地獄の呪いの王子 完
「いかん、栞! 熱い展開で完全に忘れられていたが、烈子がピンチだ!」
異変を察知した三尾の白狐が、慌てて声を上げる。
「え? 課長がですか?」
「うむ、真壁君も魔子ちゃんも伊地知もやられた。そして烈子は……あの寿命をゴリゴリに削る眼鏡をかけておる……!」
「そ、そんな……すぐに行きましょう! 早く向こうへの繋がり(扉)を開いてください!」
「行ってお前に何ができる! 私がいくから栞は皆のために待って──いってえええええええっ!?」
ぶちぶちぶちィッッッ!!! と、白狐の美しい白い毛が容赦なく引き抜かれる鈍い音が響いた。
「ごたくはいいから早くしてください」
一切の感情を排した栞の鉄仮面ぶりに、神であるはずの三尾の白狐も「コーン……」と涙目で情けなく鳴いてから、大急ぎで現世とあの世を繋ぐ境界の扉を顕現させるのだった。
◇
【教団総本山・最上階 祭壇の間】
「あ……課長……僕、もう、ダメかもです……。聖課長に……娘さん守れなくてごめんなさいって、伝えて……ブフォッッ!!」
全身からドス黒い血の塊を吐き出し、真壁がその場にバタリと倒れ伏した。
「真壁──ーッッ!! 貴様ァ!! ワシがあの淫乱熟女に頭下げれる訳ねぇだろクソチンチラが!! 起きんかいッッ!!」
真壁に向かって本気でキレ散らかし、烈子課長がほんの一瞬だけ視線を逸らしたその瞬間。
「隙ありだァ、鬼怒川烈子ォオオッ!!」
両面宿儺の放ったドス黒い呪いの腕が、烈子の肉体をガッチリと捕らえた。
「ちっ、ボケが……! セクハラをやめんかい……っ、ぐうぅっ!?」
そのままミシミシと音を立て、圧縮された特級の呪いが烈子の五体を強烈に締め上げていく。骨が軋み、視界がさらに狭まっていく。
(これは……流石に不味いかもしれん。栞……あとは、頼んだぞ……)
「はい! ここに」
「栞──ッッ!? こっちに直接入れたんかワレ!?」
呪いに締め上げられながら、烈子は間近から聞こえたあまりにも冷静な声に目を見開いた。白狐の毟られた毛の成果である。
「はい。コイツが新しい両面宿儺ですね?」
「おう!S&B呪いの王子様じゃ! クソカルト教団の夏休み自由工作にしちゃ出来が良すぎるがな、あっ、おいやめろ!」
すっと、栞の手が烈子の顔へと伸び、その「霊が見える眼鏡」を強引に奪い取った。そして、自分が普段かけている眼鏡の上から、迷うことなくそれを装着した。
「寿命が縮むなら同じだけ縮めます。はい、ワガママです」
「早く外さんかい馬鹿者がッッ!!」
烈子が焦って制止の腕を伸ばすが、栞はそれを華麗なステップですり抜け、重ねがけしたレンズの奥の瞳で、激しく動き回る呪いの本体を完全に見切った。
「課長、クールに素早く終わらせて皆で飲みに行きましょう! 伊地知さんの奢りです! ──右に半歩踏み込んだら軌道を変えてくるので、反転して斜め上です!!」
「……っ、そうだな、それが──最高に良いッッ!!!」
呪いの拘束を力技で引き千切り、烈子課長は栞の指示通りに右へ、そして反転して斜め上へと、現世最強の拳を突き上げた。
ドッギャァァァァァァァンッッッッ!!!!
空気が爆縮し、特大クリティカルの威力を秘めたアッパーカットが、両面宿儺の呪いの本体を分子レベルで粉砕し、打ち砕く!
その時に巻き起こった凄まじい突風によって、栞の眼鏡の重ねがけがフワリと外れ、元の地味な眼鏡へと戻る。
「もう……憎い演出ですね?」
栞はふっと微笑んだ。
「ガハハ! ワシに不可能はな──グフォッッ!!」
勝ち誇ろうとした鬼怒川課長の口から、先ほどとは比べ物にならないほど大量の、どす黒い血が激しく噴き出した。そのままドサリと膝をつく課長。
「え……? 課長……!? 課長! 烈子さん!! 嫌だ、え? 寿命なの!? だったら私も、今すぐ!!」
パニックになり、取り乱して烈子に駆け寄る栞。
「ち、違うようだ、栞さん……」
なんとか意識を取り戻した伊地知警部が、血を吐きながら呟いた。
「私には……霊感が擦り切れた私には、はっきりとは見えないが……烈子さんの……腹の中から、何かが……凄まじい瘴気が、せり上がってきている……」
「お腹の中から……? まさか……3年前の、初代『両面宿儺』……!?」
烈子の口からドクドクと溢れ出たド黒い血──。
異変を察知し、栞が悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたその瞬間、烈子の身体から「あ……」と声が漏れるようにして飛び出したのは、禍々しい瘴気などでは決してなかった。
それは、夜空の星よりも優しく眩い、【無数の白い光の玉】だった。
光の玉たちは、まるで母親の腕から巣立つ小鳥のように、嬉しそうに、フワフワと烈子の周りを飛び回り始めた。
そして、先ほど消滅したはずの現代の両面宿儺から未だに溢れ出し、世界を侵食しようとしていたドス黒い呪いのヘドロへと、自ら次々と飛び込んでいったのだ。
