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処刑された公爵夫人の死に戻り体験  作者: 観夕湊


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5.お粗末すぎる悪巧み(5)

 そこから先は呆気なかった。父とラファエロに恐れをなした夫は、自身のこれまでの行いを洗いざらい白状した。要約するとこうである。


 ドナートの実家である伯爵家は領地経営が厳しく、コルヴォ男爵家に多額の借金を抱えていたが、ある時とうとう首が回らなくなり爵位返上にまで追いやられた。しかしいくら貧しいといえど自分より家格が上の家との繋がりを手放すのは惜しい。場合によっては伯爵家はまだ利用価値がある。そう判断したコルヴォ男爵は伯爵家に提案を持ち掛けた。

 次男をどこかの名家へ婿入りさせ、自分の商団の後ろ盾をするように、と。それで今以上にコルヴォ男爵の商団が潤えば、その収入の一定金額分を返済金と見做してやろう、と。


 伯爵家にしてみればどちらにせよ次男を自分たちより経済的に豊かな家へ婿入りさせるしかなかったため、男爵の提案を受け入れるより他なかった。何の因果か、ドナートと釣り合いのとれる年頃の娘がエヴェリーナだったのである。

 アルディーティ侯爵家は代々国を守る盾として王室に忠誠を誓ってきた家門。他家への影響力も強い。商団の後ろ盾として選ぶにはうってつけだった。

 幸いドナートは剣術のみは人より優れた才能があった。そこでどうにか前アルディーティ侯爵の目に留まることに成功したのである。


 しかし問題は結婚後だった。侯爵家は格式と伝統を重んじ、アルディーティ侯爵領に深い縁のある馴染の工房や商団以外を決して利用することがなかった。使用人の教育も徹底しており、家令や執事たちが常に目を光らせているため、入り婿であるドナートがいくらコルヴォ男爵の商団を引き入れようとしても徒労に終わった。

 そうして何の成果もないままエヴェリーナが身籠り、いささか社交性に欠けるドナートは、アルディーティ侯爵家はおろかか他の家門にさえ商団を繋ぐことができなくなった。


 これに焦ったのが伯爵家である。ドナートの父は、あろうことか社交性に優れた見目麗しい女性を探し出し、その女性を愛人にするよう勧めた。そうすれば少しはコルヴォ男爵の役に立てる。

 しかしそれを知った男爵は、大胆にもその愛人をアルディーティ侯爵夫人に仕立て上げようとしたのである。残念ながらドナートは、常に気の抜けないエヴェリーナよりもありのままの自分を受け入れ癒してくれる愛人にすぐに夢中になった。男爵から暗に愛人と引き離すと匂わされればそれに従うしかなかったのである。

 その愛人さえ、実はコルヴォ男爵の差し金であったというのだから、顛末を聴かされたエヴェリーナは呆れを通り越して恐れ入ってしまった。


 全てが明るみになれば当然ドナートは父と司法の怒りを買い、つい先月、晴れて離婚が成立した。実家共々、首謀のコルヴォ家と監獄入りである。

 はじめは「アルディーティ侯爵に騙されただけだ」と主張していたコルヴォ男爵も、前アルディーティ侯爵が次から次へと提示する証拠を前にしては罪を免れることができなかった。


(何て愚かだったのかしら)


 待ち合わせ場所のリストランテで温かい麦コーヒーを飲みながら、エヴェリーナはぼんやりと窓の外を眺める。店で一番良い個室の席からは美しい王都の街並みを一望できる。往来には色取り取りの花が飾られ、間もなく開催される花祭りの支度が見て取れた。

 季節はすっかり春めいている。


 こうして一人穏やかな時間を過ごしていると、思い出されるのは年明けに父と過ごした時間だった。あの新年の夜会の翌日、エヴェリーナは生まれて初めて父に外出へ誘われた。戸惑いながら連れて行かれた先は、これまた父に似つかわしくない婦人向けのジェラテリア・バールで、可愛らしく盛り付けられたジェラートを前に気恥ずかしそうにするその姿に、エヴェリーナは夢を見ているのかと錯覚した。


