ワンッワンッ!
魔王の如き迫力をした男性は、「駄犬呼ばわりして良いのはお嬢様だけですので」と断りを入れた上で、名乗らずに忠犬・番犬・狂犬のいずれかの呼称で呼ぶように進言してきた。
どれを選んでも、犬呼ばわりには変わりない。
犬畜生なんて言葉もあるので、犬呼びはどちらかと言えば蔑称になるだろう。
せっかく万人の目を釘付けにするような傾国顔をしているのに、なんと勿体ない嗜好の持ち主だ。
「して、忠犬殿はイヌ達とは、どういったご関係で……?」
剣呑な雰囲気を纏ったままで、つい立場も忘れてビクビクしてしまうが、話が通じない相手ではないと分かった。
そのため問いかけたのだが、イヌに向けていた優しい眼差しが、問い掛けと共に突如、鋭いものへと変貌した。
その空気に反応した騎士が、王の前へと躍り出る!
しかしその姿に争うつもりはないと、自称・忠犬は両手を上げた。
「コイツ等の飼い主と、私の主人が同じなのだ。
誘拐をされた上、自力で帰っても来られないなんて、と酷く憤慨なさっていた。
……安心しろ。
先程は殺されたいかと問うたが、お嬢様は心から心配していた。
既に私に散々八つ当たりすることで、お怒りも発散されただろう。
お前達が体罰を受けることはあるまい。
あったとしても、私が受ける!」
勿体ない所の話ではない発言が飛び出てきた。
握り拳を作って宣言するような内容ではない。
その見た目からら想像も付かない被虐思考は、もはや災害レベルだ。
残念な子に向けられる視線はなりを潜め、関わってはいけない相手であると認識したのだろう。
見た目と嗜好のギャップが酷過ぎて、現実を受け入れられないと脳が拒否した故の行動かもしれない。
全力ダッシュで逃げ出した者が、数名いた。
魔王と勘違いしていた時ですら、イヌを守ろうと身体を張っていたのに。
そのイヌ達に危害が与えられる可能性が無くなったため、自分の身を優先させたようだ。
だがこの広間には、最も優先されるべき御身がある。
王と国務大臣は、心の中で我先にと逃げ出した三人の名を心に書き留めた。
鼻先を擦り寄せ、駄犬に頭を撫でさせるイヌ達に、再び瞬時に嫉妬心を再燃させる面々だったが、ふと、疑問が湧いた。
「あの……もしかして、その、イヌ達の誘拐犯って……」
「どう考えても、お前達だろう?
お嬢様の元から行方知れずになった犬種と頭数、全て一致する。
更に言うなら、持ち歩いているマイクロチップリーダーを首にかざせば……やはり、お嬢様の飼い犬として登録されている番号だ。
あと、私も突如謎の光に包まれて、気が付いたらこの場にいた。
お嬢様の御心を慰めるため、一日四〇個限定販売の生あんシュークリームを買うべく並んでいた所だったのだ。
買い逃すのも困るが、お遣いにと許可を出された外出時間は三〇分だ。
早急に我々を元いた場所に戻せ」
懐からニョキっと出した、レンズの付いていない大きく白い虫眼鏡のようなものをイヌの首にかざすと、忠犬は頷いた。
このイヌ達の主人は、間違いなく忠犬と同じお嬢様だと言う。
謎技術により証明されても……
そうは思うが、実際このイヌ達は、自分達の所有物ではない。
勇者を召喚する魔法陣を起動させて、この世界に手前勝手に喚び出した者達である。
ま聖剣を召喚しようとたら顕れたのは聖犬で、しかも突如、国ぐるみの犯罪組織になってしまった!
(わたしは一国の王なのに!)
