↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/104

鬼怒川烈子様と行く!異世界散歩じゃい!1

我らが鬼怒川烈子課長は、今日も今日とて不機嫌の極みにいた。


市役所の地下に広がる魔窟、幽霊社会復帰課のオフィス。彼女はスチールデスクの上に直に敷かれたマイ畳の上にドカリとあぐらをかき、口にはハイライトを二本同時にくわえて煙を燻らせていた。


手にしたストロングレモンサワーの缶にはストローが突き刺さっており、それを不快そうに啜りながら、今朝がた近所のお地蔵さんから強奪してきたお供え物の饅頭をむしゃむしゃと貪り食っている。


「視えない! やっぱり視えない! あんのクソチビ共ォ!! どんだけワシの霊素を吸い尽くして行きやがったんだよ!? ワンパク成長期の小猿共めが!! 来世で会ったら絶対に幸せになっとらんとぶん殴る!!」


烈子課長はそう吠えるなり、お饅頭を包んでいたビニール袋の中に石ころを詰め込み、一切の手加減なしで真壁の顔面へと投げつけた。


岩石がぶつかったような鈍い衝撃が真壁の顔面を襲う。事務員の栞さんが叩き出す、静かで規則正しいキーボードのタイピング音を、真壁の涙ながらの絶叫がかき消した。


「な、何するんですか課長!! 僕に当たらないでくださいよおおおお!!」


「せからしか! こんのチンパンが!! きさんの脳みそにそのストローぶっさして、中身の薄い脳汁ごと一滴残らず吸い尽くしてやろうかァ、あ゛ん!?」


「うわぁぁん!! スターシップ・トゥルーパーズのブレイン・バグだぁああああ!!! 誰か助けてぇえええ!!」


真壁が情けなく叫ぶ間もなく、烈子課長の細いのに何故か鋼鉄より硬い腕が真壁のスーツの襟首を掴み、床を引きずり回し始めた。


「え? え? どこ行くんですか課長!? え? 待って、こんな人気の無い地下の奥……、まさか多目的トイレで僕にそんないかがわしい悪戯を……!? やめてーーーっ、僕の純潔がぁぁあ!」


その瞬間、烈子課長から岩石が落ちてきたような容赦のないゲンコツが真壁の脳天に落とされた。


「テメェのしょっぱい童貞ポコチーニョスに興味なんてねえよボケナスビィッ!! 修行だ! ワシの修行に付き合え!!」


「し、修行……!? い、いったいどんな……っ!?」


真壁の脳裏には瞬時に、最悪のスパルタ特訓の絵面が浮かび上がった。白装束を着て極寒の滝に打たれる自分、大量の木人相手にステゴロで殴り合いをさせられる自分、そしてなぜか空気椅子をしている自分のお尻や脚の下で線香がミチミチに焚かれ、手の甲に並々と注がれた盃を置いて耐えている、そんな地獄絵図である。


「ついてくればわかるわい!」


そう言って、真壁は普段は誰も使わない、市庁舎の隅にある薄暗いエレベーターの中へと強引に引き摺り込まれた。


「あれ……? 課長、このエレベーターって確か、使用禁止なんじゃ……しかもなんで二階建ての庁舎で10階までボタンが?!」


真壁の声を完全にガン無視し、烈子課長は操作パネルのボタンを、凄まじい迷いのなさで連打し始めた。


まずは「4階」。

何事もなくエレベーターは動き出し、存在しない4階に到着する。しかし課長は外へは出ず、すぐに「2階」のボタンを押した。


2階でもやはり何も起こらず、ただエレベーターの前を通りかかった別の課の職員が、開いた扉の隙間から真壁の姿を見るなり、一瞬だけ同情に満ちた目で「かわいそうに……」と呟いて早足で去っていった。その生々しい視線が逆に恐怖を誘う。


そして課長は、間髪入れずに「6階」、そして再び「2階」のボタンを叩く。


「待って待って待って!!! 課長!? これ、ネットで有名な『エレベーターで異世界に行く方法』のやつですよね!? やだやだやだやだ!! 僕、そういうのは無理ですぅぅう!!」


ジタバタともがく真壁だったが、現世最強のメスゴリラの腕力の前には、ただのお人形も同然だった。


そしてエレベーターは、本来は地下と一階と二階と屋上しか存在しないはずの市庁舎において、あり得ない「10階」の表示を点灯させて上昇していく。さらに烈子課長は、「5階」のボタンを押した。