「昨夜、勝手ながらお前の書斎に入らせてもらった。上手くやっているようだな。これまでよく頑張ってきた」


 思いがけず父から褒められ、エヴェリーナは目を丸くした。前回の人生ではどんなに頑張っても一度も褒められたことがなかったのに。


「ドナートのことは済まなかった。言い訳ではないが、剣術とは生半可な気持ちで身につくものではない。ある程度の技を極めた者であれば何かしら芯があるはず、そう信じてお前の婿にと選んだ。そういう気骨のある男であればお前を幸せにしてくれるだろうと。あやつに関する妙な噂を聞いても、お前が何も言ってこないのを良いことにその真偽を探ろうとはしなかった。便りがないのは上手くやっている証だろうと……」

「……」


 エヴェリーナはどう答えていいのかわからなかった。

 何かにつけ自分を突き放し、厳しかった父から、幸せを望まれているなど思いも寄らなかった。父が騎士という仕事にそこまで絶対的な信頼を寄せていたことも知らなかった。

 これがもし回帰前や直後であったなら、この父の言葉を決して信じなかっただろう。だけど今は、それが父の本心なのだ、と心の底から理解できる。

 回帰前の自分の人生を冷静に客観視できるようになったからだ。


 回帰前のエヴェリーナも、間違いなくガブリエーレに同じような接し方をしていた。自分を甘やかすことを教わった今、振り返れば随分と可哀想なことをしてしまったと思う。

 でもそれは、ガブリエーレが憎かったわけでも疎ましかったわけでもなく、心から愛し、その幸せを願っていたからだ。


 今この瞬間、子どもが生きてくれている。それこそが親が自分の子どもを愛している何よりの証。

 かつてラファエロがエヴェリーナに語った言葉だ。本当にその通りだったのだと思う。

 自分はこれまでずっと守られ、生かされてきた。エヴェリーナが気づいていないだけで、父も、おそらく亡くなった母も、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのである。


「ガブリエーレにも随分と叱られてしまった」

「あの子がですか?」

「ああ、年が明けるひと月程前に手紙を寄越してきてな。あの男の非行の証拠と証言の数々と共に抗議してきた。知り合って数ヶ月のトリステラ卿でさえここまで動いてくれているのに私は何をしているのかと。自分はまだ子どもで立場上お前を完全に守り切ることが難しいのだから、このような時は私が動くべきだと。あの年頃でなかなか肝が据わっている。上手く育てたな」

「……いいえ、私は何も。使用人に恵まれただけです」


 トリステラ伯爵領から帰ってきて数日が過ぎた頃、エヴェリーナはこれまで気づかなかったことに漸く気づいた。

 自分が落ち込んでいる時、食卓には必ずと言っていいほどエヴェリーナの好物が添えられていた。疲れている時には必ずフルーツがふんだんに盛りつけられたタルトが、体が重い時は脂質を極力抑えた柔らかく消化に良い食事が出された。

 部屋や居間に飾られる花々は常に瑞々しく、日中は誰も外に出ていないのに庭園は常に美しい景観を保っている。美しく磨き上げられた窓は曇りひとつなく、床も壁も常に磨き上げられている。

 自分が何も言わずとも朝には温かいお湯が用意され、身に着けるドレスや装飾品は常にその日の気候とエヴェリーナの心情にぴったりな物が選ばれた。


 屋敷の中は幼いころから何一つ変わっていないというのに、一度気づくと目から鱗が落ちたように何もかもが新鮮に見えた。

 人気がなく冷たく寒々しいと感じていた侯爵邸は、よくよく見れば使用人たちの心遣いが隅々まで行き届いていた。目には見えなくても住む者に心から寄り添い労わる丁寧な仕事ぶり。気づいたら涙が止まらなくなった。

 侯爵邸は、エヴェリーナが思っていたよりもずっと温かな愛情に満ちた場所だったのだ。そして侯爵邸がそのような場所であるよう維持し続けてきたのは、前当主の父だ。


(私も、これからはもっと気を引き締めないと)


 父が受け継ぎ守ってきたものを自分も守るために。そして息子にきちんと引き継げるように。その為には、


(まずは今日のお見合いを、なんとか乗り切らないと)

「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、★評価・ブクマ等頂けますと幸いです。

執筆の励みになります。

次回更新は本日の夕方ごろの予定です。

よろしくお願いいたします。

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