20、物語は急に加速する物だ。
「霧雨!!!!?」
天川はがばっと起きた。
目が覚めて周囲を見渡すとそこは四鏡邸の客室だった。
《天川…。大丈夫ですか?大分うなされていましたが…》
天川の傍らにアルマが立っていた。心配そうに天川を伺う。
《…ん………?………ああ、夢…か……。………大丈夫……ぐううう…!!?》
天川はそう言いかけ(念話だが)た途中で目まいがし頭を抱える。
かつて経験したことがない全身疲労が天川を襲った。
《…天川!?》
アルマが心配そうに寄り添ってくれたが、幽体のような存在なので触れることができない。
《…いや、説得力の欠片もないが…大丈夫…かなり多分》
この感覚。夢で初めて水無月と会った時と似ていた。
…あの時の疲労感と似てはいたが、そのレベルは段違いだ。
そして。
この感覚。
今だからこそわかる。
六文銭と属性変化の練習をした後の疲労感と酷似していると。
寝ている最中に魔力を消耗することなどあり得ない。
ではなぜ天川の魔力はここまで消耗している?
答えは一つ。
夢越しに天川の魔力が水無月に食われたのだ。
と辿り着いた。
(前に『今の状態だったらお兄ちゃんでも死んじゃうかも』って言っていたな…それにこの夢…くそが!嫌な予感しかしねえ…!…くそ逃げだしてえ…!)
天川はふらつく体と再び眠りに落ちたいと欲求する体に鞭を打ち、どうにか意識を保とうとする。
片方の手は頭を抱え、片方の手はシーツを強く握りしめる。
表情が強張る。
《天川…また『あの』夢を見たのですね?…よければ私にも聞かせてください。思考の助けになるかもしれません》
アルマは最初無理せずもう一度寝ては如何?と言おうとしたが止めた。天川の形相を見てただならぬ背景を察したのだ。
《…ああ、実は…》
と、天川がアルマに応えようとしたとき。
「天川様。朝食の準備が整いました」
ノックオンと共に、華音の声が聞こえてきた。
天川は時計を確認する。
pm7時半を示していた。
天川は少し迷ったものの、ふらつく体を何とか制御しやっとの思いでドアを開けた。
まるで昨日(今日)の勝負がなかったかのような感じの態度だ。
「…すいません。せっかくなんですけど体調がすぐれませんので朝飯はキャンセルでいいすか?」
天川的にも勝負については触れる余裕がなかったので、必要最低限の問答にとどめた。
「申し訳ございません。我が主から『這ってでも』今すぐ連れてくるように。と仰せつかっております。無論『あの力』を使ってまで抵抗するおつもりでしたら私に是非はありませんが」
そう言って、一礼する華音。
天川は訝しげな表情に変わる。
『這ってでもつれてこい』…?。
その言い方はまるで天川の体調不良を予見していたかのよう。
解せない天川だったが、今の自分は属性変化どころか歩くことさえもままならない。
人ならざる者。華音の力に抗う術はない。
「…わかりましたよ。洗顔と歯磨きしてからすぐ行くって言いたいとこなんですけど、正直それすらもしんどすぎてしたくないんですよね今。…なんで肩貸してくれませんか。歩くのもやっとなんで」
誇張無しで天川は言っていた。杖があってもダイニングルームまでたどり着けるか怪しい。
「承知しました。…それでは失礼します」
「!!!?おおおう!?」
いうがはやいか。
華音は天川が抵抗する間もなく天川をお姫様抱っこした。
「いやいや!?いくら何でもこりゃ!?」
「大人しくしてください。抱きつぶしますよ?」
「…!?」
抱きつぶす。
そんなワードを聞いたのは初めてだった。
だが華音は冗談を言っている感じがなく。
そして実際にそれができる。
だからこそ天川は抵抗を止めた。
「…華音さん。あのーやっぱり怒ってる?」
恐る恐る聞く天川だったが華音の無表情は崩れない。
「移送手段としてこちらの方が最適だと判断しただけですよ。他意はありません」
確かにそうかもしれない。
