18、「そっか。俺は華音さんのこと…愛してるよん♪」
「私の手札はブラックジャック。残念でしたね?天川様」
裏向きだった華音のカードはスペードのジャックだった。
つまりブラックジャック。
天川の手札も21という2番目に強い数字だったがあっけなく負けた。
これでチップは華音が9枚。
天川は残り1枚。
「いやあ…ここで『ナチュラルブラックジャック』を引いてくるか。あんたこそ随分…勝負運が強いな?華音さんよ」
頭を掻きながらも上目遣いで不敵な視線を華音に送る天川。
ナチュラルブラックジャックとはブラックジャックの中でも最強中の最強役、スペードのエースとジャックで構成されたブラックジャックだ。
因みに通常のブラックジャックでも天川の負けである。
「…含みのある言い方ですね。言いたいことがあるならはっきり言ってもらって結構ですよ?」
華音はそう言いながらも淡々としながらカードをリフルシャッフルする。
「じゃあ単刀直入に言おう。あんた…イカサマしてるだろ?」
「…」
天川の無礼とも言える問いに対して華音は特に動揺することはなかった。
なぜなら。
天川の言う通り自分はイカサマをしていたが。
これまでの勝負の中でそれぐらいは既に見抜いていると思っていたから。
「天川様。それはあなたも同様でしょう?」
今度は不敵な視線を華音が天川に返した。
天川は負けはしたものの、21という数字を20という絶望的な状況からエースを引いて21にした。
無論ただの豪運で引いた可能性はあるが、天川の様子からそれはないと華音は思っていた。
…いや、確信していた。
どういう方法を使っているかは分からないが。
この男。
天川翔はなにかしがのイカサマをしている。
「『俺』はイカサマはしてねえよ。言っただろ?俺には女神がついてるってな」
華音の心中をしってか知らずか呑気にそう嘯く天川。
「…その女神とやらがカードの目を教えてくれるとでも言うのですか?」
からかうような感じで言ったつもりだが、天川は笑顔でご明察だよと指さしながら返した。
「それを今から証明しようか?華音さん、その今シャッフルしたカードを最初したように広げてくれ」
最初したように。天川の意図が読めなかったっが、多分弧を描くように広げるという事だろう。
華音は鮮やかな手つきでカードを弧に広げた。
「華音さんよ。ブラックジャックのローカル役でエース・トゥ・シックスって役を知ってるか?」
エース・トゥ・シックスとは。
1~6までの6枚カードを引いて21を成立させる役。1,2,3,4,5,6以外のカードを1枚でも引いてしまった時点で非成立が確定する役。ダブりも許されない。
当然ながら滅茶苦茶に低い確率でしか引けない。
ポーカーで言うならロイヤルストレートフラッシュ枠だ。
「知っています。それがどうしたというのです?」
天川はにやりと笑い弧を描いたカードを指さした。
「ここから俺が好きにカードを六枚引く。それでもしエース・トゥ・シックスが成立したらこの勝負...チップ全部吹っ飛ばして問答無用で俺の勝ち。そうでなければあんたの勝ち…どうだ?」
またも滅茶苦茶な提案をする天川に華音はふうと息を吐いた。
「意味がわかりませんね。そんな勝負を受けるメリットが私にはありません」
そもそも天川がどんな手を使っているかは知らないが華音はイカサマをしていると疑っている。
ならばそれを暴く時間稼ぎのため…そもそも天川の残りチップは一枚のみでリーチ状態だ。ならばチップでの勝負を続けた方がいい。
そういう華音に大して対して、天川は首をあげ、下目遣いで華音を煽るように見下げる。
