5.お粗末すぎる悪巧み(1)
「お帰りなさいませ奥様、若様」
三ヶ月ぶりに王都の侯爵邸へ帰ると、家令が屋敷の外まで出迎えてくれた。
慣れ親しんだ顔を見るとほっとすると同時に、相変わらず人気のない邸宅内に足を踏み入れた瞬間、得も言われぬ寂しさに襲われる。トリステラ伯爵邸はいつも明るく温かな空気に満ちていた。侯爵邸はエヴェリーナが生まれ育った場所であったが、こうして久しぶりに帰ってくると酷く寒々しく、三日前までは確かに感じていた安心感が急に失われてしまったような心細さがある。
荷物と息子を使用人に任せ書斎に向かう。帰宅したばかりだからと休んではいられない。何せ仕事は山積みだ。
「随分と顔色が良くなられましたね。トリステラ領はいかがでしたか?」
「とても素敵な場所だったわ。また機会があれば行ってみたいわね。ところで、ドナートの様子はどう?」
「相変わらずでございます。奥様と若様がお出かけの間、帰ってこられたのは一度きりでした」
「そう」
以前は夫がちっとも帰ってこないことにどうしようもなく苛立っていた。珍しく帰ってきた夫に対し、その怒りをぶつけたこともあった。しかし今は驚くほどそのことに何も感じない。
夫だって人間だ。完璧な存在ではない。自分以外の人間に自分の心の隙間を埋めてもらおうというエヴェリーナの考えは、夫にとっていかに負担だっただろうか。夫だってきっと同じことを感じているに違いない。それゆえの愛人なのだろう。
(彼が私の希望を満たせなかったように、私も彼の希望を満たせなかった。その結果が今の関係なんだわ)
今のエヴェリーナは、夫がどこかで楽しくやっているのならもうそれでいい気がしている。自分にはここまで導いてくれた人がいる。陰ながら支えてくれた人がいる。何より愛する息子がいる。
トリステラ領で息子との仲が僅かにも修復できたことは、エヴェリーナにとって大きな活力となった。
「そうだわ。馴染みの工房に連絡して、明日来てもらえるよう手配してくれないかしら。ドレスを新調したいの」
「どこか夜会に参加されるのですか?」
「ええ、王宮で毎年開かれる新年の夜会よ。ほら、夏にトリステラ卿からのご依頼でステラーレを務めたでしょう? 王妃殿下があの夜会でのステラーレをもう一度見たいと仰って、王宮から直々にご依頼を頂いたそうよ」
「ということは、今回もエスコートはトリステラ卿が?」
驚いて目を丸くした家令に、エヴェリーナは足を止めた。当然だ。
アルディーティ侯爵家の当主は代々厳格であることで知られている。二度も連続で夫以外の男性のエスコートを受けるなど、自ら侯爵家を醜聞にさらすようなものだった。
「やっぱり、お断りするべきかしら……?」
「……いいえ」
しばしの沈黙の後、家令は首を振った。
「今更でございましょう。それに聖人のパートナーを務めるのも、王族からステラーレの依頼を賜るのも、この国では非常に名誉なこと。奥様と旦那様とでは大儀名分が違います。堂々とご参加くださいませ」
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