郷土資料館の怪4
「ウポーーーーッ!!」
再現展示の竪穴式住居から這い出てきた三体の追加個体は意味不明な雄叫びを上げて一斉に棍棒や拳を突き上げた。
「あわわわわわわ!! 増えましたよ!? 栞さん、なんか増えましたって!!」
「そんなこと、見れば分かっています。しかし不味いですね。いくら課長が素敵でキュートな無敵鉄鬼だとしても、そこのインチキ陰陽師と組んで四対二は流石に不利が過ぎます。これは大元を絶たないと……」
栞さんが冷徹に戦況を分析していると、腰を抜かしていたはずの郷土資料館の職員さんが、血相を変えて二人の間に割って入った。
「だ、ダメです!! あの骨は絶対に壊させませんよ!? 市の重要文化財なんですから!!」
その必死の絶叫を聞いた瞬間、栞さんの眼鏡の奥の瞳が、すっと冷たく細められた。
「勝手に自白していただき、ありがとうございます。……真壁さん、たぶんあの再現されている原始人の蝋人形、中に『本物の原始人の骨』が入っています」
「ええ!? そんなのアリですか!?」
「全くもって、れっきとした犯罪ですね」
「あ……」
自らの失言に気づいた職員さんの顔面が、一瞬で蒼白に染まっていく。
「本当は普段、一般には展示されない倉庫の奥に厳重に保管されていた貴重な文化財の骨を、自身の性癖のために勝手にすり替えて、蝋人形の芯として使ったんだと思います」
「させない……私のキャリアは、絶対に壊させない!!」
理性を失った職員さんが、爪を立てて栞さんに掴み掛かろうとした。その瞬間、真壁が反射的に二人の間に割って入った。
しかし、原始人幽霊にボコボコにされたせいでボロボロだった真壁は、逆に職員さんに押し倒され、床の上でガッチリと首を絞められる形になってしまう。
「グェッ……じ、じおりざん……早ぐ……!!」
「真壁さん。そういう、肉の壁として自発的に犠牲になるところは評価します、今度缶コーヒーを奢ってあげましょう」
栞さんは一瞥をくれると、シュタッと無駄のない美しいフォームで再現展示の方向へと走り出した。
一方、原始人幽霊軍団と鬼怒川・矢部連合によるステゴロ会場は、文字通りの地獄絵図と化していた。
鬼怒川烈子課長は、二人の原始人幽霊を左右の脇にそれぞれガッチリとヘッドロックで固定していた。しかし、身動きの取れないその無防備な顔面へ、三人目の原始人幽霊によるめちゃくちゃな拳の連打をモロに受け、口から盛大に血を吐き出している。
そして、矢部さんはといえば、すでに力負けしたのか、リノリウムの床に頭から突き刺さるような形で無惨に『犬神家』状態にされていた。ただし、彼のすぐ近くには、相打ちに持ち込んだのか一体の原始人幽霊が白目を剥いて倒れている。
「おどりゃー!! ワシの伝説はまだまだこれからなんじゃい!! お前ら北京原人の幽霊なんぞにゃ……屈しないんじ、グハァッ!!」
三人目の原始人が床から拾い上げた、展示用の巨大な岩石が、鬼怒川課長の脳天へとクリーンヒットした。鈍い肉撃音が響き、課長の頭部からさらに血が噴き出す。
「な、なめる……なよ……!!」
「ウポーーーーッ!!」
原始人が、さらにトドメの一撃として岩石を大きく振り上げた、その時だった。
ピキィィン、と空間に奇妙な緊張が走り、急に原始人たちの身体から力が抜け、その場にがくりと膝をついた。
見ると、展示スペースのガラスをぶち破った栞さんが、「原始人の本物の骨」を使った人形の周囲に、チョークで巨大な縛霊魔法陣を展開し、その大元を完全に制圧していた。
「課長! 今です! コレを!!」
栞さんが鋭い声と共に、公用車のトランクからあらかじめ持ってきていた『何か』を投げてよこした。
宙を舞うそれを、烈子課長は血まみれの手でガシッと正確にキャッチする。
それは、課長が愛用している、ビッシリと朱色で般若心経が書き込まれた特注の金属バット
「ひゃーっはははは!! これさえあれば一億総火の玉よぉ!!」
バットの重みを確かめ、烈子課長は目と鼻から血を流しながら、鬼のような狂気の笑みを浮かべた。
「おい、原始人ども!! お前らのそのカチカチの梅干し脳みそに、ありがたぁぁぁい天竺のお経をたっぷり叩き込んでやる!! 物理的になァ!!」
「ウ、ウポー……!?」
そこから先は、ただの、一方的な虐殺だった。
すべてを飲み込む暴風雨、あるいは亡者を無慈悲にすり潰す地獄の獄卒──。
