まだ何かありそうだった。
劇場の奥から、再び音楽が聞こえてきた。
キオは顔を上げた。
そして、少しだけ歩く足を速めた。
天空の不夜城では、今夜もお祭りが続いている。
その夜が、いつ終わるのか。
キオはまだ、考えてもいなかった。
第三章 夜店のごちそう 了