王のショックは計り知れないが、召喚はそもそもが、別の場所に存在している個体を、有無を言わさず強制的に喚び出すための技術になる。
個人ならば理由を丁寧に説明し、受け入れて貰うことも可能だろう。
しかし言葉の通じないイヌには、それが出来なかった。
最低限の世話はしていたし、愛情を注ぎ可愛がってはいた。
だがもしかしたら、自分達に懐いていたように、元の世界に慕う者がいたのではないか。
指摘されて、ようやくその考えに至った者は、一人や二人ではない。
既に思い至っていた者は、視線を気まずそうに下へと下げた。
誘拐犯。
そう罵られても、仕方がない。
実際、本当の飼い主であるお嬢様とやらは、突然いなくなったイヌ達に、心を痛めていると言っている。
手前勝手な理由で、いたずらに召喚を繰り返し、傷を増やしたことを、謝らねばなるまい。
……だがタチの悪いことに、この場にいるほぼ全員が、このままイヌ達を返したくない。
どうにか、このまま我が子に迎えられないか。
そんな自分勝手な希望を抱いている。
そうは思うが、問答無用で連れ帰ると言われてしまえば、拒否をする権利は、自分達にはない。
「あの……申し訳ないのですが、召喚の魔法陣の性質上、我々の願いを叶えない限り、貴方を元の世界に戻すことが出来ません」
「また、面倒な……
願いとはなんだ?」
筆頭が挙手をし、勇者召喚の魔法陣の説明をする。
(その願いの中に、イヌの譲渡も盛り込んでしまえ!)
ゲスい考えで、筆頭を心の中で応援するが、駆け引きを全くして来なかったために、バカ正直に「魔王を倒すことです」とだけ答えてしまった。
王を含め、大半が深い溜息を一度に吐いた。
そのため思いのほか広間が重い空気で満たされてしまい、筆頭は自分が何を仕出かしたのかと泡食った。
そんな筆頭の様子をジッと見つめた後、考えるように手を顎へと持っていった忠犬の姿は、それはそれはもう、性別関係なく見蕩れてしまう程に美しかった。
思案するように伏せられた睫毛が頬に落とす影の濃さから、指でなぞられた唇の形の均整さから、余りにも違い過ぎる。
同じ人間には、思えない。
「この魔法陣を描いたのは、アンタ?」
「は、はい」
目が合った途端、魂を抜かれるかと思った。
心の奥をくすぐられ呼吸をするのを忘れた筆頭などお構いなしに、魔法陣を描くための道具を、その麗しい犬は無遠慮に要求する。
犬のクセに……
そうは思うが、従僕には似つかわしくない抗えない強さを感じる声の魅力に取り憑かれたせいで、筆頭は言われるがまま貴重な魔鉱石を砕いた、魔法陣を描くための筒を手渡した。
しかしそれを見るや顔をしかめ、追加で必要なものを無遠慮に要求してきた。
そして三分も掛けずにそれ等の材料を組み合わせ、見事魔法陣を完成させた。
目にも止まらぬ早業とは、正にこのこと。
「ポチ……柴犬の面倒見てたのも、アンタ?」
「は、はい」
「なるほどね」
何がナルホドなのか。
呆気に取られていると、魔法陣が光りだした。
魔力を使い切り、形が崩れた魔石だった砂しかここにはない。
なのに、一体どうやっているのか。
筆頭ですら、理解が追い付かない。
目の前の人物も相まって、夢を見ているような気分にさせられる。
「私は一旦帰る。
アンタ達は、ソイツ等の引取りと、魔族とのいざこざの解消を希望しているのだったな?」
余りの急展開に、辛うじて頷くだけはした王と筆頭を見て、忠犬もひとつ、頷いた。
なんでも、イヌを譲るにしても役所への届出が必要で、謎技術の登録変更もしなければならない。
他にも狂犬病やフィラリアの注射に、十種混合ワクチン、コアワクチン、ノンコアワクチン……様々な感染症予防のための薬の接種証明書もまとめ引き渡す必要がある。
レスキューして日が浅いイヌに関しては、避妊・去勢手術もしていない。
そう指折りやらなければならないことを列挙されても、何が何やらチンプンカンプンだ。
病気になられたら困るので、その予防は大切だ。
しかし避妊や去勢が分からない。
手術ということは、身体を切り刻むということだろう。
そんな惨いことをするなんて!
