4.否定が踏ませた同じ轍(4)
「ありがとうございます。まさか夫人自らわざわざいらして頂けるとは思いませんでした」
「とんでもありません。いつもお世話になっておりますから、このくらいは当然です」
騎士団の受付でマリアンナからの使いだと告げると、事務員は特に面倒な手続きもなくラファエロを呼びに行ってくれた。
いつもと同じようににこやかな笑顔で現れた彼は、しかしマリアンナから預かったバスケットを受け取るとふっと目元を和らげる。
(こうして慣れてくると、この方も案外わかりやすいわね)
ラファエロはいつも穏やかだ。どんな時でもその笑顔が崩れたところを見たことがない。しかし回帰してから三ヶ月以上も頻繁に顔を合わせていると、次第に彼の本音が表情からでも伺えるようになってきた。
彼の笑顔はエヴェリーナと同じく処世術として身についたものだろう。それが時折エヴェリーナにも、こうして気を許した表情を見せてくれる。尤もエヴェリーナに対しては今のように優し気な顔つきより、彼と真逆の価値観を持つ相手の様子を面白がったりからかったりするような言動の方が多い。
物腰が柔らかく気配り上手だが、見かけに寄らず癖の強い人物だ。
「それでは、私はこれで」
「ああ、少しお待ちください」
エヴェリーナが礼を執り引き上げようとすると、ラファエロに呼び止められた。彼はバスケットの中から飴色の液体がたっぷり詰まった瓶を一本取り出し、こちらへ手渡す。
瓶はエヴェリーナが片手で掴めるほど細身だが、彼女愛用の革のノートの縦幅と同じくらいの高さがある。受け取るとややずっしりとした重みとひんやりと冷たい感触が手に伝わった。
(さっきまでは何の重みも感じなかったのに……あのバスケット、魔道具だったのね)
「それは母特性の果実茶です」
「お茶……?」
「飲むと不思議と疲れがとれるんですよ。騎士団でも大人気です。ここの教会の騎士団員には、このお茶目当てで私に訓練に参加してほしいと言う者がいるくらいで」
この国ではコーヒーが主流だ。来客の時も濃く入れたエスプレッソか麦コーヒーを出す。お茶は病人が医者に勧められた時など、健康に気を遣う必要のある場合に飲むものだった。
(健康管理が重要な騎士たちはともかく、どうして私に……?)
「夫人、最近ご無理をされていませんか? 疲れた顔をしていらっしゃいますよ。このお茶は果物を漬け込んで作られていますから、甘くて飲みやすいんです」
「あ……」
実のところここ数日、マリアンナからの課題が進まず眠りが浅くなっていた。どうやらそれを見抜かれていたらしい。
(気をつけていたはずなのに……私、そんなに酷い顔色をしているのかしら)
「そうだ」
いいことを思いついたとばかりに、ラファエロはエヴェリーナの手から先ほどの瓶をひょいと取り上げた。
「折角なので少しこちらで休憩していかれてはどうです? 今日は丁度模擬試合の日なんです。きっと見応えがありますよ」
彼は瓶を再びバスケットにしまうと、流れるような動作でエヴェリーナの手を取り、訓練場と思しき方向へ歩き始める。それがあまりにも自然だったので、エヴェリーナは思わず果実茶の礼も彼の手を振り払うことも忘れ流されてしまった。
それに、
「今日の模擬戦は公子も参加されるそうです。ぜひご覧になって差し上げてください」
「ガブリエーレが……?」
「はい、まだ幼いのにかなり才覚がおありです。夫人は素晴らしいご子息を育てられましたね」
ここに来てから毎日のように騎士団へ通っている息子が活躍すると告げられれば「帰る」とはとても言えなかった。
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