郷土資料館の怪3
原始人幽霊の振りかざす凶悪な棍棒に対し、烈子課長は迷わず片腕を掲げて上段受けの構えを取った。
「危ない!! いくら課長でも、あんな質量をモロに受ければ腕の骨が!!」
真壁が悲鳴を上げる。しかし、違った。鬼怒川烈子は脳筋ではあるが、決して馬鹿では無いのだ。
上段受けに見せた、超高速の手刀。烈子課長は振り下ろされる棍棒の軌道を完全に見切り、自らの手刀による最小限の動きで迎撃を繰り出す!
次の瞬間、乾燥した木塊が爆発したような音を立てて、原始人の棍棒が真っ二つにへし折れた。
その場にいた者のうち、鬼怒川課長と栞さんを除く全員──当の原始人幽霊も含めた全員が、衝撃のあまり盛大に鼻水を噴き出した。
「えええええーーーー!? ば、化け物だぁあああ!!」
郷土資料館の職員さんが恐怖で完全に腰を抜かす。その桁外れの強さをあらかじめ知ってはいたはずの真壁と矢部さんすらも、改めて目の当たりにした現実の前にガタガタと膝を震わせた。
武器を素手で叩き折られ、口をあんぐりと開けてウガウガと困惑する原始人幽霊。
「さて、得物は無くなったのぅ? ここからは楽しいステゴロの時間と行こうかい? なぁ、原始の兄ちゃんよぉ?」
烈子課長が踏み込むと同時に放った重いボディストレートが、原始人幽霊の水月へと完璧にめり込んだ。ドスン、と資料館の基礎を揺るがすような地響きが鳴り響く。
しかし、原始人は倒れない。生前の苛烈な環境を生き抜いた古代のフィジカルは伊達ではなかった。
原始人幽霊はお返しとばかりに、丸太のような両手を組んだハンマーフィストを、課長の頭部へと脳天杭打ちの如くお見舞いした。凄まじい衝撃により、課長の華奢な身体が床のコンクリートごと数センチほど地面にめり込む。
しかし、鬼怒川烈子はこれだけの直撃を受けてもなお、決して倒れなかった。
目と耳と鼻からたらりと血を吹き出しながらも、課長はヒョッと短く空気を吸い込み、そこから無呼吸の連打につぐ連打へと移行する。
人中、喉仏、水月、そして股間──人体、いや霊体の急所への流れるような連続の正拳突きが、原始人幽霊の肉厚な身体を容赦なく抉っていく。負けじと原始人幽霊のフルスイングの拳が繰り出され、腹の底を激しく揺さぶる肉弾戦の打撃音の応酬が始まった。
「や、やばくないですか!? 課長がこんなに苦戦してるのなんて、あの両面宿儺戦以来ですよ!? は、早く助けなきゃ! 栞さん! 矢部さん!」
真壁が焦燥しきった声を上げる中、栞さんは冷静な視線を二人の死闘に向けたまま告げた。
「待ってください、真壁さん。課長の口元を見てください」
「え? あ……」
真壁は息を呑んだ。
笑っているのだ。鬼怒川烈子は、己の肉体を脅かすほどの強敵を前にして、心底楽しそうに狂気的な笑みを浮かべていた。
「修羅だ……あの人はガチの修羅だ……」
「しかし、時間をかけるとアルコールと日頃のヤニに侵されている課長の心肺機能が不利ですね。とりあえず矢部さんも参戦して、時間を稼いでください」
栞さんの無慈悲な指示が飛ぶ。
「え!? 私ですか!? いや、だって私の式神、さっき全く効かないって証明されちゃいましたし!?」
「いいから早く行ってください」
「はい……」
有無を言わせぬ栞さんの威圧感に押され、矢部さんは意を決して殴り合う二人の隙へと飛び込んだ。原始人幽霊の背後に回り込み、その巨体の腰をガシッとホールドする。そして、自らの肉体を極限まで反らせ、見事な弧を描くジャーマンスープレックスを敢行する。
完全に不意をつかれた原始人幽霊は空中を綺麗に浮遊した後、後頭部から激しくコンクリートの床へと叩きつけられた。
(や、矢部さん、やっぱり陰陽師のくせに妙に肉体派だよ、怖い……!)
真壁が密かに戦慄する。
「おい、邪魔すんなインチキ陰陽師!! 今いいとこじゃろがい!」
横から獲物を奪われた烈子課長が怒りの声を上げる。
「そんなこと言ったって、鬼怒川さん! あなたのところの部下(栞さん)の目が一番怖いんですもん!」
「ん? いや、前言撤回だ。歯を食いしばれ、矢部」
「え?」
矢部さんが間抜けた声を上げた。
後頭部を強烈にコンクリートに打ち付けられたというのに、原始人幽霊は何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。しかも、彼の後ろにある『竪穴式住居(再現展示)』の暗闇から、さらに追加の原始人幽霊が、三体もゾロゾロと姿を現したのだから。
「ウガウガ!!」
「ウホウホ!!」
「ウポー!!」