「ところがあるんだなあ。…この勝負、あんたにとってあまりに有利すぎるだろ?それでも受けないのか?あんたは俺がイカサマしていると言ったが、今まで俺はそのカードに指一本触れてすらいない。実のところ俺がイカサマを本当にしてるのかどうかも定かじゃないんだろ?それとも俺側から仕掛けた勝負だから怖いのかな?まあ受けないのも一興だろう。四鏡さんの犬らしく、尻尾を巻いて逃げるがいいさ」
「…」
安すぎる挑発だがしかしこれは正論ともいえる。
このカードの中からだぶりなく1から6の六枚を引くのは紙のように薄い確率だ。しかもカードをシャッフルしたのは天川ではなく対戦相手の華音。
イカサマのしようがない。
天川の言う通り普通なら受けるべきだ。
だが華音は天川がなにかしている…のは確信している矛盾。
返答せずに思考を続けていた華音に天川は畳みかけた。
「しかしよ」
「人間の出来損ないなんて大層なこという割には…」
天川は溜めて言った。
「存外に憶病なんだな」
「………。わかりました。受けましょう」
天川の最後の言葉が華音の琴線に触れたのか、華音は首を縦に振った。
それを見た天川も満足そうに首を縦に振る。
「さて。最初は…これだな」
天川は弧を描いたカードの一枚をめくった。
その数字は…。
6。
最初の関門を余裕で突破したが華音に動揺は見られない。
「そういえばさ」
天川は2枚目のカードを引いてそれをめくる前に口を開く。
「この勝負。俺が勝ったらちゃんと約束は守ってくれるんだろうな?」
そう口元を歪ませる天川に華音は無論ですと無表情で答える。
2枚目のカードは…。
5。
「水無月霧雨の居場所でしょう?なぜあれにそこまで固執するのか理解できませんが…約束通りお教えしますよ」
華音の返答に天川はばーか、ちげえよ。と一転して醜い笑顔を向けた。
「そんなことは望んでねえよ」
そう言って。
天川は華音をさしながら言った。
「俺が勝ったら…あんたは俺の玩具になってもらおうか」
「…!?」
予想外過ぎる天川の要求に流石の華音も目を見開いてしまった。
「…そんな話は聞いていません。そもそも私で遊びたいのなら勝敗関係なく、この後にいくらでもお相手しますよ?」
いいながらも。動揺を隠しきれない華音を見ながら、天川は満足そうにカードをまた一枚引いた。
「おかしいな?俺は俺が勝ったら『俺の要求に従ってくれるんだよな』としか言ってないが」
そうわざとらしく嘯く天川に華音は自身の記憶を遡った。
確かにこいつの言う通りだ。
勝ったら水無月の居場所を教えろとは言っていない。
…。
しかしこの場合。
「…何が目的です?」
思わず聞いてしまった。
水無月霧雨の情報を得るために天川はこの勝負を受けたはずだ。
それなのに勝負に勝ったら自分を望むという。
意味が分からない。
大体にしてさっきも言ったように自分を好きにしたければ、風呂場の一件で欲望に身を任せればよかったのに。
「あんたは四鏡さんに命令されて『仕方なく』俺の相手をしようとしてたんだろ?だがこの勝負に俺が勝った場合、『身も心も俺に従って』相手をしてもらおうか。具体的にそうさな…そん時は発情期のケダモノのように俺を求めて貰おうかな?…あんたのそんな姿…想像しただけで…『そそる』な」
天川は醜い笑顔を見せた。
「………。悪趣味ですね、あなたは」
華音の目がゴミを見るかのような目つきに変わった。
そして天川の手つきに全力で注視する。
絶対にイカサマを見抜いてやる…!
天川はカードをめくった。
3枚目のカードは…。
4。
「…いいねえ。華音さんもようやくぴりついてきたな?ゲームってのはこうでなくっちゃ」
鋭い目つきの華音とは対照的に楽しそうにカードを確認してテンションが上がる天川。
そして。
天川はカードをまた一枚引いた。
その数字は3。
(…くそ…こいつが何をして見抜いているかわからない!…でも望みのカードを的確に引いてくる…!?)