華音の力ならば抱っこの方が効率的だろう。
だが本来であれば天川がする方なのに。
男女平等に傾く世界ではあるけれど。
それでも男の天川にとっては恥ずかしかった。
とは言え。
今の天川には抵抗すら許されなかった。
<…いい気味です>
「…?」
華音は一瞬だけ。
気づかれないような小声で。
気づかれないように一瞬だけ。
笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダイニングルーム。
広い豪華なテーブルの奥に四鏡が座っている。
テーブルにはベーコンエッグや、クロワッサン。フルーツの盛り合わせなど所謂豪華な朝食が並べられていた。
四鏡はぴっちりとしたスポーツウェアを着ていた。逞しい筋肉が主張されている。
「…ふん。やはり具合が悪そうだな。ほら、遠慮せず食えよ。特にそのフルーツがおすすめだ」
四鏡の対面に座る天川にそう促す。
そして華音が天川のグラスに天然水を注いだ。
アルマは天川の隣に佇む。
「なんで僕の体調が分かったんですか?」
はっきり言ってフルーツすら口にしたくないほど天川は疲弊していた。
問答するのも億劫だったのだが、この疑問は払拭しなければならない。
この男…何処まで見えている?
「いいから騙されたと思って一口でもいいから食え。話はそれからだ」
そう面倒そうに言ってパンを齧る四鏡。
得心しかねる天川だったものの、言われた通りカットされたフルーツを一つ口に入れた。
「…!?」
租借した刹那。
天川の全身に栄養が染み渡るような感覚。
例えるなら。
炎天下でずっと運動し続けた後、スポーツドリンクを一気飲みした感じに近い。
誇張ではなく、力がみなぎってくる…!
「…失礼します」
天川は言うが早いか、夢中になって並べられた料理にがっついた。
喰えば食うほど力がみなぎってくる。
体調が良くなってくる。
「エリザベス印の食材をふんだんに使った朝飯だ。失った魔力を補填するには最適と言える」
そう言って四鏡は朝だというのにワイングラスを傾ける。
四鏡の言に天川がピクリと止まった。
「…さっきの質問なんですけど」
「後で答えてやるから今は食事に集中しろ。そしてできうる限り体調を戻せ」
四鏡は昨日とは違い機嫌が悪そうだった。
だが悪いなりに食事は豪快に進める。
天川も一旦は飲み込み、食事を再開した。
そして。
結局食べきれない量だと思えた料理は、ほぼすべて天川と四鏡の胃の中に納まった。
体格がいい四鏡はともかく、細身の天川も驚愕な量を平らげた。
それと同時に。
天川の体調はほぼ全快まで戻った。
「…ごちそうさまです。ぶっちゃけ、色々聞きたいことはあるんですけど取り合えず四鏡さんにお任せしますよ」
天川はそう言ってグラスに入った天然水を飲み干した。
四鏡の様子から察するに、何かあったに違いないと思った天川は四鏡の言葉を待った。
「ああ………言いにくいが…非常に言いにくいが大変まずいことが起きた」
そう言って四鏡は葉巻に火をつけた。
もったい付けてないでサッサと言えと思った天川だが、そう思う反面聞きたくない自分もいた。
天川も嫌な予感がしていたから。
「水無月が…」
「…水無月霧雨が脱走した」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
四鏡邸。
地下施設。
そこには研究所のように機材が並んでおり、その中央には巨大なカプセルが設置してあった。
そしてそれは盛大に割られていてもぬけの殻だった。
「この中で水無月を囲っていた。あいつは夢を通して他人の魔力を食う、ガキの姿をしたバケモンさ。だから定期的に俺が四鏡島の人間を拉致ってこいつの前に生贄として置いた。…それが四鏡島連続失踪事件の真実ってやつだな」
カプセルの前に。
四鏡勘九郎。四鏡華音。天川。そしてアルマが並んで立っていた。
