迷ひ猫 弍
そこからは怒涛の展開だった。
失禁した真壁は猫又たちの集会の中心へと引きずり込まれ、なぜか湯呑みに並々と注がれた『またたび水』を強引に飲まされつつ、完全に「客人」としてもてなされていた。
周りを見渡せば、モフモフの猫又たちが真壁の膝や背中にすり寄ってきている。
(ぼ、僕、どっちかっていうと犬派だけど……猫派の人にとってはここ、天国なんじゃないか……? いや、油断しちゃダメだ、相手は全員メジャー級の妖怪なんだから……!)
真壁はまたたび水で少しフワフワした頭を振り、正面にドカッと座るボスの隻眼キジトラを見つめた。
「あ、あの……キジトラさん……?」
「プリンだ。プリンちゃんと呼べ」
「え? プ、プリンちゃん……?」
「正式には【プリン・エリザベス・メケメケ3世】だ」
「えぇ……?」
「プリン・エリザベス・メケメケ3世だと言っとるだろ!! 何度も同じことを言わせるなよ? 内臓を綺麗に抉り出して、今日の集会のメーンディッシュにしてやろうかあ゛ん!? 真壁ぇ!?」
「は、はひぃぃぃーーーッッ!!! ごめんなさいごめんなさい!!! プリンさん!!!」
真壁は湯呑みをガタガタと鳴らして平伏した。同時に閃く。
(ぷ、プリンさん……? その、一切の容赦のない喋り方、相手を確実に精神から殺しにくる凄み方……もしかして、鬼怒川課長の……)
「そうだ。俺が、烈子の師匠だ」
「し、師匠ーーーーッッッ!?!?(やっぱりお前が元凶かァッ!!)」
「あいつは見込みがあった。元はそれはそれは美しい人の子(巫女)だったがな……『神降ろしだけじゃ現世の人は救えない! 本物の暴力が必要だ!』と言って俺に弟子入りしてきてな。それからはありとあらゆる実戦技術を、アイツの骨の髄まで叩き込んでやったもんだ」
『そうだそうだ! プリンちゃんは凄いんだぞ!』
『あの三尾の白狐様だって一目置いている大妖怪なんだからニャー!』
周りの猫又たちが、チュールを舐めながらわっしょいわっしょいと囃し立てる。
「しかし……そうだな。何年前か、ある日を境に烈子と喋れなくなって(零感になって)な。それ以来とんとご無沙汰で、少し寂しいが……。まぁ、たまに栞がここへ来て、『文通』をしておるんだよ」
(きっと、3年前のあのカルト教団の事件の時だ……)
真壁は、烈子課長が子供たちの怨念をその身に引き受け、霊力を失ったあの忌まわしい過去を思い出し、少し切ない気持ちになった。まさか裏で栞さんを通じた文通ライフが始まっていたとは。
「まぁ、お前が烈子の新しい手下(部下)だってのも、先月くらいの手紙で聞いていたからな。だからこうして客人としてもてなしてやってるんだ。……で、今日は何用だ、真壁?」
「あ、あの……! この中に、ミィちゃんさんはおられますか?」
すると、集会の隅でエビフライの尻尾を齧っていた一匹の三毛猫又が、ピクッと耳を立てて振り返った。
『え? ワタシ? どうしたの?』
「その……飼い主さんが、ミィちゃんのこと凄く探しているみたいで……」
『えーーーやだやだやだ!!! 帰りたくないのニャ!!!』
「ええっ!? でも、凄い心配してるみたいで、僕たち市役所にまで助けを求めてるんですよ!?」
『やだやだやだやだ!!!』
二本の尻尾をプロペラのように振り回し、ジタバタと駄々をこねるミィちゃん。
(か、可愛い……。いや、でも連れて帰らないと課長に確実に潰される。……まぁ、仮に連れて帰ったとしても、さっきの件でどっちみち潰されるんだけどさ……)
真壁は自分の短い寿命を察しつつ、優しくミィちゃんに問いかけた。
「ど、どうしてそんなに帰りたくないのか、理由を教えてもらえませんか……?」
猫又ミィちゃんが家出をした、現世の飼い主との間に起きた「驚愕のトラブル」とは──!?
『だってだって、最近飼い主がくれるカリカリが美味しくニャイんだもーん!』
ミィちゃんは二本の尻尾をプロペラのように激しくブンブンと回し、その風圧で体が地面からフワフワと数センチほど浮きかけていた。
(か、可愛いけど……物理法則を無視して浮いてるの、やっぱり普通に怖いよ!!)
