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処刑された公爵夫人の死に戻り体験  作者: 観夕湊


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4.否定が踏ませた同じ轍(3)

「よく使い込まれているわね。あなた自身も、祝賀会で会った時より目が輝いているわ。一ヶ月も経っていないのにすごい変化。よく頑張ったわね」


 マリアンナは受け取ったノートの表紙をしばらく嬉しそうに眺めていたが、結局ページを開くことなくエヴェリーナに返した。


「ありがとうございます。でも、私の人生はまだ何も変わっていません。夫とは相変わらず疎遠ですし、息子への接し方もまだわからなくて」

「焦らなくていいのよ。現実は自分の内面の鏡だから、現実を変えたいのならまずは自分自身と向き合わなければ。でも、あなたの内面はこの短期間で見違えるほど変わったわ。内面を変えるなんてすごいことよ。まずは今ないもの、得られなかったものより、今すでにあるもの、これまでに得られたものを見つめましょう。大丈夫、時間は十分にあるから。ここでゆっくり学んでいきましょうね」


 これなら次の課題に進んでも大丈夫そうだわ、と微笑むマリアンアに背中を押され、エヴェリーナはこれからの日々がますます楽しみになった。


   ◆ ◆ ◆


 伯爵家の本邸に滞在する日々でエヴェリーナが一番驚いたのは、マリアンナやラファエロの使用人への接し方だった。


 アルディーティ侯爵家は代々当主が厳格さを美徳としており、それゆえに使用人にも徹底的な教育が施されていた。屋敷内には客人にはわからぬよう使用人専用の通路や待機部屋を設けており、屋敷の主人や客人の前に姿を見せることは禁止されていた。

 侯爵家の長女として生まれ育ったエヴェリーナでさえ、顔を把握している使用人は家令と執事、自分の身の回りの世話をしてくれる侍女数人と、食事や夜会で給仕を担当する者が幾人かだけだった。それも来客時やエヴェリーナが呼んだ時など、本当に必要な最小限の範囲でしか姿を見せなかった。


 対するトリステラ伯爵家は使用人に対して真逆の方針を執っていた。

 ラファエロとマリアンナの二人が、屋敷内の主回廊を自由に行き来する使用人たちに気さくに声をかけ、日々明るい陽射しを浴びながら花壇の世話をする庭師たちに飲み物を差し入れ、晩餐の席ではシェフや給仕を呼びその日の食事への感謝と労いの言葉を伝える姿に、エヴェリーナは天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。

 侯爵家の邸宅は広いが、いつも人気がなく、静かで、夏場でもどこか寒々しかった。トリステラ伯爵家は主人と使用人の距離に温かみがあり、常に明るい笑い声がそこかしこに聞こえた。


 自分がこれまで過ごしてきた環境と違い過ぎて最初は全く落ち着かなかったが、慣れてしまえば居心地がよく、エヴェリーナはすぐこの屋敷と使用人たちが好きになった。これまで気づかなかっただけで、自分はずっとあのひっそりとした屋敷に寂しさを感じていたのだと、また新たな自分を発見した。

 トリステラ領での日々は穏やかに過ぎ、気づけばあっという間に二ヶ月が経過していた。


「どうかしら、エヴェリーナ。次の課題は順調?」


 すっかり慣れ親しんだ声に呼ばれ、エヴェリーナは慌てて顔を上げた。彼女は柔らかな陽射しの当たる庭園の東屋でノートを広げながら、しかし途方に暮れてしまい、現実逃避とばかりに庭師たちの仕事ぶりを眺めている最中だった。


「マリアンナ様」


 大聖女は書きさしのままペンが置かれたページを見てくすりと笑む。


「その様子だと苦労しているようね」

「はい。父を許すというのが、どうしても抵抗があって……」


 マリアンナから与えられた次の課題は「許せない人を許す」というものだった。特に両親との関係を見直すよう強く勧められた。

 母は産後の肥立ちが悪く、エヴェリーナが生まれて間もなく他界していたが、そこは関係ないらしく、順番は問わないのでとにかく一人ずつ見直すようにとのことだった。


 確かに子どもの頃は、父に厳しくしかられる度「お母さまが生きていてくださったら」と何度思ったか知れない。しかし大人になるにつれ、考えても仕方ないと思うようになっていたが、これを機にもう一度自分の感情を紐解いてみれば、自分がどれだけ幼いころから母を恋しく思っていたかがよくわかった。

 しかし、幼いころから冷たく厳しかった父に対してはどうしても怒りの気持ちが強く、反発心こそあれど歩み寄りたい気持ちにはどうしてもなれそうになかった。


「大丈夫よ。そういう時は「まだ許したくないのね」とそんな自分を受け入れて、認めてあげれば良いの。それから「いつか「心から愛してる」と言える日が来るといいわね」と自分に語りかけてあげるのよ」

「はい……。ありがとうございます。」


 マリアンナに言われたことはエヴェリーナも心がけているつもりだった。しかしすぐに成果が出た最初の課題と違い、すでに二回も月を跨いでいる。エヴェリーナの中に、焦りと、それに伴う自責の念が再び芽生え始めていた。


「人生に無駄な時間は少しもないわ。上手くいかない時間というものも時には大切よ。ところでお願いしたいことがあるのだけど、今日はこれから空いているかしら」

「はい、大丈夫です。どのようなご用件でしょう?」


 エヴェリーナは即答した。ここまで世話になっているのだ。マリアンナの頼みであれば何だって引き受けたい。


「騎士団に差し入れを持って行ってほしいの。今日はラファエロも訓練に参加しているはずだから、あの子に会いに来たと言えば快く入れてもらえるはずよ。根を詰めてしまったら解決できるものもできないわ。ついでに息抜きでもしていらっしゃい」


 マリアンナの頼みであれば、何だって引き受けたい。引き受けたい、が。


(あの方は……まだちょっと苦手なのよね)


 ぱっと見だけは人の好さそうなラファエロの笑顔を思い出し、即答してしまったことをほんの少しだけ後悔した。

「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、★評価・ブクマ等頂けますと幸いです。

執筆の励みになります。

次回更新は本日の夕方ごろの予定です。

よろしくお願いいたします。

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