地獄の呪いの王子8
3年前のあの日──。
一人でカルト教団本部の屋上へと舞い戻った烈子は、凄まじい瘴気を放つ両面宿儺と対峙していた。
「おい、リャンメンスクナよ?」
烈子は拳を握り締めながらも、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「今すぐに塵となって消えるなら許してやる。……ガキはな、そんな醜悪な姿にされてもな!ワシはガキを殴りたくねぇんだよ……!」
しかし、目の前の両面宿儺から途切れることなくもたらされる『情報』が、怨念の濁流となってさらに烈子を苦しめる。
脳裏に直接流れ込んでくる、拉致された幼い子供たちの怯えた顔や声。
泣き叫びながら母親と無理やり引き離され、生きたまま色んな呪物を無理やり体内に飲み込まされ、もがき苦しむ幼子たち。
「子供救済」などという甘い言葉でシングルマザーと幼子を囲い込み、あろうことか母親の目の前で子供に呪いを与えていくカルトの狂行。
必死に抵抗する母親の前で、じわじわと呪いに飲まれて異形へと変えられていく我が子。そして、その母親が絶望の果てに放つ、世界への怨嗟すらもカルトは燃料として呪いに変えていった。
『助けて……ママ……お母さん……苦しい、助けて……ッ!!』
怨念の塊となった子供たちの、悲痛な叫びがリフレインする。
まさに今、由緒正しい神社の巫女として本物の「神」をその身に降ろし、神格の圧倒的な光によって両面宿儺を跡形もなく消し去ろうとしていた烈子の、祝詞と舞がピタリと止まった。
消せるわけがない。この化け物の正体は、救われなかった子供たちの魂そのものなのだから。
烈子は神降ろしの構えを解くと、両面宿儺に向かって、一歩ずつ、静かに歩み寄り始めた。
一歩歩むごとに、両面宿儺から放たれる凄まじい呪いの衝撃波が烈子を容赦なく襲う。
屋上のコンクリートの床は蜘蛛の巣状に激しく割れ、衣服はズタズタに破け、遂には衝撃で烈子の口からドクドクと黒い血が吹き出した。
視界が黒と赤に染まっていく。肉体が悲鳴を上げる。それでも烈子は、奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、一歩、また一歩と両面宿儺に近づいていく。
そして──烈子は、その異形の怪異を、正面から優しく抱きしめた。
「もう……ママには会えない……。でもな、代わりにワシが抱きしめてやる。お前らが満足するまで、ずっとな……?」
烈子の腕に、ぎゅっと優しく力がこもる。
「だから……ワシの中にいろ、クソチビ共。ワシは神を降ろす巫女だからな……。異形を体に入れるくらい、朝飯前じゃい……」
烈子の全身を包む、あまりにも深く大きな慈愛の霊気。
それに触れた瞬間、両面宿儺を形成していた狂おしいほどの殺意や敵意、世界への憎しみが、まるで嘘のように静かに、優しく消え去っていく。子供たちの魂が、温かい光に包まれて烈子の内へと溶けていく。
そして、烈子がゆっくりと目を開いた時には──。
現世のどこを探しても、もう『呪いの王子』は存在していなかった。
すべての呪いと怨念をその肉体だけで引き受け、封印し、その代償として霊力をすべてを失った「最凶のメスゴリラ」が、そこにぽつんと佇んでいるだけだった。
◆
現在へと戻る視界。
すべての記憶を思い出した烈子課長の顔から、いつものギャグの気配が完全に消滅している。
「……そうか」
烈子課長はゆっくりと目を細めた。
目の前で「全員食べた」と恍惚に笑う教祖の息子。
カルトの信者たちの命、そして再び犠牲になったガキどもの怨念を融和させて復活した、二代目の両面宿儺。
烈子課長は口から吐き捨てたハイライトの吸い殻を踏み潰す。その背中には、3年前に引き受けた「子供たちの悲しみ」が、静かに、しかし絶対的な暴虐のオーラとなって立ち昇る。
「ワシの中にいるクソチビ共が、テメェを見て反吐が出ると泣いとるわい。……おい、クソガキ。お前が食った奴らごと、ワシがもう一度全員、抱きしめて現世から消し去ってやるわァァアアッッッ!!!」




