23、俺は平気で他人を見捨てる。だから見捨てられるのさ。いつだってね。
「お兄ちゃん…どうして逃げるの?」
舞台は変わり。
クルーザーへ戻る道、水無月を抱えながらビーチを走る天川。
もはや抵抗する気を無くした水無月は力を抜いていた。
「…お前、氷室…あのおっさんを殺すつもりだったんだろ?」
天川は水無月に視線を合わせず問う。
水無月は一旦魔力を喰い始めると他者が絶命するまで自制できない。
それはつまり。
「…。でも仕方なくない?正当防衛だよ」
純粋にわからないという顔を見せる水無月。
それもまた然り。
「お前が腹減って食うなら俺は何も言わねえ。…ただ」
ここで天川は立ち止まった。
「殺そうって思って喰うならだめだ。どんな理由があろうとそれは許さねえ」
「…」
天川は水無月を見つめる。
真剣な面持ちではあるが、それでも水無月にはその真意が読めない。
当然だ。
やらなければやられる。
その場面でもだめなのかと疑問に思うのは止められない。
「言いたいことは分かる。こんなこと言ってる俺だって、殺したいと思ってるほど憎い奴は結構いる。それにお前の言っていることは正論だしな」
しかしだと天川は繋ぐ。
「理不尽だろうが何だろうが駄目なもんは駄目なんだよ。世の中は案外『そういうこと』で回ってるもんさ」
天川はそう言って霧雨を下ろした。
「…要するにとにかく我慢しろってこと?」
霧雨が首を傾げ、可愛らしく問い返すと天川は笑った。
「ま、そういうこった」
そして。
氷室と華音がいた方向に顔を向ける。
(…この状態の俺らが残ったとて、足手まといにしかならなかっただろうしな)
水無月との戦いで既に魔力を多量に消費していた天川は属性変化をまともにつかえるか、自信がなかった。それに加え水無月も現段階では自制がきく保証はない。例え氷室を倒せたとしてもまた暴走して今度は華音に牙を向けるかもしれない。
天川の判断は妥当と言えた。
とはいえ。
(見捨てて逃げた事実は変わらない…か)
水無月に分からないように。
天川はそっと拳を握った。
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そして。
天川と水無月は停泊所についた。
するとそこにはもう一台のクルーザーがあった。
見慣れた人影に天川は思わず足早に駆け寄る。
「先生!?華音さんが…!!…ってあなたも来てよかったんですか?四鏡さん」
ビーチには六文銭と四鏡が立っていた。
慌てる天川に六文銭は手を前に出し制止する。そしてみなまでいわずともわかっているよと返した。
「慌てなくても華音は無事さ………それで?この子が水無月霧雨かい?」
六文銭は興味深そうに水無月を見ると、水無月はそそそと天川の後ろに隠れて様子を伺う。
天川は首を縦に振った。
「なんだい怖がることないのに。…まあ今はそんなことよりだ。氷室をどうします?四鏡さん」
そうニヤニヤしながら四鏡に視線を向ける六文銭。四鏡は不機嫌そうに答えた。
「当然俺が行って黙らせる。お前らは先に戻ってろ」
そうずかずかと天川と水無月に見向きもせず横を通り過ぎる四鏡。
「そうですか。それではお言葉に甘えますかね。ですが何もしないのもなんですので、佐助も向かわせましょう」
そういって六文銭はスマホを取り出し、連絡先をタップする。
「…佐助か。天川の護衛はもういいから才蔵に手を貸してやれ。時期に四鏡さんもそちらへ向かう…って華音を離脱させた?…ああ、わかった。それじゃあそっちは頼んだ」
そういって六文銭は通話を切った。
「四鏡さん。佐助によると才蔵が華音を退避させたそうですね。どうします?」
六文銭が背中を向けたまま振り返らない四鏡にそういうと立ち止まる。
「ふん。一応礼は言っておく。俺一人で十分だが…まあここまで助けられておいて今更だな。貸しということにしておけ」
そう残して、四鏡は華音らがいるであろう場所に向かった。
「それじゃ。続きは船内で話そうか。天川翔」
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「…ここは私に任せるがいい、ね。要は足手まといってことか」
氷室と才蔵のバトルが白熱する中。
華音はそれについていけず、戦線を離脱した。
