4.否定が踏ませた同じ轍(5)
訓練場の木陰には見学者が快適に過ごせるよう簡易的な椅子とテーブルが用意されていた。どうやら教会の神官や入団者など、騎士団の訓練を見に来る人は一定数いるらしい。エヴェリーナはそこで先ほどのお茶を飲みながら息子の対戦を見学することとなった。
お茶は確かにスッキリと甘く飲みやすかったが、大人たちに交じって騎士の訓練を受ける息子が心配で、ゆっくり味わう余裕などなかった。
平均よりやや小柄な少年が熟練の騎士と一対一で向き合う姿を、ハラハラしながら見守る。
因みにラファエロは先ほど別の聖人から交代を申し出られ、今は回復役として審判の隣で待機している。聖騎士団の模擬戦は実践を意識しているらしく、普段は魔物を想定した訓練とのことだったが、今回はガブリエーレに万が一のことがあってはいけないと木剣による対人戦で行われるらしい。
先ほど聞いた交代相手との会話から察するにラファエロ自身もかなり優秀な回復手なのだろうが、それでも心配なものは心配だ。
(大丈夫かしら、あの子……。いくら将来有望とは言っても、この年ではまだ基礎しか身に着いていないはず)
今回ガブリエーレの相手をするのは熟練の老騎士だ。新人や経験の浅い騎士では判断を間違う可能性があり、ガブリエーレを傷つけるといけないから、とわざわざエヴェリーナの元まで挨拶に来てくれた。
普段は若い騎士の指南役を担当していると聞いたので腕は確かだろう。しかし「ガブリエーレはあの年でも即戦力になるほど優秀」という話までは信じられない。
「両者用意、開始!」
審判役の騎士が手に持っている判定用の旗を振り上げた。風にはためくその深紅色が天を指し切った直後、先に地を蹴ったのはガブリエーレの方だった。
エヴェリーナは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。気づけば息子は老騎士の間合いまで入り込み、鍔迫り合いをしていた。それも僅か数秒のことで、すぐに子どもらしいまだ肉のついていない足が騎士の急所目掛けて振り上がる。
「おっと」
ガブリエーレの靴底が相手の下腹部に届く寸前、老騎士は右手で競り合い状態を維持しながら左手でその脚を抱え込んだ。
「残念だったな、僅かに動きが遅かった」
にやりと老獪な笑みを浮かべる騎士に、ガブリエーレは一瞬だけ悔しそうな顔をした。しかし老騎士がそのまま自分を引き倒そうとしていることを察し、相手の向こう側に剣を投げ捨てる。
足を持ち上げられ体が後ろに倒れこむ、その力を逆に利用し、勢いで相手の股下を潜り抜け、投げ捨てた剣を拾い直し体制を立て直す。小柄な子どもだからこそできる芸当だが、その判断を一瞬で下せる能力は到底子どもには見えなかった。
(あの子、いつの間にあんな戦い方を身に着けたのかしら)
あれは本当に十歳になったばかりの自分の息子だろうか。エヴェリーナは目の前の光景が信じられなかった。ガブリエーレはその後も平然と騎士と互角に打ち合いを続けている。意外と負けず嫌いなようで、寸でのところで攻撃を躱される度に表情が歪んでいる。
時折騎士の剣が肌を掠めていくが、そうやってできた小さな傷は開いたり痣になる前には治っていった。それは老騎士の方も同じで、よく見ればラファエロが二人の動きや状況に合わせて平等に治癒術を施しているようだった。
どうも騎士たちが怪我を自覚する前に治していくのが、戦闘に従事する聖人の役割らしい。「聖人聖女とは怪我や病気で運ばれてきた人を治療するもの」という認識でいたエヴェリーナは、その事実にも驚かされた。
ガブリエーレと老騎士の試合は僅か十分もかからず決着がついた。しかし二人とも動きが素早く見応えがあり、体感としてはとても十分で展開された試合内容とは思えなかった。
「いやぁ、参った参った。最近の子どもは侮れん」
やはり実践年数がものを言ったようで、僅差で勝利を収めた老騎士が豪快に笑いながら膝をついたカブリエーレを助け起こす。前世で息子の反抗的な態度に何度か傷つけられていたエヴェリーナは、老騎士に失礼な態度をとらないかと冷や冷やしながらその様子を見ていたが、意外とそんなことはなく素直に試合後の指南を受けていた。