あと2枚。
華音にとっては天川のイカサマ?を見抜くチャンスはこれであと2回。
…いや。
華音は深呼吸をしてから目を閉じて集中し、そして目を開けた。
全神経を天川の動きに向けた。
そして。
天川が。
あと1と2をひければエース・トゥ・シックスが成立する。
「…どうだ!?」
天川はカードをめくった。
その数字は…。
2。
天川の前に2から6のカードが揃った。
高揚する天川とは対照的に、華音はふうと息を吐いた。
「さあてと!これでラストだな!」
そう意気揚々と天川が最後のカードを選ぼうとしたら。
「…もういいです。私の負けです」
そう遮って。目を閉じた華音は天川に一礼した。
「…華音さん?」
突然の投了に天川はぽかんとなってしまった。
「あなたが引く最後のカードはハートのエース。…天川様の言う所の…逆転の女神ですね」
実のところ。
華音は全てのカードの目を知っていた。
その方法は。
リフルシャッフルにより、一瞬だけ見える数字を超人的な動体視力で記憶していたのだ。
人ならざる華音だからこそできる芸当。
そして。
天川が手を伸ばした先にはハートのエースが伏せられていた。
眼を閉じたままの華音に構わず、天川はカードを引いて自分にだけ見えるように確認した。
「…やっぱりカードの位置を把握してたんだな。それならなぜ俺のオールインを止めた?」
最後の勝負の前。
天川がオールインしようとしたとき、華音はそれを止めて天川のチップを一枚残すようにした。
自分の手がブラックジャックと知っていたのなら、オールインを認めればその時点で勝利は確定したのにだ。
「それでは意味がありませんからね。天川様は心からの敗北を喫しなければ、私に真実を話さないでしょう?」
天川が無謀なまでのヒットを続けて21にしたのは訳がある。
それは華音に対して自分は互角以上に戦えるぞと伝えたかったから。
そもそもこのフィールドは華音の独壇場だ。
トランプゲームはリフルシャッフルによってカード確認ができる華音に圧倒的なまでの有利がある。
その他ビリヤード、ダーツ。この部屋のどのゲームにしたとて。
人ならざる身体能力を持つ華音の優位は揺るがない。
だが。
天川はそれでも華音が最初に仕掛けてきたブラックジャックを素直に受けた。
そして結果で示したのだ。
自分が真剣勝負を挑むに値する人間であると。
ここでようやく華音は天川を対戦相手として認めた。
ならば。
お互いの思惑が交錯した次の勝負が本当の勝負。
そう華音はくみ取ったのである。
しかし、華音からの返答に天川は苦笑いをした。
「…別にそんな大層な思惑はなくて、単にゲームを楽しんでただけなんだけどな。…ほらよ」
天川は最後に引いたカードを華音に投げた。
そのカードを見て華音は顔を顰めた。
なぜならその数字は。
ハートのクイーンだったから
結局のところ。
天川のエーストゥシックスは不成立となった。
「最後の最後にいらねー女神、引いちまったな。ただ華音さんが先に負けを認めたからこの勝負はトータル引き分けで終了ってことでよろしく。けっこーおもろかったぜ?それじゃまた明日」
そういって天川は華音から貰ったミネラルウォーターを一気に飲み干した。
そして席を立ってその場から去ろうとすると
「待ってください」
風呂場の時と同様に、華音に腕を掴まれた。
「…あん時でわかってるだろ?腕力じゃあ俺を止められない」
しかし。
天川の腕をつかむ華音の右手の握力は徐々に強まっていく。
そして華音の額には血管が浮き出てていた。
「………あのー、華音さん…?そのー、けっこー腕が痛いんですけど?」
人ならざる力を持つ華音の握力。
そして無表情だが怒りを隠しきれないと言った華音。
天川の余裕はなくなり、一気に青ざめる。
「…施しは受けませんよ。これからあなたの望むがままに…あなたを求めてあげましょう。ケダモノのように…!」
「うおおお!?」
(『あの力』を発動するのはタイムラグがあるとみた。その前に…!!)
風呂場の時と同様に天川はまたも華音に押し倒された。
天川は仰向けになり。
華音はそれにのしかかる。
下は天川。
上に華音。
二人の視線が合う。
しかし。
風呂場の時とは違い、今回の天川は冷静だった。
「…華音さん。何をそんなイラついてんだ?」
「!」
天川は一切の抵抗もせず華音に問う。
「イラついてなどいません。私はただゲームの報酬を天川様に支払うだけです」
言葉とは裏腹に。
華音の怒りはもはや隠しきれなかった。
「ゲームに負けて、逆切れして、挙句の果てに力に任せて相手をどうにかしようとする…やってることがそこら辺のクソガキと変わんねーな」
「なっ…!?」
天川は目を閉じて、軽くため息をついた。
天川の言葉がよほど響いたのか、華音の拘束は急速に緩くなり天川は華音から逃れることができた。
天川は立ち上がったあとポンポンと居住まいを正し、華音を見下ろした。
「でもま!そんなむきになってる華音さんも可愛いぜ?それじゃ」
まるで何事もなかったかのように踵を返す天川に。
再度、天川様!と華音は呼び止めた。
「…天川様、あなたのことについて一つだけ………はっきりわかったことがあります」
もはや敵意を隠さずに話す華音。
「んー?」
対照的に呑気な表情で横顔だけ見せる天川。
「私は………あなたの事が最高に………嫌いです………!」
「…」
「?」
華音がそう睨みつけるて言うと、一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
天川は寂しそうな表情になり。
しかしそれはすぐに消え。
思い出したかのように醜い笑顔に変えた。
「そっか。俺は華音さんのこと…愛してるよん♪」
「…」
「ぐえ!!?」
言った刹那。
天川の飲み干した空のペットボトルが天川の顔面に直撃した。




