わんわわわん
「しべりあん……?」
「またはサイベリアン・ハスキーや、シビールスキー・ハスキーとも呼ばれるそうです」
「どの呼び名にも共通しているから、ハスキーと呼べばよいか」
「いえ……どうやらこの個体の名ではなく、種族名のようです。
残念ながら、固有名詞は載っておらず……」
意思疎通は難しくとも、受け入れると決めたのだ。
呼び名がないのは不便だと、後日会議を開く運びとなった。
(なんと仰々しいことか )
(たかが畜生の名に時間をかけずとも)
そう思いはするが、適当な名付けを納得させる方が、時間がかかる。
一同は頷き、持ち場に戻った。
ハスキーとやらにも、王の威厳が伝わるのだろう。
チャッチャカと軽快な爪音を立てながら王の近く、あと二歩ほどという所まで来た。
「ちこうよれ」
王は手招くが、ハスキーはそれ以上、近寄ろうとはしない。
しかしその場で腹を出し、ヘッヘッと舌を出して王を見上げた。
「ハスキーは、何をしているのだ?」
「生物にとって、腹は弱点となる場所です。
その部分を敢えて見せることで、服従を示しているのでは?」
「ほう」
なるほど、怖い顔をしているが、愛いやつだ。
魔物を飼い慣らし空を翔ける竜騎士は、どこをどう見ても恐ろしいとしか思えないドラゴンを、皆一様に「かわいい」と評している。
愛着が湧いたのならば、可愛らしく見えることもあるやもしれない。
王は改めて、見上げてくる顔を、覗き見てみた。
……やはり、怖い。
しかし器用に床の上に寝転んだまま身体をくねらせ、上目遣いをする、その行動は可愛いと感じる。
見慣れれば、顔付きは気にならなくなるものなのかもしれない。
もしかしたら、この怖さと行動のギャップこそが可愛いのかもしれない。
そう思い触れ合ってみようと手を伸ばしたが、届かない。
あと二歩の距離が、遠く感じる。
しかも一歩近付けば、コロリと寝返りを打つように身体が遠ざかる。
なお追い掛けてみれば、俊敏な動きで王の手をヒラリと躱し、あと半歩の距離を保ち続ける。
王の威厳云々を感じ取り、近寄り難いのだろう。
そう思ったが、単に触れられて欲しくないようにしか見えない。
まだ会って半刻と経っていないのだ。
致し方ない。
そう結論付け、王は随分遠ざかった椅子へと戻ろうと、クルリとハスキーに背を向けた。
するとバッと飛び上がり、目にも止まらぬ速度で駆け出し、通せんぼをするように、王とイスの間に割って入った。
右から行こうとすれば右に、左から行こうとすれば左に、反復横跳びでもするかのように、行く手を阻む。
尻を高く上げ、尾を振る様は、遊んで欲しそうにも見える。
単に狩りを楽しんでいるようにも見えるが。
正直、魔物すらあまり見たことのない王には、これがどういった意図で行われている行動なのかが、全く分からなかった。
「魔物を手懐けるのに慣れているのはやはり、竜騎士か。
そこな魔道士よ、手の空いている者を呼んでくれ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げた魔道士は部屋を出ると、魔法で作り出した鳥に声を吹き込み、竜帰厩に控えている魔道士へと飛ばした。
王は手の空いていると指定したが、戦力の高い竜騎士には暇がない。
勇者召喚の儀により、手違いで招いた小さな魔物の相手をして欲しいと願ったので、厳選した人員を送ってくれるだろう。
……あるいは、最低限の守りだけ置いて、見たことのない魔物を一目見るべく、全員が押し寄せるか。
なにせ竜騎士は、魔物を飼育するのに長けている。
魔物の弱点を網羅しているが故に、容易に服従させられるのだ。
見たことのない魔物となれば、任務よりも好奇心が勝つだろう。
王はハスキーの世話を後に来る竜騎士に任せ、筆頭魔道士の佇む次の魔法陣へと向かった。
しかしハスキーは、その背を追い掛ける。
そしてあろうことか、王が偉そうに常に持っている杖を奪ってしまった!
器用に横向きに口で咥え、スキップでもしているかのような軽快な足取りで、取り戻そうと躍起になる騎士と王を嘲笑うかのように、目元を半月型にして広場を走り回る。
その様子を見ていた魔道士達は、慌てふためいた。
なにせせっかく描いた召喚陣を破壊されでもしたら、王からどんな叱責が飛ぶか分からない。
こんなオモシロ生物が出てきた魔法陣だ。
きっと次も、想定外の楽しいことが起きるに違いない。
そう期待しているが故に、好奇心が勝ち警戒心が薄れ、王たる証である王笏を奪われたのだ。
なのに命令もなく、不可抗力だとしても魔法陣を描き換えられみろ。
その上ハスキーのような、オモシロ生物が二度と召喚出来ないような事態になってみろ。
ネチネチと三昼夜は枕元で嫌味を言ってくるに違いない。
(ハスキーがこちらに来ないように、肉の壁を作ろう!)
