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処刑された公爵夫人の死に戻り体験  作者: 観夕湊


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5.お粗末すぎる悪巧み(6)

 父は余程エヴェリーナの身を案じているらしく、離婚して早々に新しい見合い相手を見つけてきた。

 あのような事件の後で結婚を承諾するような男などそれこそ爵位か財産目当てではないか、とエヴェリーナは内心呆れ返ったが、それでも父が「嫌なら断っても構わない。会うだけでも」と言うので「会うだけなら」と受け入れた。父が自分の身を案じていることがよくわかっていたからだ。


(トリステラ卿は今頃どうしているかしら)


 マリアンナと共に、彼には随分と世話になった。一度正式に挨拶に伺いたいとは思っていたが、ドナートとの離婚が成立するまで身動きが取れず、結局あの夜会以降会えていない。


 一時期は同じ屋敷に住み毎日のように顔を合わせていたというのに、今では月に数回手紙のやり取りをするだけの関係だ。それも数週間ほど前からぱったりと途絶えた。

 どうもトリステラ伯爵領でセイレーンの被害が出たらしく、所属の大聖堂からラファエロに出動要請があったらしい。先日マリアンナに招かれたお茶会でそれとなく様子を伺ってみたところ、住民や騎士たちには特に大きな被害もなく、討伐は無事済んだらしい。

 今は事後処理に追われているそうだ。


 この見合いが終わったら彼に手紙を書いてみようか。これまでは向こうから届いた手紙に返事を書くだけだったが、たまには自分から書くのも悪くないのではないか。

 折角久しぶりに街に出てきたのだから、帰りにどこかの店にでも寄ってラファエロに似合いそうなレターセットでも買ってみようか。そういえば愛用のノートも、もうそろそろページが尽きる。


 それにしても、見合い相手の到着が遅すぎる。いくらエヴェリーナが早めに到着したからとはいえ、これは少し待たされ過ぎではないだろうか。


(もしかして私、すっぽかされたのかしら?)


 そんな疑念が脳裏を過ぎるが、すぐに「まあいいか」と気を取り直した。どうせ断る前提の見合いだ。相手の釣り書きさえ見ていない。すっぽかされたところで何が減るわけでもないし、もう少し待っても来ないようであれば護衛の一人にガブリエーレを迎えに行かせ、親子水入らずで美味しい食事を堪能しよう。


 そんなことを考えながら、麦コーヒーのお代わりを頼もうと呼び鈴に手をかけた時だった。廊下の外で、少し慌ただしげに誰かがこちらへ向かってくる気配があった。


(あら、いらっしゃったのかしら)


 相手は来ないものだとすっかり決めつけていたエヴェリーナは少し残念な気持ちになる。折角息子とゆっくりできるチャンスだったのに。


(来てしまったものは仕方ないわね。こうなったら私を待たせた失礼な相手の顔をしっかり拝んで帰りましょう。体良く断る口実も頂けたことだし)


 予定外が、予定通りに戻った。ただそれだけのこと。エヴェリーナは来るなら来いとばかりに個室の扉を睨みつける。しかし、


「大変お待たせして申し訳ありません!」


 部屋に駆け込むというやや乱暴な所作でエヴェリーナの前に現れたのは、王都にはいないはずの人物だった。予想外のことにエヴェリーナはぽかんとしてしまった。


「トリステラ卿……?」


 余程急いで来たのだろう。蜂蜜を溶かし込んだようなブロンドの髪は乱れがちで、タイはよれている。いつも身だしなみをかっちりと整えているラファエロのその姿からは、いつにない彼の必死さが伝わってくる。


「本当は昨夜のうちに王都に着く予定だったんです。しかし道中の街道で夜盗に絡まれ、」

「夜盗!?」


 ラファエロの口から飛び出てきた物騒な言葉に、エヴェリーナは「なぜここにいるのか」と訊ねることも忘れ立ち上がってしまった。


「大丈夫なんですか!? お怪我はなどは!?」

「ありません。あったとしてもすぐに自分で治せますから平気ですよ」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「落ち着いてください、本当に大丈夫です。幸い三人しか現れなかったので、すぐに取り押さえることができました。一応騎士団所属なので、その程度は俺でもできるんですよ」

「……」


 エヴェリーナはへたり込むように再び腰かけると、深く息を吐いた。


「心配させるような言い方をしないでください」

「申し訳ありません。あなたが予想以上に心配してくださったのが嬉しくて、つい」

「そのご様子では本当にご無事だったようですね」


 どうもからかわれたようだ。心臓が縮み上がったこちらの身にもなってほしい。抗議の意味を込めて睨みつけると、ラファエロは目元を和らげて笑った。


「ご心配をおかけして申し訳ありません」


 いつまでもそこに立たせておくわけにもいかないのでひと先ず座るよう促す。ラファエロが着席すると、給仕が麦コーヒーのカップをその前に置いた。


「それで、結局王都にはいつご到着されたんですか?」

「今朝です。丁度七の鐘が鳴る直前に」

「今朝?」


 エヴェリーナの記憶では、王都から一番近い町でも馬車で四半日はかかっていた記憶がある。それなのに今朝着いたとは計算がおかしい。


「捉えた夜盗を最寄りの騎士団に突き出して、その後色々と手続きや事後処理に追われていたら夕方になってしまったんです。幸い襲われたのはここから二つ目の町の近くでしたから、夜通し馬を駆って何とか間に合いました。あなたをお待たせして「間に合う」という言い方もどうかとは思いますが」


 つまり魔物の討伐が落ち着いてすぐに王都へ向けて発ち、道中で盗賊を三人も捕まえた挙句、一晩中馬を走らせていたと。


「一睡もしてないじゃないですか!」

「大丈夫ですよ。合間合間に自分と馬に治癒術を使ってましたから。休憩も多めに取りましたし」

(……この人、聖人よね? もしかしてドナートより強いのかも)


 この店にラファエロが現れた時、一瞬何かの間違いではないかと思った。しかし今確信した。

 今日ここで見合いをする相手は間違いなくラファエロだ。これほどの気概と持久力の持ち主が、父に気に入られないはずがない。


「どうしてそんな無茶をしたんですか。ひと言連絡をくださればまた後日改めて日程を、」

「そんなことをすれば俺にはもう二度と機会が与えられなくなってしまう」


 窘めるエヴェリーナを、しかしラファエロは強く遮った。


「この数ヶ月あなたのお父君を口説き落としてやっと手に入れた機会です。こんなことで手放してしまったら二度とあなたに会わせてもらえなくなる。俺があなたに会いに行こうとする度、お父君がことごとく邪魔をしてきたのを、あなたはご存じないでしょう」

「あの……少し待って頂いてもよろしいですか。情報量が多すぎます」


 混乱を通り越し何だかくらくらしてきた。麦コーヒーの黒い水面を見つめ、心を落ち着けようと試みる。しかし思考が上手く働かないせいで、ラファエロの言葉にどう返事をすればいいのかわからない。


「トリステラ卿は一体私のどこをそんなに気に入ってくださったのですか……?」


 結局考えることを放棄し、エヴェリーナは先ほどから浮かんでいた疑問をぶつけるしかなかった。


「そんなの決まっているでしょう」


 ラファエロは茶器の持ち手に指を絡めながら、いとも涼やかに回答した。


「あなたが私にとってこの上なく魅力的な女性だからですよ」

「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、★評価・ブクマ等頂けますと幸いです。

執筆の励みになります。

次回にて完結、更新は明日の夕方の予定です。

よろしくお願いいたします。

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