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郷土資料館の怪1

今日も今日とて、幽霊社会復帰課の地下オフィスは暇が過ぎていた。


鬼怒川烈子課長はスチールデスクの上のマイ畳にあぐらをかき、手持ち無沙汰そうに紙飛行機を折っていた。ただし、その紙飛行機の先端には、セロハンテープで画鋲がミチミチに巻きつけられている。


烈子課長は細い指先で紙飛行機の尻を弾くと、確かな殺意を乗せてそれをオフィスの端へと飛ばした。


「ひぃっ!!」

真壁は必死になって首をひねり、迫り来る白い凶器を間一髪で避けた。しかし、避けた先にはすでに悲惨な結果が待っていた。彼のズボンのお尻の部分には、すでに三機の画鋲飛行機が綺麗にに突き刺さっており、動くたびに激痛が真壁を襲う。


そんな地獄のようなサバゲーが展開されている真横で、事務員の此花栞さんは一切表情を崩すことなく、真顔のままカタカタと規則正しい音を立ててキーボードを叩き、超有能に仕事をこなしている。


その時、地下オフィスの重い鉄扉が、遠慮がちにギィと音を立てて開いた。


「アポも無しにワシのシマに足を踏み入れるとは、良い度胸じゃのぅ? おん?」

烈子課長は口にハイライトをくわえたまま、新しく折っていた5機目の画鋲飛行機を指先で弄び、侵入者を鋭い眼光で睨みつけた。


「まぁまぁ、鬼怒川課長、落ち着いてくださいよ!」

入ってきたのは、胡散臭い髭を蓄えた一人の男だった。男は両手を上げて降伏のポーズを取りながら、必死に愛想笑いを浮かべる。


「お忘れですか? 私、日本陰陽師連盟の矢部広彦(やべのひろひこ)ですよ? ほら、あの有名な安倍晴明の、友人の姉の親戚の母親から数えて、由緒正しき二六代目の陰陽師ですよ!」


そのあまりにも遠すぎる血縁の自己紹介を聞いた瞬間、真壁の脳裏に鮮烈な記憶が蘇った。


「あ! あの、神社で妖怪大相撲した時に、なぜか妖怪側について、課長と一番マトモなガチの相撲を取った髭面のおっさん!!」


「そう! そうです! いやぁ、真壁君は本当に賢いぎゃあああああああああッッッ!!!」

矢部が嬉しそうに同意しかけたその刹那、烈子課長の指先から放たれた五機目の画鋲飛行機が、寸分の狂いもなく矢部の額のド真ん中へとカッ!と突き刺さった。


「んなもんは最初から知っとるわい! ワシは何しに来たかって聞いとるんじゃ! この大ボケ小ボケの天然ボケがぁぁぁぁ!!」


烈子課長はストロングなレモンサワーの缶をデスクに叩きつけ、地鳴りのような怒号を上げる。

額から紙飛行機を生やしたまま、痛みに悶絶して床にうずくまる矢部。そんな彼の目の前に、いつの間にか音もなく移動していた栞さんが、静かに湯呑みを差し出した。


「本当の粗茶です」

栞さんは一切の感情を排した声でそう言うと、極限まで茶葉を絞り尽くした薄緑色の出涸らしのお茶を、喉を絶対に火傷させない、しかし冷めてもいないという職人技のような最適な温度でおもてなす。


(か、カオス過ぎるよ……。なんでこの課にはまともな人間が一人もいないんだ……)

真壁はお尻の画鋲紙飛行機を引き抜きながら、これから始まるであろう新しい面倒事に思いを馳せ、早くも胃がキリキリと痛み出すのを自覚するのだった。


ずずっ、と完璧な温度の粗茶を啜り、額にバッテンの形に絆創膏を貼られた矢部さんが、急にキリッとした表情になって答えた。


「実は……その、新種、と言うべきでしょうか。奇妙な幽霊が発見されましてね。その幽霊には我が日本陰陽師連盟の総力を挙げても一切会話が通じず、ほとほと困り果ててしまいまして。これまでの遺恨は全て水に流し、鬼怒川課長にお願いに参ったのです」


「嫌じゃ!」


「課長、断るのが早すぎますよ!? もう少し話だけでも聞いてあげましょうよ!」

真壁がすかさずツッコミを入れると、矢部さんは嬉しそうに何度も頷いた。


「うんうん、本当だよねぇ? 真壁君は実に良い子だ、それに比べて鬼怒川課長ぎゃやあーーーーっっ!!」

真壁の方に振り向いた矢部さんのこめかみに、本日六機目となる画鋲紙飛行機がクリーンヒットした。容赦のない弾道に矢部さんがまたしても悶絶する。


「オンドリャ! メンドリャー! 遠回しにピーピー鳴きくさりおって! 遺憾だかウコンだか知らねーよ! その汚い口髭をまとめて力任せに引き抜いて、真壁のケツの穴に一本残らず植毛すんぞ? あ゛ん?」


「ひ、ひいいいいい!!」

烈子課長のドスの利いた怒号に、真壁と矢部さんは恐怖のあまりガタガタと震えながらガシッと抱き合った。被害担当同盟の結束がさらに強まっていく。


そこに、デスクから一切動いていなかった栞さんが、冷静な口調で助け舟を出した。


「まぁ課長、断るにしても、とりあえず依頼の金額だけは聞きましょう。日本陰陽師連盟は、あちら側のいわば『お貴族様』ですから。予算は潤沢なはずです」


「お? なるほどじゃのう、栞。満足いく金額を出せるっちゅうなら、とりあえず話くらいは聞いたってもええわい」


烈子課長が手のひらを返したようにニヤリと笑う。

矢部さんはこめかみに新しく絆創膏を貼り直しながら、涙目で、しかし覚悟を決めた表情で人差し指を一本ツッと立てた。


「なんじゃ、一億かと思えばたったの百万か。しけとるのぅ、帰れ帰れ!」


「一千万じゃ足りませんか?」

「やる!」

一千万という具体的な大金を提示された瞬間、烈子課長は光の速さで矢部さんの手をガシッと握りしめた。


ミチミチと音を立てる課長の規格外の握力に、矢部さんは顔を真っ青にして苦悶の表情を浮かべたが、かつて妖怪側でガチの相撲を取っただけのことはあり、気合いでその圧力を押し返している。


(この人、陰陽師のくせに妙に筋肉寄りなんだよな……)

真壁は心の中でそっと呟いた。


「よし、そうと決まれば早速行くぞ! 栞、車を回せ! 詳しい話は道すがら車内で聞くわい!」


「はい、課長」

栞さんは澱みのない動きで立ち上がると、速やかに公用車の鍵を手に取った。


数分後、四人はボディに大きく『幽霊社会復帰課』と書かれた、まるで映画のゴーストバスターズのように奇抜なカスタムが施された公用車へと乗り込んだ。


激しいスキール音を地下駐車場に響かせながら、公用車は新種の幽霊が待つ現場へと向かって猛スピードで発進したのだった。

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