苦肉の策で思い付くのが最終手段なあたり、どうかと思う。
しかし本人達は、至極真面目な顔をして、魔法陣を囲み、立ち入りを禁じるように両手を目いっぱい伸ばした。
運動不足と睡眠不足が祟り、途中で転んでそのまま倒れ込んだ者がいたせいで、なんだか広間が殺伐とした雰囲気へと変貌している。
単にハスキーが一匹、はしゃぎ回っているだけなのに。
新しい遊びだと思ったのだろう
突如方向転換したハスキーは、静止の声など聞き入れるはずもなく、魔道士達の元へと走る。
ずっと走り回っているのに、凄い体力である。
しかもその速度は更に上がり、馬並みの速さかと空見する程に俊敏だ。
あんな小さな身体で、そんな馬鹿な!?
目を擦り、再度確認する者も出るが、実際ハスキーは時速五〇km程の速度で走れる。
グレイハウンドや馬の速度には敵わないが、長距離の移動、特に雪道における速さは、他の追随を許さぬ程だ。
沢山の人と追いかけっこをして遊び、テンションが上がりまくっているため、風のように障害物をものともせず、驚くような速度で走れるのだ!
……しかし、逆に言えばテンションが上がり過ぎているため、周囲をよく見ていない。
ただでさえ、何もない所で足を滑らせ転ぶような生物である。
何も見ていない、ただ愚直に真っ直ぐ魔道士達へと向かったハスキーは、王笏によって自身の広がった身幅がどれ程までに横へ広がっているのか、把握していなかったのだろう。
背の高い、広間を照らす燭台と燭台の間をすり抜けようとして、咥えたままの王笏が引っ掛かり……勢いのまま、思い切り後ろに転倒した。
目を回して気絶をしているハスキーを見て、筆頭宮廷魔道士は「今が好機!」と即座に判断し、近くにあったもう一つの勇者召喚用の魔法陣を一瞥し、起動させた。
円陣を組んでいた部下達からは「人でなし!」と罵られるが、また暴れ回られたら溜まったものではない。
それに奴はハスキーだ。
人ではない。
早口で呪文を詠唱すれば、一度目と同様、魔石はサラリと崩れ落ち、魔法陣が光り輝いた。
先程の失敗を活かして、魔石はもう一つ、追加した。
脂汗が吹き出る程に、消費した魔力が想定よりも多かったからだ。
術式を計算し直して、消費魔力量を算出する時間はない。
ならば魔力不足によって倒れないよう、常にポケットに忍ばせている魔石を使えば良い。
完全に個人のものなので、後で請求できないのは痛いが、仕方がない。
魔法陣をザッと見直したが、やはりおかしな点は見られなかった。
変更したのは王に言われた通り、勇者の召喚に必要とされる魔力量と比較した時、消費量を何割か抑えるために、神々への賛辞を削った部分だけだ。
それは詠唱することで、補えるはず。
実験の機会をムダには出来ないので、魔力の消費量はハスキーを召喚した魔法陣が六割、その隣が七割、最後に描いた今起動させているものが八割となっている。
その予定だったのだが、連日の徹夜のせいで計算をミスしたのか、ハスキーの時の消費量は六割よりも多かった。
今起動させた魔法陣は、恐らく九割に近い量を消耗するだろう。
魔石に封じ込めた魔力の残量を見るために、筆頭は大きめの魔石を用意した。
今度は窮することなく、この世界へと、また新たな招かれし者が現れた。
光の中に浮かぶシルエットは、先程のハスキーよりも、幾分か小さい。
だが明らかに、その姿だけで似た系統の生物であることが分かった。
(なぜ、こうなった……)
項垂れながら問えば「シバイヌ、もしくはシバケンと呼ばれるそうです」と鑑定の鏡を持った魔道士が答えた。
そのセリフを聞き、真っ先に思い浮かんだ仮説を、筆頭宮廷魔道士は嚥下した。
言ったら自分の年齢を疑われてしまう。
オッサンの仲間入りをしたと、笑われて過ごすことになるだろう。
そう思い口を噤んだのに、何も考えていないのだろう。
「ナルホド。
聖剣を召喚しようとして、シバケンを喚び出したのか!」
一体何がなるほどなのか。
同い年の国王が、アッサリといってのけた。
それを言い出したら、なぜハスキーが召喚されたのか、説明出来ないだろうに。
王の言葉を否定は出来ないからと、そこら中からヨイショする声が上がっている。
筆頭よりも早く真理に辿り着いたと、調子に乗ってドヤ顔を披露している。
非常に鬱陶しい。
かといって、ここでそんなことはないと反論をしたら、親父ギャグを考えるに至る思考の持ち主だと暴露することとなる。
そんな不名誉なことはない。
筆頭は甘んじて、その視線を受け入れた。




