郷土資料館の怪2
激しく揺れる公用車の車内、後部座席で矢部さんは必死に身振りを交えながら説明を続けた。
「とにかく変なんですよ! 幽霊なのは間違いなく幽霊なんですけどね! ちなみに、私の霊感ではボンヤリとした輪郭しか見えないので、ここは最高感度の霊感を持つ真壁君や、幽霊社会復帰課の皆様の目に頼りますからね!」
「依頼主のくせに舐めとんのかァ!!」
助手席の烈子課長が激怒し、指先で弾いた火のついたタバコが後部座席へと容赦なく飛んできた。熱い火花が真壁と矢部さんの衣服をジリジリと焦がしていく。
「あちちち!! やめてください課長、車内でヤニを飛ばさないで!!」
「とにかく会話も通じなくて本当に大変なんですって! このまま放置しておけば、きっと大きな災いが起こるんですよ! きっと! そんなことになったらドーマンセーマンですよ!?」
矢部さんは必死に手で印を組みながら叫ぶが、烈子課長はフンと冷ややかに鼻を鳴らし、ハンドルを握る栞さんに同意を求めた。
「コイツら日本陰陽師連盟も、大概のインチキ集団じゃからのぅ、栞」
「はい。構成員の九割がただの零感(普通の人)みたいな、血筋万歳集団ですからね。」
栞さんは一切前方から目を離さず、淡々と、しかし辛辣な事実を告げる。
「失礼な! 連盟に百人の陰陽師が居たとしたら、そのうち六人はちゃんと陰陽術を使えますよ!!」
矢部さんが胸を張って言い返したが、烈子課長の目がバックミラー越しに突き刺さる。
「九割以下じゃねえか!! 刺すぞボケナス! ノコギリでその胡散臭い髭を剃ってやろうか!!」
「ひっ、パーセンテージの計算をしないで!!」
車内が再びバイオレンスな空気に包まれかけたその時、栞さんが静かにブレーキを踏み込んだ。
「課長、着きましたよ」
車窓の外に広がっていたのは、緑に囲まれた少し古めかしいレンガ調の建物だった。真壁は窓に顔を近づけて看板を読み上げる。
「こ、ココは……郷土資料館?」
「はい。彼奴はこの中に潜んでいますので。さあ、行きましょう」
矢部さんが絆創膏だらけの顔を引き締め、車のドアを開けた。
「おう! 新種だか何だか知らんが、一千万ぶんの仕事、キッチリしばき上げてやるわい!」
烈子課長はストロング缶をぐっと飲み干すと、腕を回しながら、怪異の待つ資料館へと堂々たる足取りで踏み込んでいくのだった。
郷土資料館の職員さんに案内されてついて行った先、人間の営みを歴史順に展示しているコーナーの奥に、奴は居た。
ワンショルダーの野性味溢れる獣皮の服を身にまとい、トゲだらけの厳つい棍棒を構えた、それはそれは立派な原始人の幽霊が。
「で、で、で、出たーーーっ!! 原始人の幽霊だあああああああ!!」
真壁はあまりの衝撃のビジュアルに、本日何度目か分からない絶叫を上げた。
「なんじゃ? ワシには一切視えないんじゃい!」
烈子課長は腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす。零感の課長には、そこにはただの展示スペースしか映っていない。
「ウガ! ウガウーガ!!」
「ウガウガ言ってるーーーっ!!」
「ウッホ! ウガンガ!!」
原始人幽霊は突如として咆哮を上げると、手にした巨大な棍棒を振り上げ、最高感度の霊感を持つ真壁に向かって容赦なく殴りかかってきた。霊体とはいえ、その質量は凄まじい霊障となって真壁を直撃する。
「あべっ!! やめて! ちょっと! 痛い痛い痛い!!」
しかし、霊感のない資料館の職員さんたちの側から見ると、そこには何もない空間に向かって一人で激しくのたうち回り、痛がる演技をしている
『かなり痛い不審な青年』にしか見えなかった。職員さんたちの白けた冷たい視線が真壁に突き刺さる。
「真壁君! 今助けるぞ! はーっっ!!」
矢部さんがここぞとばかりにキリッと身構え、祝詞を唱えながら懐から人形の紙を放り出した。矢部さんの気が込められた人形は、まるで意思を持ったかのように生気を得て空中に飛び立ち、原始人幽霊に向かって真っ直ぐに突撃していく。
だが、原始人幽霊は鬱陶しそうに、ペチッ、とまるで蚊でも叩くかのような軽い動作でそれを叩き落としてしまった。人形の紙はあっけなく床に転がる。
「あー、やっぱりダメか、霊体としてのエネルギーより生前のフィジカルが強過ぎるのと、脳みそが単細胞過ぎて、私の美しい術式の陰陽術をそもそも理解してないから効かないんだーーー!! ほら! ほら! 鬼怒川さん、出番ですよ! 早く!! このままだと真壁君、霊障なのに死因が『撲殺』になっちゃうって!!」
矢部さんが髪を振り乱して大騒ぎする中、めんどくさそうに頭をかきながら、烈子課長が短く声をかけた。
「栞」
「イエス、課長」
待機していた栞さんは澱みのない動きでポケットからチョークを取り出すと、目にも止まらぬ超高速のステップで、原始人幽霊の足元の床へ綺麗な円形の魔法陣を瞬時に描き上げた。霊体を無理やり現世に固定する実体化の術式だ。
次の瞬間、空気がぐにゃりと歪み、衣服の繊維の擦れる音と共に、浅黒い肌の原始人が姿を現した。
「おぉ!! 本当に原始人の幽霊じゃ!! ワシは前々から不思議だったんだよなぁ! 世間じゃ白い着物の女の幽霊や落ち武者の幽霊はよく見るけど、十二単を着た平安貴族や、こういう原始人の幽霊ってなんで見ないんじゃろうなぁって!」
突如として目の前に現れた歴史の生き証人を前に、鬼怒川課長は少女のように無邪気にはしゃぎ始めた。
「どれ、久々の力比べと行こうかい、原人さんよぉ?」
烈子課長は懐からワンカップの日本酒を取り出すと、キャップを歯で引き抜き、ブフォっと豪快に口に含んで両手へと吹きかけた。アルコールによる即席の退魔拳が完成する。
「ウガウガ……? ウッホー!!」
真壁を殴るのをピタリとやめ、目の前の烈子課長を凝視した原始人幽霊は、その瞬間、鬼怒川烈子から立ち上るド級のメスゴリラオーラを察知した。野生の勘が、この女を「一歩も引いてはならぬ強敵」と認めたのだ。
原始人幽霊は嬉々として棍棒を頭上に振りかざし、獲物を狩る目つきで最強の課長へと猛然と襲いかかる!
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