メイド服はもうボロボロで、下着が見え隠れしている。
身体能力だけなら氷室より華音が上なものの、あの業火を防ぐ手段がない。
最初無傷だったのも…。
天川と同じ道を戻る華音に見慣れた人影が目に入った。
「無事だったか…。まったく、出来損ないのくせに無茶しやがって」
四鏡は華音の服以外無事なのを確認して横を通り過ぎた。
「四鏡様」
華音は振り返り一礼した。
「ありがとうございます」
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時は遡り。(21話参照)
華音が四鏡邸エントランスで誤って天川を気絶してしまった後。
「華音」
天川を抱きかかえる華音を四鏡が呼び止めた。
「止めても無駄ですよ?」
「そうじゃねえ。これはめとけ」
四鏡はそう言ってロンググローブを華音に渡した。
「これは?」
「氷室がこそこそ嗅ぎまわっているかもしれねえからな。俺の魔力を込めてあるから、奴の炎でも1分くらいは耐えられるだろ」
「…四鏡様の魔力ですか?気持ち悪いので遠慮したいのですが」
「いきなりぶっちゃけすぎだろ、くそが」
そういいながらも四鏡は笑っていた。
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現在に戻る。
クルーザーに天川と水無月と六文銭。
運転席に六文銭。隣に天川。後部座席に水無月。
水無月は楽しそうに大海原を眺めていた。
こうしていると、ただの少女にしか見えない。
「僕に護衛を付けているなら初めから言っといてくださいよ。…ていうか大丈夫なんですか?先生がいかなくて」
六文銭は子飼いの兵である佐助、才蔵つてにある程度の情報を得ていた。
天川たちが氷室に襲われていることも。
「あの二人は元魔法公安課だからね。しかも水属性で氷室にとっては相性最悪だ。その上四鏡さんも水属性だからな。むしろ氷室が殺されないか不安だよ私は」
そう余裕で返す六文銭にホッとする天川。それならば華音含め、全員生存できるであろう。
「私はてっきり君が護衛を付けられていることに気が付いていると思ってたんだが…私の買い被りだったかな?」
「…ただの中学生に何を期待してんですかね。でもま何かしらの加護は貰えてるとは思ってましたよ。流石に何もなく四鏡邸に一人残すとは思いませんし…まあそれもとあることで半信半疑に変わりましたけど」
とあること。
天川は風呂場での華音とのやり取りを思いだした。
別な意味でやばい展開だったのに助けが入らなかった。
「『ただ』の中学生ねえ…くっくっく」
そうくつくつと笑う。六文銭。
「なにか言いたい事でもあるんですか?」
六文銭の思わせぶりな態度に目を細める天川。
「まあ、とにかくいいんじゃないか?君が普段通り振る舞った結果、水無月霧雨をこうして『保護』できたわけだしな。…時に水無月、ことが露見してしまった以上特に要望が無ければこれからは四鏡さんの代わりに私が君を匿うつもりなのだが」
六文銭は流し目で水無月を見る。
「んー?やだ。霧、お兄ちゃんと暮らす。お姉さん、なんかやだ」
「おい」
流石に秒で突っ込みを入れる天川だったが、水無月は構わず続ける。
「お姉さんと暮らすくらいなら四鏡のおじちゃんと一緒にいたほうがまだましだね」
水無月は六文銭と顔すら合わせずそう突っぱねた。
天川も確かに初見で六文銭を好きになる人は容姿以外で少ないだろうとは思っていた。
その上会ったばかりで世話をしてやろうというのを信じろとは無理がある。
だが水無月のそれはそういうのとは関係なく、六文銭を嫌悪している感じだった。
例えるなら本能で嫌っている的な。
しかしこれは天川的にまずい。
完全に当てが外れた。
六文銭の下で生活させようとしていたが本人がこれでは無理強いできない。
かといって中学生の身である天川が勝手に子供を引き取ることなどできるわけがない。
だが。
六文銭は笑顔を崩さなかった。
「それならそれでいいさ。天川の家に住めるよう手配しよう。それで問題ないな?水無月」
「…そうですね、それが一番うまくって!!おいいいい!!?」
思わずのりつこっみしてしまう天川だったが。
「うん!!お姉さん大嫌いだけど、話はわかるね!」
反対に無礼なことを言いながらも飛び切りの笑顔になる水無月だった。
