↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された公爵夫人の死に戻り体験  作者: 観夕湊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/23

∞.エピローグ - 愛は正しく循環する -

 ガブリエーレが母の真意を知ったのは、その処刑後、半年が経った後だった。


 書斎のデスクを整理していた時、鍵のついた引き出しから一冊のノートを発見した。ノートには簡単な魔法が掛けられており、ぱっと開いただけでは持ち主以外の人間が見られないようになっていた。母のものだろうとわかってはいたが特に何の躊躇いも抱かず、部下の中から魔法の扱いに長けた者を選び解呪を依頼した。母を処刑することとなった事件に関し、更なる手掛かりがあるのではないかと思ったからだ。


 しかし予想に反して、ノートの中身はただの日記だった。父と結婚してからぽつぽつと書いていたらしく、日付はバラバラでページも飛び飛び。しかし反ってそのことに感謝したくなるほど陰鬱とした事実が淡々とつづられており、読み進めながら思わず眉を顰めてしまう。

 祖父からの圧力。冷え切った父との関係。侯爵家を守るための責務を一人で抱え、誰にも頼れない孤独な日々。ガブリエーレがまだ子どもと呼べる年頃の日付はそれでもまだ少しは明るい内容も綴られていたが、時を経れば経るほど、母の肩に乗せられた重圧が増し、苦しい胸の内が少しずつ吐露されていく。それなのに祖父からは功績を認められず、家宝のパリュールを身に着けることは許されない。

 ぼこぼこに形の歪んだ紙と、滲んで輪郭の判然としない文字。ガブリエーレの知らない陰で、一体母はどれほど泣いたのだろうか。

 その事実にも、そしてそのことに全く気付かなかった自分にも衝撃を受けた。母は気丈で我が強く、常にガブリエーレに厳しかった。母の弱い姿など見たことがなかったのだ。


 恐る恐る先のページを捲り続けると、コルヴォ男爵が接触してきたことが書かれていた。そこからは日記というより書きつけに近い記述になった。

 ラウラに盛った毒の致死量、解毒方法、男爵がどこで毒を入手したかの推測まで詳しく調査されていた。最後のページの片隅にあった走り書き。


『この人生を終わらせる絶好の機会がやってきた』


 その一文を見た瞬間、ガブリエーレはどうして母が犯行に走ったのか、その真の動機を漸く理解したのだった。


「本当にこのまま結婚してしまっていいのかしら」


 花嫁衣装に身を包んだ母が不安げに零したその言葉に、ガブリエーレは思わずじっとりとした眼差しを向ける。


「ここまで来て今更何を仰っているんですか。もう皆さん聖堂に集まってるのに。トリステラ卿だって今回ばかりは母上の我儘を聞いてくれませんよ。たとえ母上が逃げ出したとしてもきっとフェブリヌスの御許まで追いかけてくるでしょうね」


 エヴェリーナが今になってこんなことを言い出す理由は十分に理解している。理解できないわけがなかった。

 母とラファエロの再婚が決まった時、ガブリエーレは嫡子として侯爵家に残ること、そして彼女をトリステラ伯爵家に送り出すことを決意した。母には内緒で祖父を後見人とする手続きをし、全寮制の寄宿学校への入学手続きを済ませ、母が自分を置いていくことに対し何の憂いも抱かず済むよう取り計らった。そのはずだった。


「それはわかっているのだけど……」


 それなのに母はまだ未練があるらしい。母の心配そうな視線には気づかないふりをして、控室の扉を開ける。


「ほら、早く行かないと。聖人の花嫁が遅刻だなんて罰当たりもいいところです」

「えっ!? もうそんな時間?」


 鏡台の前で溜息を吐いていた母が慌てて立ち上がる。母が一歩踏み出す度、ドレスの裾が流れるように大理石の床を滑り、まるで地と一体化した女神のように見えた。その姿を見ていると、唐突に喉の奥から熱が込み上げてきた。