しかし指南がひと通り終わった後、ちらりと目線だけでこちらを見たガブリエーレは、エヴェリーナに背を向けて別の騎士たちと騎士館に入っていく。息子をどう褒めようか思案していたエヴェリーナは肩透かしを食らったようでかなり寂しい気持ちにさせられた。
「どうでしたか夫人、ご子息の腕前は?」
「トリステラ卿」
いつの間にか傍まで来ていたラファエロに声を掛けられ、エヴェリーナは慌てて見学者席を立ちあがる。
「なかなかのものだったでしょう。対人戦とは言え、あの年頃であそこまで実践的に動ける子は滅多にいません。まさに天賦の才ですね」
「はい。まさかあそこまで戦える子だなんて知らなくて……本当に驚きました。母親失格です」
長年騎士職を務めあげた父に似たのか、それともそんな父に才能を見出された夫に似たのか。
いずれにせよ、本来であれば親であるエヴェリーナが見つけ出し伸ばしてあげるべき才能だった。最年少で騎士団長にまで昇りつめる未来を見ていたのだから、回帰した時に真っ先に気づいてあげるべきだった。おそらく今回の人生で息子の才能をいち早く見抜いたのはラファエロだろう。
(きっと騎士団に入隊するためにどうしたらいいか色々と相談していたんだわ。だからあんなに懐いているのね)
息子を誇らしく思うと同時に申し訳ない気持ちになる。しかしこの三ヶ月、ずっとガブリエーレを避けていたのはエヴェリーナの方だ。今更奪われたような気持ちになるのはお門違いだ。
顔を俯けたエヴェリーナの隣で肩を竦める気配がする。
「夜会の時にも申し上げましたが、夫人はもう少し肩の力を抜いた方がよろしいですね。必要以上に責任を背負い過ぎているように見受けられます」
「あれは……ステラーレに対するご助言だったのでは?」
「一事が万事という言葉があるでしょう。目の前の仕事に力み過ぎる人間は、自分の人生においても不要なものを抱え込む性質があります。いいじゃないですか、別に。ご子息の全てを夫人が完璧に導いて差し上げる必要などありませんよ。私は訓練や討伐で娘の面倒などほとんど見られません。現に今だって王都のタウンハウスで乳母に任せきりです。妻も体が弱く、ライラが一歳を迎えてすぐに旅立ちました。ですからあの子はほぼ乳母と母上の手によって育てられています。親らしいことは何一つしてやれていませんが、人とのご縁には恵まれいるお陰で、何の心配もいりません。夫人、こういう言い方は失礼かもしれませんが、親がなくても子は育つんです。ですが私たちは自分たちの子どもを全く愛していないというわけではないでしょう? 寧ろ逆です。愛しているからこそ、子どもは親がいなくても勝手に成長するよう導かれるのです。親に愛されなかった子どもが成人を迎えるのは至難の業です。今この瞬間、子どもが生きてくれている。それこそが私たちが自分の子どもを愛している何よりの証です。それ以上は無理に何かを与えようとしなくていい。焦る必要なんてないんですよ。私たちは人間であって神ではありません。完璧であろうとしなくていいんです」
「親は、完璧じゃなくていい……?」
「はい。それに親が完璧な存在で、親の言う通りにすればいいだけの人生なんてつまらないじゃないですか。思い通りにならないことが多いからこそ人生は楽しいんです。この世は楽しんだもの勝ちですよ」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。……そうだ夫人。この後、まだお時間はありますか? 折角だから帰りに港に寄ってみてはいかがでしょう。落ち込んでいる時は大自然を感じるのが一番です。ゆっくり海でも眺めていたら、自然と元気が出てきますよ。公子様も誘ってぜひ行ってみてください」
「……あの子、私と一緒では嫌がらないかしら」
「それはないでしょう」
ラファエロが自信に満ちた笑顔ではっきりと断言した。
「夫人に海を見せて差し上げたいと仰っていたのは他ならぬ公子様ですから」
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