四鏡は特に悪びれもせず、かといって興奮するでもなく淡々と話していた
連続殺人の片棒を担いでいたのに。
むしろ。
水無月がいなくなってまずいというよりは残念と言った感じだった。
「…随分あっさりしてますね。これが露見したら…死刑は、いや、その前に魔法公安課の人らに殺されるかもしれないのに。…それに囲っていた?閉じ込めていたの間違いじゃありませんか?」
天川はそう四鏡に細目を向けた。
この世界の日本に死刑制度があるのかは天川は知らない。
だが、20人から殺めている水無月の手助け…いや、間接的に殺していると言ってもいい。
つかまればその末路は想像に難くない。
だが四鏡はどこ吹く風で答える。
「ああ、閉じ込めていたで間違いねえよ。そうでも言わないとお前がうるさそうだったからな。それと…この事件の真相は決して公になることはない。…決してな?そして俺も捕まることはない…天川。賢いお前ならわかるだろう?…どうやったかは知らんが、華音の誘惑も退けたみたいだしな」
そうにやける四鏡。天川はイラつく自分の衝動を抑えるためにふうと大きく息を吐いた。
「…とりあえず先を聞かせてください」
天川は分かっていた。四鏡勘九郎という人物は『そういう』ことを捻じ曲げる力を持つ奴だと。
だからこそこれ以上は追及しなかった。
「水無月は生まれ持った夢を喰う力のせいで両親を殺してしまった哀れなガキさ。もっともその事件が四鏡島で起きたおかげで俺が水無月を囲うことが出来たんだが。両親は原因不明の変死体ってことで処理させた」
四鏡は続ける。
「なぜこのカプセルに閉じ込めたってえのは、単純にあぶねえし、下手すれば俺も殺されかねねえ。
だから気絶させてからカプセルに閉じ込めて薬で永眠させてたってわけだ。ちな、これもエリザベスから買ったカプセルな?」
四鏡は続ける。
「実際は水無月が魔力を喰うのはエリザベスのおかげですぐに気付いたんだが、夢を通して喰うことに気付いたのは結構後だ。何人か実験台にしてようやく分かった」
四鏡は続ける。
「最後に。俺が水無月を一般人を犠牲にしてまで生かしたのはことのついでだ。…気まぐれと言ってもいい。結論水無月がいようといまいと同じことだったのさ。元々俺がここをリゾート地にしたのはエリザベスの人体実験のためのモルモット調達が目的だからな。老若男女、生きた人間と死んだ人間両方を送るために…な。水無月は俺の予定で死ぬはずだった人間を殺していたってことだな」
そして。
四鏡は天川の方を向いた。
「今朝よ。カプセルの様子見に言ったら水無月の目が紅く光ってよ。その瞬間カプセルが盛大に割られて膨大な魔力を放出しながら水無月が出てきてな。『おじちゃん。食べていい?』って言われたよ…ありゃあ震えた…この俺がマジで臨戦態勢とったのはいつぶりだったか…」
「…それで?結局どうなったんです?」
天川の質問にがはは!と四鏡は豪快に笑った。
「『…やっぱおじちゃん、お兄ちゃんと一緒でキモいからいらなーい』つってどっか行っちまったよ。酷いよなあ…お兄ちゃんて多分お前のことだろ?まったく…こんなガキと一緒にすんなよな」
一緒にすんな。
これはむしろ天川のセリフだった。
だが。
なぜだか。
…四鏡はたしかにクズだ。
自分のために何人でも犠牲を払うことを厭わないクズ。
でも。
根っこの部分で。
自分は四鏡と変わらないのではないかと思ってしまった。
「四鏡さん。あいつは今暴走状態みたいな感じだと思う。すぐに見つけて止めないと大変なことになる」
直前に見た天川の夢。そして四鏡勘九郎と対峙したときの言動。
ほっておけば何人犠牲になるかわからない。
そして。
魔法公安課。
水無月自身も危険だ。
「同感だな。だからこそアホほどたけえ食材使ってお前の体調を万全に戻したんだ」
そして。
四鏡は天川の肩をバンバンと叩いた。
「がっかりさせてくれるなよ?天川翔」