「ははう、え、」


 控室を出ようとする母の袖を思わず掴む。


「ガブリエーレ?」

「あ、あの、」


 言いたいことはいっぱいあった。

 また会いに行ってもいいか。自分のことが嫌いじゃないか。邪魔だと思ったことはないか。あの父と瓜二つの容姿の自分を疎ましく感じていないか。今幸せか。幸せになれそうか。今度は幸せになってほしい。だって一度目の人生は、エヴェリーナの厳格さ、冷徹さを恨むばかりで、その苦しみに気づけなかった。一番近くにいたはずなのに。

 しかし伝えたい言葉のどれもが喉の奥で堰き止められ、また無理に言葉にすることが恐ろしかった。回帰直後、ラファエロの前で見せた失態を、母の前では絶対に見せたくなかった。


「……親不孝な息子で……申し訳、ありませんでし、た」


 結局唯一言葉にすることが許されたのは、在りし日の未来からずっと抱き続けていた後悔だった。美しい母の姿がゆらゆらと滲み、ぼろぼろと崩れていく。


「何を、馬鹿なことを言っているの……困った子ね」


 母は一瞬泣きそうな顔になった後、無理に笑顔を作ってその場に膝をついた。折角のドレスが汚れると心配する暇もなく、柔らかな腕が自分をぎゅっと引き寄せ抱きしめる。


「あなたはこれまでもこれからも、私の自慢の息子よ。どこに出しても恥ずかしくない。こんなに素敵な子に育ってくれて嬉しいわ。私を選んで生まれて来てくれてありがとう」


   ◆ ◆ ◆


 ガブリエーレに釣られたのか、その後式が始まる前から泣き出してしまった母は、慌てた侍女に急いで化粧を直されて慌ただしく会場に向かった。幸いなことに床が綺麗に磨き上げられていたお陰でドレスは汚れていなかったが、あの様子では本当に式に遅刻したかもしれないな、と少しだけ心配になった。


 母を見送ったガブリエーレは、そのまま廊下に置かれている木製の長椅子に腰を下ろす。式に参列するつもりはない。

 世間からすればガブリエーレの立場はかなり微妙だ。父を思い起こさせるこの容姿を不快に思う者もいるだろう。式が終わるまでここで待っているくらいが丁度いい。


(終わったよ、ラウラ)


 ここにはいない未来の婚約者に心の中で呼びかける。ガブリエーレの後悔を慰め、回帰を手伝ってくれたのは彼女だった。お陰でガブリエーレは母とやり直す機会を得られた。一生の後悔を引きずらずに済んだ。


(早く君に会いたい。話したいことがたくさんあるんだ。今度はちゃんと幸せにする。君のことも、母上のことも、)

「っ……う、ぇっ」


 再び喉の奥から熱が込み上げてきた。母の前では抑えていたはずの、花の発作だ。式の最中で人気がないことに安堵しながら、喉に痞える不快感を吐き出そうと咳き込む。暫くごほごほやっていると、ふいに誰かの温かな手が背中を撫でた。一瞬驚いて振り払おうとしたが、咳が止まらずされるがままだ。


 ぼとり、と漸く吐き出した花は一輪。いつもの白い獅子の口ではなく、淡い空色をした五角形の花だった。


「あら、青い星ね」


 それまでずっとガブリエーレの背を摩ってくれていた貴婦人が嬉しそうに花を拾い上げる。


「大聖女様……」

「さあ手を出して」


 言われた通りに両手を差し出す。マリアンナは青い星と呼んだその花を、宝物を扱うかのようにそっとそこへ置いた。


「花言葉は「幸福な愛」。これであなたにかけられた神の呪いが、やっと祝福に変わったわ。おめでとう、よく頑張ったわね」


 ガブリエーレの手に触れた瞬間、花はまばゆい光を放ち、まるで青い稲妻のように空の彼方へと消えていった。もう彼の喉をふさぐ女神の呪いは存在しない。

これにて完結となります。最後までお読みくださりありがとうございました。

本作を「面白い」と思ってくださった方は、★評価・ブクマ等頂けますと幸いです。

執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。