地獄のオーガニック幽霊3
「真壁ぇぇ、そいつは何処におるんじゃあ!?」
口に三本のハイライトを咥えた課長が、ドスの利いた声を厨房に響かせる。
「お、オーナーの! そこで胸を押さえて蹲ってる男性の、左肩の上です!」
「よしきた!」
課長は懐から取り出したワンカップ大関を迷わず口に含むと、己の右拳に容赦なく霧状に吹きかけた。そのまま、恐ろしい威圧感で拳を振りかぶる。
オーナーの肩の上で、オーガニック幽霊が顔を真っ青にして金切り声を上げた。同時通訳真壁
「暴力反対! 暴力反対!! 女の顔を殴るなんて最低よ! そんなの全然ロハスじゃないわ!!」
「じゃかましい! 女が女の顔を殴るんじゃから、法律的にも倫理的にも何も問題は無いんじゃい!!」
そんな宇宙規模の謎理論を叫びながら、課長必殺のフルパワー・ボラードパンチが放たれた。拳はガードを堅めるオーガニック幽霊の側頭部を正確に、そして極めて乱暴にぶち抜いた。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
激しい衝撃音と共に、霊体は厨房の壁へと激しく叩きつけられる。結界のせいで外へ逃げられず、床でのたうち回るオーガニック幽霊。
それを見るや否や、課長は腰からハンディクリーナーを引き抜き、逃げ惑う霊体を躊躇なくズズズッと吸い込んだ。
カチャリ、とスイッチを切る。
「……あれ? 急に体が、楽に……?」
先ほどまで胸を押さえていたオーナーが、嘘のようにスッキリとした顔で立ち上がった。
それを見届けた課長は、自分の引き締まったケツをピシャンと叩いた。
「びっくりするほどユートピア!」
そう言い捨てて、課長は颯爽と厨房を後にした。直後、ビルの外で栞の運転するド派手な改造車が、ホイールスピン気味に凄まじい爆音を上げて走り去っていく音が聞こえた。
残された真壁は、オーナーから「ありがとうございます! 命の恩人です!」とひとしきり涙ながらにお礼を言われ、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「あ、いえ……解決したみたいなんで、もう大丈夫です……はい……」
ボロボロの体で喫茶店の外に出た真壁。
そこには、いつものサドルのないママチャリが待っていた。
サドルが盗まれて剥き出しになった金属のサドルポストの穴に、課長が吸い殻をミチミチに詰め込んでいた。信じられない密度で、灰と吸い殻が詰まっている。
「(……早く、辞めたい。今すぐ辞めたい……!!)」
真壁は涙を拭い、小指の激痛に耐えながら、灰の詰まったチャリで夕暮れの街へと立ち漕ぎで消えていった。
ちなみに、あのロハスなオーガニック幽霊は、その後地下の魔窟(復帰課)にて、課長の手によって「これでもか」というほどの英才教育をたっぷりと詰め込まれた。
数日後、彼女は歓楽街にある、深夜まで大音量で騒いで近隣住民から苦情が殺到していたアウトローな若者が集まるクラブへと強制的に取り憑かされた。
「自然派自然派! 深夜のアルコールは毒! 早く寝なさい!ロハスな生活!」とキレ散らかす幽霊の猛威により、そのクラブはわずか半年ほどで閉店に追い込まれたらしい。
……結果的に社会の役には立っている。立ってはいるのだが、やはりその実態は、最悪のマッチポンプなのであった。




