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鬼怒川烈子と行く!異世界散歩4

──しかし、待てど暮らせど、その恐るべき邪視がバラック小屋の中へと侵入してくる気配はなかった。


「なんで……?」

真壁は、今にも完全に破綻してしまいそうな精神の糸をギリギリのところで踏みとどまらせ、硬直したまま立ち尽くしていた。


男の瞳から放たれる呪いは、確かに真壁の魂を凍りつかせ、その自由を奪っている。だが、男は窓の外の一定の距離を保ったまま、そこから一歩もこちらへ近づいてこようとしないのだ。


(はっ……! まさか……!?)

真壁の脳裏に、一筋の希望の光がよぎった。


(流石の邪視と言えども、僕のすぐ後ろで眠っている現世最強最悪の災害の化身たる鬼怒川烈子課長に恐れをなしているんじゃ……!? 地震・雷・火事・烈子なわけだ!そうだ、それなら大丈夫だ! もう少し……あと少しだけ耐えて待てば、課長が起きる交代の時間だ! そうすれば、あの怪物が何とかしてくれるはず……!)


真壁は心の中で、生まれて初めて上司の暴力を「救いの神」として必死に祈り、祈り続けた。


だがその頃、窓の外に佇む邪視は、全く別のことを考えていた。


(なんだか、ずいぶんと騒がしい音が聞こえるな、と思って見にきてみれば……。たぶんあれ、鬼怒川さんのところの若い職員の子だよな。小動物みたいにガタガタと震えながら、ものすごい勢いで糞便を垂れ流しているんだけど……)


実は、この邪視は怪異のくせに、恐ろしく綺麗好きな性分だった。

近隣のボスの役割を果たしている鬼怒川烈子が異界に来ているのなら、後で面倒なことにならないよう、今のうちにきちんと挨拶を通しておかなければならない。そうしなければ、後で烈子に力任せに目玉をグリグリとくり抜かれても文句は言えないからだ。


だが、挨拶に行こうにも、目の前の若い青年が盛大に撒き散らした糞尿の匂いと汚れのせいで、潔癖症の邪視としてはどうしても小屋の中へ足を踏み入れることができなかった。


(うわぁ……汚いなぁ。中に入りたくないなぁ、でも挨拶しないとなぁ、どうしようかなぁ……)

邪視が内心で激しく困惑する中、見つめ合う一人と一匹の、奇妙で虚しい時間だけがただ静かに過ぎていった。


そして、ジャスト二時間を告げる真壁のスマホのアラームが無慈悲に鳴り響いた。

その音と同時に、後ろの畳の上で烈子課長がモソモソと動き出し、腕を伸ばしてストロングレモンサワーを一口啜り、タバコに火をつける気配がした。


しかし、そこからさらに、課長が覚醒するまでの無言の五分間が経過する。

真壁にとっては、まさに永遠とも思える地獄の時間だった。


「臭いんじゃボケェッッ!!!」

突如として、背後から世界を揺るがすような怒号が飛んできた。


次の瞬間、窓辺に直立不動のまま硬直していた真壁の後頭部を、烈子課長の手がガシッと鷲掴みにした。そしてそのままの勢いで、真壁の体を窓ガラスごと外へと力任せに突き倒した。


激しいガラスの破砕音が響き渡り、真壁の口から、ブベラァあああ、と肉塊が潰れたような悲鳴が上がる。


当然のように、その窓のすぐ外で立ち尽くしていた邪視は、完全にその巻き添えを食らう形となった。


真壁は頭から地面へと突っ込み、白目を剥いたまま全身をピクピクと痙攣させている。そして、その真壁の体に文字通り押し倒される形になった邪視は、割れたガラス片の痛みに加え、真壁が体中から撒き散らした涙と鼻水、さらには大量の涎とお漏らしの液体を全身にくまなく擦り付けられ、あまりの汚さに激しく悶絶した。


「あ、あう……っ」

邪視は涙目になりながらも、常識人として、必死に這い出してきた烈子課長に向けて口を開いた。


「あ、あの……鬼怒川さん、お久しぶりです……」


「ペッッ!!!」

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