チカッ、チカッ、と小さな光が弾ける。
光の玉たちは、黒い呪いに取り憑いてはその毒気を優しく包み込み、引き連れるようにして綺麗に現世から霧散させていく。それはまるで、呪いに囚われていた新たな被害者の子供たちの魂を、一人残らず救い出しているかのようだった。
「あの子達だ……!」
栞の眼鏡の奥の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
3年間。この3年間、鬼怒川烈子という不器用で、ヤニ臭くて、バイオレンスで、けれど誰よりも温かい一人の巫女の体内で、ずっとずーっと抱きしめられ、愛され続けてきた子供たちの魂。
烈子から本物の愛を貰ったクソチビ共は、今度は自分たちが「立派なお兄ちゃん」として、新しい被害者たちの魂を救済し、未練を消し去って一緒に天へと還ろうとしているのだ。
光の玉たちは、最後に名残惜しそうに烈子の頭の周りを一度だけ大きく旋回すると、まるで「ありがとう、烈子お姉ちゃん」と告げるかのように、夜空の向こうへと優しく消えていった。
それを見届けた烈子課長の口元に、3年前に失われたはずの、あの「愛される美人巫女」の優しく美しい微笑みがふっと戻った。
「ちび助共が、、、立派なお兄ちゃんぶりやがって……。来世は……幸せに生きろ……よ……」
そう静かに呟いて、鬼怒川烈子は、満足したようにゆっくりと目を閉じた。
「課長──ーッッッ!!!!」
最上階の祭壇の間に、栞の、そしてボロボロになりながらも意識を取り戻した真壁、魔子、伊地知の涙の絶叫が響き渡る。
数日後。市役所の幽霊社会復帰課・地下オフィス。
主を失ったはずのその部屋のデスクには、一カートンのハイライトと、ストロングなレモンサワーの空き缶が静かに置かれていた。
「──おーい、栞さん、真壁君、魔子ちゃん。お見舞いにバナナ持ってきたぞー!」
ガシャーンと大きな音を立てて入ってきたのは、頭にガチガチの包帯を巻き、車椅子に乗った伊地知警部だった。
「伊地知さん、声が大きいです。課長が起きてしまいます」
鉄仮面の表情に戻った栞が、冷徹に人差し指を口元に当てた。
その視線の先──オフィス奥の簡易ベッドでは、信じられないほどの爆音で「ピーーー、ゴロロロロ……」とイビキをかいて爆睡している鬼怒川烈子の姿があった。
「って、まだ寝てんのかよ烈子先輩!! 重態だったんじゃないんかい!」
伊地知警部がお見舞いのバナナを栞さんに手渡しながら、鬼怒川課長の寝顔に鋭くツッコミをいれる
「はい。ただの極度の寝不足と、体内のおチビちゃん達がいなくなった事で霊力の燃費が狂ったことによる【爆睡(10日間連続)】ですね。先ほど病院から強制送還されてきました」
「もう! 鬼怒川課長ったら人騒がせなんだから!!」
魔子が嬉しそうに笑う横で、全身に包帯を巻いた真壁が、点滴を引きずりながらヘラヘラと笑った。
「いや〜、一時はマジで死ぬかと思いましたよ。僕の股間も完全に大震災でしたし」
「真壁さん、本当にお手柄でしたね。それと聖課長のことを『淫乱熟女』と呼んだ報告書、すでに聖課長のデスクに置いておきましたから」
「えええええええーーーっっっ!?!? 栞さん何してくれてんの!? それ言ったの課長ですよぉぉぉ!嫌だ死にたくない僕まだ魔子ちゃんとお付き合いもしてないのにぃぃい!」
「ふんす!」と顔を真っ赤にする魔子と、叫ぶ真壁。
その騒がしい声に、ベッドの上のメスゴリラが「るっせぇぞミジンコゾンビ共がぁ……」と薄く目を開け、枕元のストロングなレモンサワーの空き缶を掴んで真壁と伊地知の脳天へと正確無比に投げ飛ばした。
スコォンッ!! 「「あべしっ!?」」
「あぁよく寝た!んお?全員揃っとるな! 栞! 約束通り伊地知の財布から特上の寿司を10人前出前じゃい! 明日からまた幽霊どもを社会復帰させにゃならんぞォォッッ!!」
「はい、鬼怒川課長。喜んで」
栞は静かにメガネくいっと直すと、最高の上司へ向けて、美しく微笑んだ。
この世に怪異がいる限り、彼女たちの戦いは終わらない。
幽霊社会復帰課は今日も現世の平和(と未来の年金)を守るため、鬼怒川烈子課長の怒号と、真壁の悲鳴が地下オフィスに響き渡るのだった。
『はい、こちら幽霊社会復帰課』
3クール目・堂々の完結!!!
※作者より
長い3クール目 地獄の呪いの王子編を最後まで読んでいただきありがとうございます。作者としても「やりきった感」と「一応の完結」が強いお話しとなりました。
幽霊社会復帰課の活動はまだまだ続きますが、職員達の怪我が全快するまで活動日報の提出が遅れますので、明日からは過去編を投稿します。まだ霊感ビンビンだった頃の女子大生鬼怒川烈子が大活躍です。
その間、悪霊や怪異に心身を乗っ取られないようにお気をつけて……




