それゆけ!奥野坂上大学オカルト研究会1
幣成十三年の夏
俺は本物の鬼に出会った。
通っていた空手道場が閉鎖されて以来、行き場を失った力を持て余していた俺は、自棄酒を煽っては夜な夜な喧嘩に明け暮れていた。
深夜の大学構内。
ドグシャッと乾いた音と共に、俺の正拳突きが相手の顔面に深く突き刺さる。
イチャモンをつけてきた工学部の先輩だから、後ろめたさなんて微塵もない。ボクシング部の部長だかなんだか知らんが、口ほどにもない奴だった。
「態度の割には、ま、こんなもんか……。後ろに憑いてる奴ごと殴ってやるから、安心してくださいね? ついでに後は石で前歯を全部折ってっと」
何か言い返そうと抵抗してくる男の顔面に、俺は無心で拾い上げた石を何度も叩きつけた。
「ペッ! 二度と舐めた口きくなよ」
唾を吐き捨て、背を向けようとしたその瞬間──俺は彼女と出会った。
月明かりが照らすキャンパスの石碑の上。
彼女は細い煙草をふかし、片手にほろ酔いな酒缶を握りしめたまま、上から俺を見下ろしていた。
無駄に美人で、無駄に神聖な佇まい……気にくわない。
「おう? そこの若いの、中々の腕っぷしじゃねえか。……けど、お前ビビりだろ? そりゃやり過ぎってもんだ。途中から酒が不味くて仕方ねぇや」
「あ? なに上から見下して偉そうなこと言ってんだよ。女でも容赦しねぇぞ?」
「よっと! おっとととっ……あべしっ!」
威勢よく石碑から飛び降りた女は、見事なくらい無様に地べたへ転がった。
「おー痛ぇ……あぁん? 何見とるか! ワシのこの眉目秀麗・文武両道な大和撫子ぶりに見惚れたか三下!」
なんなんだ、コイツは?
急に現れて、急に転んで、なんでこんなに強気なんだ!?
……いや、待て。この女、最初からそこに居たのか? 俺は今の今まで、その存在にすら気づかなかったのか……!?
「お前、視えてるんだろ?」
女がニヤリと口角を上げる。
「あ? 何がだよ」
「そのデカブツの後ろに憑いてた奴だよ」
「な……」
「ワシも視えるんだよ……幽霊が!」
呆然とする俺をよそに、女は言葉を捲し立てる。
「ワシが正義の拳で成敗してやろうと狙ってたのを、お前が横取りしたって訳じゃい! ああん、小僧!?」
「なにを訳の分からんことをごちゃごちゃと言ってんだ! 俺は女相手でも構わないぜ? やろうぜ、死合をよぉ!?」
「望むところじゃボケカス青虫がぁ! ビビってねぇでかかって来い!」
「女相手に先に殴れるかよ! そっちから来い!」
「言ったな青虫? それじゃ腹筋固めてそこで待ってろ」
どこかのレディースの総長か何かだろうが、女の細腕じゃ俺のこの腹筋には響きもしないだろう──そう高を括っていた。空手で鍛え上げた肉体には、確固たる自信があった。
「掛けまくも畏きタケミカヅチ大神、この神籬に天降りませと恐み恐みも白す……」
蚊の鳴くような小さな声で、女が何かを呟いた──その途端だった。
俺は見てしまった。女の背後に、ぬっと降り立つ巨大で筋骨隆々とした男の姿を。
「おう、タケミッチー! よろしく頼むぜ!」
女が気安くそう呼ぶと、その筋骨隆々の男がすうっと女の身体の中へと入り込んでいく。
そのあまりに異軌な光景と放たれる神気に、俺の膝はガクガクと震え、正直少しちびりかけていた。
「よし、それじゃあ腹筋固めて歯を食いしばれよ? 死ぬぞ?」
「へ……?」
ドゴォォォォンッ!!!
「グハァッ、グッ……ゲボッ、っおろろろろろろろろろろろ!!!」
天地がひっくり返ったかと思うほどの強烈なボディブロー。
吹き飛ばされた俺の身体はコンクリートの壁に深々とめり込み、血反吐と先ほど煽ったアルコールをぶちまけながら悶絶した。肋骨も確実に何本か逝っている。
「ペッ、やっぱりビビりじゃねえか。膝が笑ってたもんな? まぁ負けたんだから今日からお前は、この鬼怒川烈子様の舎弟じゃい! ありがたく拝命しろ!」
「ガハッ、ゴホッ……エグゥゥゥッ、おろろろろ……」
何が何だかわからない内に舎弟にされてしまい、俺は首根っこを掴まれたままズルズルと地面を引き摺られていく。そうして辿り着いたのは、夜の大学のサークル棟だった。
「あ、忘れとった! 掛けまくも畏きタケミカヅチ大神、本つ御座に還りませと恐み恐みも白す! ……ミッチー! サンキューな?」
『良いってことよ!』とでも言いたげな顔で親指を立て、筋骨隆々の男は夜空へと溶けるように消えていった。
「な、なんなんですか……ッ!? あれは……!?」
「あん? やっと気づいたか雑魚青虫。それも含めて説明してやる。……着いたぞ、我が城である『奥野坂上大学オカルト研究会』の部室じゃい!」




