17、ギャンブル・タイム
四鏡邸、遊戯室。
広い部屋にビリヤードやダーツ。様々なボードゲームが棚に置かれている。
キッチンから華音に連れられて天川はここに来た。
「それで?もし俺が負けたらなにを要求するんだ?」
言いながらトランプゲーム用テーブルの椅子に座る天川。
対面には華音が立っている。
「…天川様はなぜ水無月霧雨を助けたいのです?」
そう問い返しながら華音は新品のトランプの封を切り、カジノのディーラー顔負けの手つきでカードを弧を描くように広げ、仕掛けが何もないよう天川に見せた。
(俺の問いには答えず質問を返す…か。この手つきだとどんなゲームをしようが俺の敗北は必至だな)
天川も問いには答えず華音のカード捌きを見ていた。
弧を描いたカードを素早くまとめてからの、鮮やかなリフルシャッフルは見惚れる域に達していた。
それだけに。
この手捌きなら、天川の目を盗みいくらでもトリックを仕込めそうだ。
「四鏡さんにも言ったけどな。別に大層な理由なんかねえよ。…つってもこんな答えじゃ納得しないんだろうな、あんたは」
そう言って頬杖を突き、軽くため息をつく天川。
天川は最終的に水無月が可愛いから助けたいと言った。
事実それは本音だ。
しかし。
華音が勘ぐっている通り、別な理由も実はあった。
それは。
天川の奥底に潜む...黒いマグマが理由だ。
「はい。納得できません。…ちなみに。聞けばあなたは13歳の中学生とのことですが『それも』偽りなのでしょう?」
それも。偽りなのでしょう?
華音の確信を突く問いに天川の目が鋭くなった。
「…」
「『今』答える必要はありません。それを強制的に答えさせるため…ゲームをするのですから」
鋭くなった天川とは対照的に華音の余裕な態度は崩れない。
ーーーーーーーーーー
「ブラックジャックはご存じでしょうか?」
いうが早いか、天川の前に華音はカードを一枚配り自身の前にもカードを一枚置いた。
カードは表表示で天川のカードはスペードのエース。華音はダイヤのセブンだった。
「知ってるよ。大体な。要はエースと10以上のカード二枚で最強約のブラックジャック。それ以外は21に近い方が勝ちってことだろ?22以上はバーストでその時点で負けだ」
天川がそう答えると華音が満足そうに頷き十分ですと答え、新たにカードを一枚天川に配る。
自身にもカードを配ったが今度は裏向きで数字は確認できない。
天川に配られたカードは表向きでスペードのジャックだった。
「この時点で天川様の勝ちは確定しています。私にブラックジャックの可能性はなく天川様はブラックジャックですので。ですが説明のため続けます」
華音はそういうと、裏向きだった自身のカードをめくった。
ダイヤの5だった。
「この場合私はディーラー側なので合算17以上になるまでカードを引き続けることが出来ます。逆に最初に配られたカードの合算が17以上であれば私は新たにカードを引くことが出来ません」
「俺の場合はカードを引けるのか?」
「はい。天川様はプレイヤー側ですので例え20でしょうが、バーストするまでカードが引けます」
なるほどなと天川は口に手を当てルールを咀嚼しながら思考する。
以上だけ聞くとプレイヤー側が有利な気がするが…。
…しかし確かどこかでブラックジャックはディーラー側が有利だと聞いたことがある気がする。
まあ、そもそもカジノというのは親側が有利なように作られているのだから当然と言えば当然。
がしかし、それは長期的な目線であり一回こっきりの勝負ではどう転ぶかはわからないで。
どちらにせよ運要素は強い。
「シンプルでわかりやすく且つすぐに勝負がつきます。如何ですか?」
そう不敵な視線を天川に送る華音。
天川は下を向いて思考を続けていたが、顔を上げ口を開く。
「チップの枚数は?あんたの真意がいまいち見えてこないが、...まあせっかくのゲームだし。流石に一回勝負じゃ味気ないだろ?」
天川の発言が意外だったのか華音は一瞬だけ目を見開いた。
「…そうですね。あまり多くても冗長ですし…お互い5枚持ちでどうです?」
華音の返答に天川は頷いた。
「わかった。この勝負、受けよう」
ーーーーーーーーー
華音は警戒していた。
自分の目論見通り動いていることに。
いや、目論見通り動いているのだから問題はないのだが。
それでも必要以上に警戒してしまう。
それは天川がなにも文句を言わず華音が仕掛けてきたゲームを素直に受けたからだ。