「おい、真壁。……次の5階でな、もし女が乗ってきても、絶対に話しかけるなよ? そして相槌もうつなよ? 死ぬぞ?」


「やだーーーっっ!! おろして! おろして今すぐおろしてぇぇええ!! 助けて!!魔子ちゃん!!」


チン、と間の抜けた電子音が響き、エレベーターが5階で停止して扉が開かれる。

真壁が恐怖で体を震わせながら外の景色を見ると──そこには、なぜか屋上の幽霊成仏課の聖課長が腕を組んで立っていた。


「あらぁ、真壁君とアポクリン劣子ちゃんじゃない、お久しぶりぃ、異界探検かしらぁ? 気をつけてねぇ」


「チッ……」

烈子課長は無言で聖課長に向けて綺麗な中指を一本突き立てると、「1階」のボタンを親指がめり込むほどの力で連打した。


ガシャリ、と扉が閉じる。

しかし、エレベーターは1階に向かって下降を始めることはなかった。操作パネルの階数表示盤の液晶が激しくバグり、赤黒い光を放ちながら、はっきりと1文字ずつ、こう表示された。


【ノ】

【ロ】

【ワ】

【レ】

【ロ】


「いやーーーっっっ!!! 怖い、怖すぎるよぉぉおおおおお!!!」


「ほら着いたぞ真壁、ここが『異界』じゃい」


不気味な音を立ててゆっくりと開いたエレベーターの扉。

その先に広がっていたのは、真壁が見たこともない世界──現世の常識を完全に踏み外した、おぞましくも奇怪な異界の光景だった。


エレベーターを降り、たどり着いた場所は、一見すると見慣れた市役所の屋上からの風景のようだった。


しかし、その光景を構成するすべてが、決定的に狂っていた。


右を向けば、東の空から厳かに光が差し込む朝焼けの「彼誰時(かわたれどき)」


だが、左へと視線を巡らせれば、そこには血のような赤紫に染まった夕焼けの「逢魔時(おうまがとき)」が広がっている。


一つの空間に二つの時間が同居し、街を見下ろしても動く人影は一つとしてない。市庁舎の建物自体も、窓や扉の配置がチグハグに入り乱れ、色彩という色彩がすべて現世と反転した、おぞましいサイケデリックな世界だった。


「ここから先は保険適応外じゃい。自分の足でついてこい。ちなみに帰り方はな、ワシと聖のクソボケと栞しか知らんから、いつまでもそこで腰を抜かしてると怪異に頭から砂糖かけて食われるぞ? ほら、そこに落ちとるメガネと革靴、お前の前の前の新卒の遺品だ(嘘)」


「ぎ、ぎぃいいいやああああーーーっっっ!!! 行きます行きます! 置いていかないで! ついて行きますぅぅうう!!」


「素直でよろしい!」

烈子課長はニカッと不敵に笑うと、躊躇なく屋上のフェンスを飛び越えた。そのまま十メートルもある地面へと真っ逆さまに自由落下し、まるで重力など存在しないかのような美しい受け身をとって着地してみせる。


下から、おい、受け止めてやるから早く降りてこいと烈子課長が手招きをする。


「いやいやいや!! 階段使いましょうよ、階段を!!」


「やめとけやめとけ、そっちの階段は怖いぞ?」


下から拡声器のような声が響くが、真壁は首を激しく横に振った。


「飛び降りる方が何百倍も怖いですよ!!」


まったく、あの課長は身体能力が格闘漫画『バキ』の世界なんだから……と、真壁はぶつぶつと文句を言いながら、屋上から館内へと続く鉄扉を押し開けた。


すると階下から、「外からはお前の文句、丸聞こえじゃぞーーーっ!!」という地獄耳すぎる烈子の怒号が響いてくる。真壁は身震いしながら階段の一段目に足をかけた。


そして、踊り場を曲がった、まさにその場所に「それ」は居た。


それは、この世の者とは思えないほど不自然に歪んだ、真っ黒な影だった。人の形を模してはいるものの、目や口、鼻といった顔のパーツが、まるで福笑いを失敗したかのようにバラバラの位置に配置され、粘つくような音を立てて蠢いている。


「きゃーーーっっっ!!!」

真壁は音速を超えるスピードで鉄扉をバタンと閉め、そのままの勢いで屋上のフェンスを飛び越え、地面へとダイブした。恐怖が肉体のリミッターを完全に破壊していた。


(あ、僕、受け身とらなきゃ死──)


落下する刹那、真壁の体は、下で待ち構えていた烈子課長によって驚くほど精密にキャッチされた。課長は落下の凄まじい衝撃をその肉体で見事に受け流すと、そのまま真壁の体を放り投げ、柔らかな芝生の上へとぶん投げた。


真壁の体は芝生の上をゴロゴロと勢いよく転がっていく。


「よし! 今の飛距離は15メートルってところか! 新記録じゃい、よくやった真壁!!」


なぜか満足げにガッツポーズを決める烈子課長。

真壁は草だらけになりながらも、自分の体に擦り傷一つないことに目を見張った。あのゴリラのような力技、信じられないほどの神業である。


「さて……」

烈子課長は再びタバコに火をつけ、異界の反転した空を見上げた。


「よし、先ずはその辺を散歩しながら、この空間の『霊素』をじっくりと取り込んで行くぞ!」


理不尽なダイビングから幕を開けた異界の修行。鬼怒川烈子の霊感を覚醒させるための、過酷な散歩が始まろうとしていた──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。