だが聞けば、この場にいるイヌ達は、心無い飼い主に捨てられ、主人であるお嬢様に、命を拾われた者達ばかりらしい。
別の犬種同士で意図しない繁殖をさせ、面倒を見切れないのに子供を産ませ、捨てたり殺したりするようなことになれば、そちらの方が余程惨い。
忠犬の住む世界には、イヌが沢山いて、玩具のように扱い、飽きたら捨てるような心無い者がいるらしい。
今すぐにでも戦争を吹っ掛けて、殲滅したい衝動に駆られる。
次世代をそのような目に遭わせないため。
そう言われれば確かに必要な処置かもしれない。
しかしやはり、こんな小さな身体に刃物を立てて、しかも臓器を抜くだなんて……
「待ってくれ!」
チワワやトイプードルを抱えた忠犬に待てを掛けたのは、宰相閣下だ。
トイプードルにシュティーアと名付け、自分の娘よりもデロデロに可愛がり、表情筋が決壊したせいで、厳格な父が壊れたと、その娘から過労によるものではないかと心配されていた、あの宰相殿だ。
宰相はさすが国政を補佐する立場にあるだけあって、忠犬に尻込みすることもなく立ち向かった!
足は震えているけれど、そこは見ないフリをするのが大人ってもんである。
そして、顔を汚く歪ませ涙を流しながら「どうか我が子よりも愛しいシュティーリアたんの身体を傷付けるようなことをしないで欲しい」と懇願した。
雄犬に盛られ乗られたら、かなりの確率で妊娠する上、近親交配が進めば遺伝子疾患による先天性の病気のリスクが増大し、不幸な子が増えるだけと拒否をした忠犬の言葉に、卒倒してしまったが。
正確に言うなら、「乗られたら」の時点で気絶した。
娘が妊娠した報告を受けても、おめでとうすら言わず「そうか」としか言わなかったとされる宰相が!
ガラスよりも繊細過ぎる心と見た目のギャップに、誰もが慄いた。
ラブラドールの座り方が、立膝をしているように見える状態なのを、皆可愛いと言っていた。
しかしそれは股関節形成不全という病気のせいで、年寄りになった時にかなりの高確率で歩行不全を起こし、介護が必要になること。
垂れ耳のため耳の定期的なケアが必須で、皮膚病になりやすいこと。
ハスキーは被毛のケアが非常に大変で、上下関係がハッキリしているため躾が重要であること。
運動量が多く必要なので、散歩を朝晩一時間ずつは最低しなければならないこと。
よくそれだけ覚えていられると感心する程の知識と注意点を、ツラツラと挙げ連ねていく。
可愛がるだけではダメだと、皆骨身に染みている。
しかしこれだけ懸念が多いのだ。
自分には無理なのではないか。
そう考える者がいるだろう。
しかし筆頭の考えは、憂慮に終わった。
それでも、迎え入れたい。
このまま家族として過ごしたい。
全員の目が、そう訴えていた。
だが現実問題、イヌはこの世界にはおらず、専門の知識を持った医者も、技術もない。
忠犬を説得しワガママを押し通せたとしても、我が子や恋人のように、もしくはそれ以上の存在となっているイヌ達を不幸なことにはさせたくない。
誠心誠意、自分達の素直な気持ちを忠犬に伝えた。
「こちらが提供出来るものなら、金も、技術も、何もかもを惜しまない。
望むものを与えよう」
その言葉を聞いた忠犬は、獰猛な肉食獣を彷彿とさせる、背筋が凍りつくような笑みを一瞬、浮かべた。
そして口約束では心許ないと言って、今先程王が告げた言葉を、直筆で書かせサインをさせた上、血判まで押させた。
真紅の薔薇を彷彿とさせる、毒々しくも艶やかな笑みを浮かべた忠犬は、丁寧な一礼をして、魔法陣の放つ光と共に何処かへと……消えた。




