鬼怒川烈子と行く!異世界散歩2
真壁は草だらけになりながらも、自分の体に擦り傷一つないことに目を見張った。あのゴリラのような力技、信じられないほどの神業である。
「さて……」
烈子課長は再びタバコに火をつけ、異界の反転した空を見上げた。
「よし、先ずはその辺を散歩しながら、霊素を取り込んで行くぞ真壁!」
「……え? 課長、それって僕が、ですか?」
てっきり自分が鍛えられるのだと思い、恐怖に顔を引きつらせる真壁に、烈子課長はフンと鼻を鳴らした。
「アホか、ワシに決まっとろがい! ワシは今、零感なんだぞ?どこにどんな怪異がいて、どこに美味い霊素が転がっとるか、さっぱり視えんし聞こえんわい! だからお前のその無駄に高くて敏感な霊感をワシの『目』の代わりにして、この異界の霊素をワシの体にぶち込んでいくんじゃ!」
「僕、課長のセンサー扱いですか?精密機器みたいに優しくしてくださいよおおおお!」
「がたがた騒ぐな! ほら、行くぞ!」
霊感を失った最強の巫女が、再びその力を取り戻すための異界行。真壁の無駄に高い霊感のアンテナを頼りに、烈子課長による執念の「霊感復活の散歩」がいま、幕を開けた──。
「さてさて、どうしたもんかのう〜」
頭の後ろで両手を組み、呑気に口笛を吹きながら、烈子課長は反転した異界の街をのんびりと散歩していた。
一方の真壁は、いつどこから怪異が襲ってくるか分からない恐怖に怯えながら、課長の背中にぴったりと隠れて、ビクビクとついていくだけだった。
しかし、そんな真壁の弱腰を烈子課長が許すはずもなかった。
烈子課長は突如として足を止めると、履いている鉄板入りの安全靴のつま先を、真壁の細い脛へと容赦なく叩き込んだ。
鈍い衝撃とともに、真壁の足の骨が悲鳴を上げる。激痛のあまり地面に倒れ込み、涙目で悶絶する真壁を綺麗に無視して、烈子課長は近くの草むらへ無造作に腕を突き込んだ。
「見ろ、真壁! ツチノコじゃ!!」
「やめてください!! そんなガチの未確認生物を僕の顔面に押し当てないでください!!」
課長が真壁の鼻先に突きつけてきたのは、ビール瓶のように太く短い胴体を持った、まさしく伝説のツチノコだった。
「なんじゃ、未確認生物が嫌いな男子がおるとは情けない。ほら、群れへ帰れ、このブタ蛇が!」
課長が投げ込んだ藪の先を、真壁が怯えながら霊視すると、そこには十匹ほどのツチノコたちが身を寄せ合い、烈子課長から溢れ出る圧倒的なオーラにガタガタと震えていた。
真壁は、ここはやっぱりとんでもない異世界なのだと痛感した。気を引き締めなければ、パンツの替えがいくらあっても足りない。
「ほら、ぐずぐずすんな! 休憩ポイントまであと少しじゃい!」
そう言って案内された場所にポツンと佇んでいたのは、現世では何の変哲もない、トタン板で囲まれた薄汚いバラック小屋だった。
しかし、烈子課長がその建付けの悪い扉を蹴り開けると、真壁は思わず目を丸くした。小屋の中には、携帯食糧や水のペットボトルがうず高く積まれていたのだ。
「うわぁ……。課長、ここ、よく来てるんですか?」
「おうよ! ここは時間の流れが外の現世と違うから腐らんのじゃ。これは5年くらい前、ワシがまだバリバリに視えてた頃によく来てたから、その時に置いといた備蓄じゃい。ほれ、他にも色々あるぞ?」
烈子課長はそこらに転がっていた頑丈なリュックサックを拾い上げると、中へ水と懐中電灯、そして手書きの歪な地図を乱暴にねじ込み、真壁の胸へと力任せに投げつけた。
「まぁ、とりあえずここに最低三日は籠るからな」
「三日!? 三日もこんな地獄に居たくないですよ!! お願いですから帰りましょうよ!!」
「デカい声出すな、ボケナスが!集まってくるだろうが!アイツらが!」
烈子課長が真壁の口を丸太のような手で塞ぎ、低いドスの利いた声で囁いた。
真壁が息を呑むと、課長は顎で古びた壁の隙間を指し示した。
「ほれ、そこの隙間から、音を立てずに外を見てみろ」
真壁は、恐る恐るバラックの隙間から外の景色を覗き込んだ。
外の荒れ地をのたうち回っていたのは、寝袋ほどの大きさで全身に鋭いハリネズミのような毛を無数に逆立てた、巨大なナメクジのような体型の怪異だった。しかも、それが一匹や二匹ではない。何十匹という群れを成して、ズリズリと這い回っている。それはネットの怪談でも最凶最悪と名高い、シシノケの群れだった!続く!!