(見た目に寄らず強気な性格をしているから、敢えて私が仕掛けてきたゲームをそのまま受けるのも想定はしていたけど…してはいたけど…流石に不気味ね)
華音はそう考えながらカードを再びリフルシャッフルをする。
先ほどまでの余裕な態度は消え、プレイヤーとして天川を見据える。
口に手をあて思考を続ける天川を見る。
なにか勝つ算段があるのか…。
それともただのはったりなのか…。
「華音さんよ」
「…!…どうしました?」
しまった。と華音は思った。視線を下に向けたまま、華音にいきなり声をかけた天川に僅かばかりだが驚いてしまった。
思考にリソースを割きすぎた。
ブラックジャックは心理戦だ。
なら僅かでも動揺を見せるのは愚行だ。
なぜなら弱みを見せればそこに付け込まれる。
強気の選択肢を取り続けられる。
「勝負を始める前にはっきりさせときたいんだが。俺が負けたら具体的にあんたは俺に何を望むんだ?」
表向きは無表情でいつつ、精神を立て直す華音に対して天川は淡々とした感じで華音にそう問う。
天川の問いを聞いて完全に冷静さを取り戻した華音はゆっくり目を閉じ、そして答えた。
「…そうですね。『私の質問に嘘偽りなく答えること』…以上を要求します」
華音は生まれて初めて他人に興味を持った。
四鏡を通して色んな人に出会ってきたものの、全てが全部どうでもいいと思っていた。
四鏡に命令されて夜の相手をした奴もいるが別にそれらに対して憎悪も何も感じない。
自分は他人に興味はないし、相手も自分のことなどさして興味もないだろうと思っていた。
ましてや自分は作られた存在。
人間の出来損ない。
しかし。
目の前のこいつだけはどうでもいいのではなく。
分からない…だった。
昨日今日会ったばかりの自分に対して。
性欲に従い黙って私に身を委ねればそれでよかったのに。
私にとってただのくだらない他人であればよかったのに。
それなのに。
隠していたであろう自身の力を明かしてまで私を拒絶した。
私を気遣って。
…実に分からない。
…故に気色悪い。
だから。
貴様の化けの皮を剝いでやる。
「そっか。じゃあ俺が勝ったら『俺の要求に従ってくれる』んだな?」
華音を心中を知ってか知らずかにやけ面でそう問う天川。
華音は黙って頷いた。
「ゲーム開始だ」「ゲーム開始ですね」
二人の声が重なった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そして。
天川と華音の勝負が始まった。
天川の前に7と5のカードが配られ、華音の前には8と裏向きのカードが一枚。
「とりま、チップ一枚賭けようか。勿論ヒットだ」
「では私も1枚で」
ヒットとは一枚カードを追加してくれという意味。
華音は新たに一枚天川にカードを配った。
配られたカードは7。合計は19。
「……………………。ヒットだ」
「…!」
華音は自身の裏向きのカードをめくろうとしてすんでで止まる。
華音は天川を思わず怪訝な目で見てしまう。
それもそのはずで19なら本来であればもうカードは追加しないほうがいい。
なぜなら2と1以外全てバーストなのだから。
そういう事情もあって華音は先んじて自身のカードをめくろうとしたのだ。
「…どうした?早くカードを追加してくれよ」
「…」
聞き間違いじゃなかったのかと、華音は天川のカードを追加した。
追加されたカードは9。
合計28でバースト。
天川の負けである。
チップが移動され、華音が6枚、天川が4枚。
「惜しかったな。…次行こうか」
そう言いながらも。
天川は全く口惜しさを全く見せず口に手をあて思考している。
(…馬鹿なヒットをしておいて惜しかった…か。その上まるで今の勝敗を気にしてない感じ…ね。…ちょっと揺さぶってみるか)
天川の前には2と3のカード。
華音の前には裏向きのカードとスペードのエースが配られた。
「今回も一枚賭けよう」
そう言って天川はチップを一枚差し出した。
「それならば今回私はチップを2枚賭けましょう」
華音はチップを二枚置いた。
「…やっぱそういうのもありなんか」
虚を突くチップ上乗せだったが、それでも天川は揺るがない。
「当然でしょう?それに私の手札はスペードのエースです。ここは強きに行かせてもらいます。…ああ因みに今降りれば失うチップは一枚で済みますよ?」