「あんた、飼い主に伝えてくれる? 毎日チュールじゃないとヤダって!」
「あ、いやその……毎日チュールは流石に、塩分とか栄養バランスとか体に悪いんじゃ……」
『あ゛ん!?』
ミィちゃんは鋭い牙を剥き出しにして真壁を睨みつけた。
『あんた、ワタシはもうただの猫じゃニャイのよ? 猫又なの! どんだけジャンクフード食べても内臓なんか壊さニャイの! 憑き殺されたいのかニャ? 猫は末代まで祟るよ!? お!?』
「ひいいいん! 勘弁してくださいよぉぉ!! だったら自分の言葉で直接おばあちゃんに伝えてくださいよぉぉぉぉ!!」
『お前と違って普通の人間にはワタシらの話が通じニャイから言ってるんだニャ! しかも、飼い主のおばあちゃんは最近まだらボケが始まってるから、ワシ(ワタシ)のことはただの普通の三毛猫に見えてるのニャ!』
「余計に説得が難しいよぉぉぉおおお!!!」
「おい、真壁の」
隣から、ドスの利いた声が響いた。ボスのプリンちゃんが、のっしと真壁の肩に前足を置く。
「何とかしてやってくれんか? 烈子の部下なんだろ? 助けてやれよ」
言葉は優しいが、プリンちゃんの鋭い爪が真壁のスーツを突き破り、肉にまでガチで食い込んできている。つまり、完全なる【強制(脅迫)】である。痛い。
「ひ、ひいいいん……っ!! 一旦、役所に『持ち帰って検討』してもよろしいですか……っ!?」
真壁が涙目で放った、お役所仕事の最終奥義「持ち帰り検討」。
その言葉を聞いた瞬間、周囲の二十匹の猫又たちの頭の上に一斉に「?」のマークが浮かび上がった。100年生きようが大妖怪だろうが、猫たちに人間社会の都合のいい建前など通用するはずがない。
『持ち帰り? わかったニャ!』
ミィちゃんがピョーンと空中に飛び上がり、くるっと綺麗に一回転した──と思った瞬間。
ボフッ!! と白い煙が弾け、そこには着物姿の、いたずらっぽく笑う可愛い人間の少女の姿があった。
『わーい!』『やんややんや!』
周りの猫又たちが肉球をパチパチと叩いて大盛り上がりする中、真壁の頭は完全にフリーズした。
「え? え? な、なんで人間(しかも少女)に化けるんですか……!?」
「猫の姿だとあんまり長距離歩けないし? まだあんまり気を許してない真壁に抱っこして運ばれるのも嫌だし? この格好で『持ち帰られて』あげるから、あんたが役所でばあちゃんを説得する案を考えなよね!」
困った。とてつもなく困った。
夕暮れ時の逢魔時、スーツが泥まみれで股間を濡らした男が、見知らぬ少女を連れ回しているだけで一発で警察(伊地知さんのところ)に通報されるガチの事案である。その上、まだらボケの老人の説得までセットになっている。
さらに、プリンちゃんの爪がスーツを裂いて肉までガリガリ削りに来ている。痛い。痛すぎる。
「こ、これはもう、僕の手に負えない……。鬼怒川課長に相談しなきゃ……! わ、わかりました、では行きましょう。一旦、烈子さんの所へ!」
『烈子に会うのは久々にゃ!』
『ミィちゃん、烈子によろしくニャ〜』
猫又たちが一斉に手を振って送り出してくれる。
ハッと気づくと、真壁はいつの間にか、廃寺ではなく薄暗い見覚えのある路地裏にぽつんと立っていた。
「え? 寺は? あれ? 狐につままれた……じゃなくて猫につままれた……?」
ドゴォッッッッ!!!!(鈍い衝撃音)
「ぐはっ!?」
真壁の細い外腿に、人間の少女の姿をしたミィちゃんからの、容赦のない鋭いローキックが突き刺さった。
「真壁、そんなん良いから早く烈子と栞に会わせるニャ!!」
「は、はいぃぃぃっっ!!(このキレ味、やっぱり課長の同門だぁぁっ!!)」
真壁はサドルの盗まれた公用ママチャリの荷台に、ちょこんとミィちゃんを座らせた。
そして、サドルポストの穴からプカプカと立ち上る課長の吸い殻の煙を背中に浴びながら、真夏の夕暮れの街を、事案成立を避けるために必死の立ち漕ぎで、市役所地下の魔窟へと激走するのだった──!!