職員さんに首を絞められ続け、脳が酸素欠乏でチアノーゼ気味になっていく真壁の薄れゆく意識の裏で、そんな凄惨な言葉の数々が浮かんでは消えていった。
そして真壁は、股間にじんわりとした温かい温もりを感じながら、完全に意識を絶ち、深い闇の中へと落ちていくのだった。
「びっくりするほどユートピア!」
幽霊捕獲用ハンディクリーナーで原始人幽霊をズガガガガと容赦なく吸い込み、血まみれになりながらもその引き締まったヒップをピシャンと叩いて叫ぶ。
烈子課長お決まりの、あまりに締まらない除霊決め台詞が郷土資料館の館内に切なく木霊した。
キャリアの終わりを察して膝から崩れ落ちる職員を駆けつけた警察に引き渡し、幽霊社会復帰課の一行は一千万の成果を胸に、堂々の凱旋を果たした。
数時間後、市役所の地下オフィス。
真壁がようやく目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは珍妙不可思議な光景だった。
事務所中央の魔法陣の中で無理やり実体化させられた原始人幽霊が、なぜか正座で烈子課長からの直々の説教と教育をくらっていたのだ。
「お前らは明日から、その無駄なフィジカルを活かして地下闘技場の選手として汗水垂らして働くんじゃい! 期限はワシが満足するまでじゃーい!」
「うほ、ウポー、ウガンガ……」
完全に烈子課長の圧倒的な暴力にドメスティック調教された原始人は、力なく肩を落として頷いている。
そこに、栞さんの硬質で冷徹な声が響き、割り込んだ。
「課長、日本陰陽師連盟からの振り込みを確認しました。ただちに、追跡を逃れるためいくつかの海外口座を経由して綺麗に洗浄してから分配します。課長の口座に900万、復帰課の活動費に50万、私に49万円、冬の忘年会の積立に1万円ですね」
「え……?」
真壁は、寝起きの掠れた声で恐る恐る手を挙げた。
「ぼ、僕の……僕の命をかけた取り分は……?」
「無いです」
「無いな」
「ウポー(無いね)」
栞さん、課長、そしてなぜか原始人幽霊までが、息の合ったトリプルネガティブを真壁に突きつける。
「なんで原始人までそっち寄りなんだよおおおおおおおおお!!」
オフィスに真壁の悲痛なツッコミが木霊する。いつもの理不尽と暴力に満ちた、しかしこれが幽霊社会復帰課のブレない日常であった。
一方その頃。
ところ変わって、古都・狂都にある日本陰陽師連盟本部。
「一千万の出費は少し痛かったが、あの憎き鬼怒川烈子を引っ張り出し、それなりのダメージを与えられたのは収穫だった。よくやったぞ、矢部」
上座に座る、どこか陰険なオーラをまとった上司風の男──芦尾道男が、髭をなでながら満足げに頷いた。
「は、ありがたきお言葉……」
首がギプスでガチガチに固定された矢部が、平伏しながら答える。
「出来れば、あの穢らわしい原人幽霊どもと共倒れでもしてくれれば更に上出来だったのだが、まぁ高望みも良くないな」
「は、私の不徳の致すところで……」
その時、本部の重々しい襖の外から、やたらと軽い声が響いた。
「ちわーす! 日本陰陽師連盟さんに速達でぇす! ハンコください!」
「あ、はーい。いつもご苦労様です」
「いえいえ〜、お荷物こちらになりまーす」
受付の若い陰陽師がのんきに対応し、矢部のもとへと一通の書状が届けられる。
「ふむ、なんと書いてある。まさか鬼怒川の奴がくたばったという知らせか?」
芦尾が尋ねる。しかし、書状を開いた矢部の顔面からみるみる血の気が引いていった。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
矢部はそのままガタガタと震え、床へ腰を抜かして這いつくばってしまった。
「ええい、情けない! 何が書いてあるのだ!」
芦尾道男はひったくるようにして、その速達の紙面を広げ、大声で読み上げた。
『郷土資料館修繕費 四千二百万円也。 幽霊社会復帰課 & 黄泉路市教育委員会より』
静まり返る連盟の本部に、芦尾の絶叫が炸裂した。
「これがッ……これが行政のやることかァーーーー!!! おのれ鬼怒川烈子!! おのれ幽霊社会復帰課!! 覚えていろよォォォオオオッッッ!!」
一千万をケチって仕掛けた陰陽師連盟の嫌がらせは、行政という名の合法的な超巨大組織によって、四倍以上の大赤字となって彼らの懐を直撃したのだった。