「さて。これで水無月の処遇が決まったわけだが…」
「いやいやいや!?こんなのあなたの一存で…」
「…お兄ちゃん、霧のこと嫌いなの?」
いや、そういうことではなく。
展開が目まぐるしく変化して脳が追いつかない。
「ところで水無月。私を嫌うのは勝手だが質問にはいくつか答えてもらおう。第一にどうして天川の夢に辿り着いた?」
ところでではない状態の天川だったが、これは天川も気になっていたことだ。
そもそも本土と四鏡島は飛行機を使うレベルで遠い。
そしてこれまで水無月のターゲットになったのは四鏡島の人間。
なぜ遠く離れた天川の夢に入れたのか。
「どっちかっていうとお兄ちゃんが霧の力に干渉してきたって感じかな?多分お兄ちゃんの魔力に関係があると思うんだけどね。そこらへんはよくわかない」
それを聞いて六文銭は天川に視線を向ける。
「僕だってよくわからないままですよ」
「無自覚か。ふむふむ…それでは次の質問だ。君はなぜあの島にいたのか?そもそも船もないのにどうやって辿り着いた?」
六文銭の問いに水無月は首を傾げわかんなーいと返す。
「夢の中でお兄ちゃんをお腹いっぱい食べてさ。気づいたら四鏡のおじちゃんが目の前にいて。気づいたらあの砂浜にいたんだよ。あんまり覚えてないんだよね、あそこでお兄ちゃんにあう前の記憶をさ」
言いながら首を揺らす水無月。
「…そして天川は確信をもってそこへ向った…と、こういう事か?」
水無月の言葉を繋ぎ、天川に顔を向ける六文銭。
「ていうか、この近くにあの夢と酷似している場所があるか聞いて。そこにいるかもしれないってむかっただけですよ。別に確信があったわけじゃありません」
正直、確信というよりもいて欲しかったという方が正しい。というのが天川の本音だった。
他に具体的な当てもないというのもあったが。
水無月が人の多い場所にいって魔力を喰うために襲うという可能性もあったが、それだけではどこに向かっていいかがわからない。
人が多い場所だけでは特定するには曖昧過ぎる。
「だが結果的に合流できたわけだ。…実に面白い…天川、本当にお前は私の期待を裏切らないな」
そう口元を歪める六文銭。
「でもこれからどうするんです?今更なんですけど結構ヤバイことしてますよね僕ら。公務執行妨害に重要参考人を匿って…まあ、先生ならなんとでもなるんでしょうけど」
なにせ関係者以外出入りが厳しく制限されている四鏡島に、いともたやすく入島できるのだ。
事件の真相をもみ消す力もあるだろう。
そして単純に魔女としての圧倒的武力がある。
だからこそ水無月を預けようとしたのだ。
人ならざる者である水無月を管理できるのは。
同じく人ならざる力を持つものだけである。
六文銭なら暴走した水無月を止めることもでき、殺されることもないだろう。
「ん?ああ、別に私が手を回さなくても四鏡さんが全部隠ぺいしてくれるさ。…正確には彼と懇意にしている『皐月エリザベス』がね」
皐月エリザベス。
六文銭がいう所の。
世界を滅ぼしかねない魔法使いの一人。
「へー、あのおばさん、そんな権力持ってたんだー?以外ー」
後ろから予想外に水無月の声が飛んできた。
「水無月。滅多に会うことはないだろうが、彼女の前でおばさんはやめておいた方がいい。命が惜しければな。まあ、それはともかく。エリザベスは蘇生の魔法を研究していると聞いただろう?そのせいか金持ちやVIPのファンが多くてね…無論警察上層部にも。今回の事件が公になればエリザベスまで飛び火しかねないからな」
「四鏡さんがサンプルとして遺体を提供していたからですね。…なんとなく想像がつきましたよ。蘇生の魔法ってことは延命の魔法もあるだろうし。確かに協力者である四鏡さんが捕まって研究が滞ることは避けたいわけだ」
金で買えないもの。
命。
命属性の最強魔女。
皐月エリザベス。
権力者たちに大事にされるわけだとため息をつく天川だった。
「はえーくっだらない。そこまでしてなんで生きたいのかな?霧にはわかんないや」
そう口を尖らせる水無月に天川は苦笑いしてしまった。
「…いや、今なら…。今なら少しだけなら。わかっちゃうかもなー」
「おにいちゃん?」
天を仰ぐ天川を見て六文銭は満足そうに頷いた。
「ふふ。充実してそうで何よりだ」