華音のもう一枚は裏向きで華音も天川も数字がわからない。
だが仮に10~13までのカードであればその時点でブラックジャックが確定する。加えて天川の手札は2と3で華音がブラックジャックであれば引き分けにすらできず天川の負けが確定する。
ならば華音がチップを上乗せするのも当然の判断と言える。
ならばここは天川は勝負を降りて傷を浅くするのが正着…。
正着だが。
「冗談だろ?俺も一枚チップを追加して受けよう。そしてヒットだ」
「…」
華音は迷いのない天川に変わらず怪訝に思うがそれでも無表情を装いながらカードを追加する。
カードは12。ブラックジャックは10~13までは全て10でカウントされるので
天川の合計は15になった。
「もう一枚くれ」
このヒットは当然なので華音は疑問なく天川にカードを差し出す。7以上ならバーストだが勝つためなら15という数字はかなり弱い。
仮にここでステイ(ストップ)したところで華音に4以上引かれたら華音側の引き分け以上が確定するからだ。そして1~3をもし華音が引いたとて、さらにカードを追加する選択肢を華音はとれる。
「…5ですか。合わせて20。中々に勝負運が強いですね?天川様」
華音の言う通り、天川の前には新たに5のカードが追加された。
天川の合計はこれで20。ブラックジャックと21以外は天川の引き分け以上が確定となる。
そして。
華音が自身の裏向きのカードをめくろうとすると。
「まだだ」
天川がそれを制止した。
「ヒットだ。勝手に進めるんじゃねえよ」
天川はそう言って重なったカードに指さしながら口元を歪めた。
「…正気ですか?」
無表情を取り繕っていた華音だったが、流石に目を細くしてしまった。
しかしそれは仕方ない。
1以外はバースト確定の20でさらにヒット。通常ならあり得ないからだ。
…次にエースを引く確信でもあるのか?
だが今まで目を光らせていたがイカサマの類はしていなかった。
大体にして仮に引けたとて、華音がブラックジャックを引けばそれでも負けるのに。
「解せないと言った感じだな?華音さん」
華音を見ながらそう笑う天川に一瞬思考し、そして小さいため息をついた後華音は頷いた。
「この際それは素直に認めますよ。その訳の分からない自信はどこから湧き出るのです?」
天川の術中にはまっている感じで正直気に食わない華音だったが、それでも形勢は自分が圧倒的有利なのでここは素直に聞いてみることにした。
正直に答えるとは思わないがそれでも思考のヒントになるかもしれないと思って。
「簡単さ。なぜなら俺にはとびっきり『最高の女神』が後ろについてるから。…さあ、カードを追加してくれ。逆転の女神が来てくれるはずだ!」
天川はそう見得を切った。
…最高の女神?
…訳がわからない。
結局神頼みの感覚だよりということなのか?
…だけど。
…その感は当たっている。
華音はカードを新たに追加した。
天川の前に差し出されたカードは。
「…はは!?クイーン(ハート)エースだ!これで21、だな?華音さん」
勝ち誇った天川の表情を見て華音はまたもため息をついた。
「女神…ね。結局要領は得ませんでしたがその胆力は見事といっておきましょう」
華音はそう言って自身の裏向きカードをめくろうとしたが、またもやそれを天川が静止した。
「見事ついでにここでチップをオールインさせてくれないか?」
「…」
突然の天川の提案に華音は流石に止まる。
「天川様。たしかに21で天川様が有利なのは認めます。ただ私が10~13を引けばそれで敗北なのは百も承知しているのでしょう?」
「この流れで勝てないようならどっちみち最終的に俺の負けは濃厚さ。ならばここで一気にいく。それに華音さんはもし負けても2枚チップが残る。勝てば俺の敗北が確定する。華音さんにとっても悪い賭けじゃないと思うぜ?」
華音は目を閉じ少しばかり考えて目を開けた。
「…わかりました。天川様が細い針穴を通して21を引いたご祝儀としてその案を認めましょう。ただし追加するチップは1枚までとします」
華音がそう答えると天川の口元が歪んだ。
「…ふーん、つまりは折衷案…ね。まあいいや。はした金を残すようなベットは好きじゃあないが、そういうことなら」
天川は残る2枚のうち1枚のチップを差し出した。
華音もチップを重ねる。
これでお互いの残りのチップは。
華音が3枚。
天川が1枚。
そして。
裏向きのカードがオープンする。




