地獄の呪いの王子7
「クォラァァアアッッッ!!! クソガキとカルトのジジイババア共ォォオオッッ!!! 泣く子も黙る幽霊社会復帰課の、眉目秀麗、文武両道、スタイル抜群、チャーミング&ラブリーお姉様こと鬼怒川烈子様の登場じゃいァァアアッッッ!!! 全員楽に死ねると思うなよ? テメェらにとって『死は救済』じゃねぇぞコラァ!?」
「お待ちしていましたよ、依代様。……いいえ、お兄様」
「え……?」
その言葉に、床に転がっていた真壁がガタガタと震えながら素で声を漏らした。
「え? 今、お兄様って……。れ、烈子課長が、お兄様……? 課長、やっぱり本当は男だったんですか!?
イデデデギャァァァアアアンッッッ!!!」
烈子課長の手が真壁の耳を鷲掴みにし、そのまま【軸を一切ぶらさずに空中一回転】させて、コンクリートの床へと脳面から叩きつけた。
「誰がお兄様だコラァァアアッッッ!!! タコ!! コラァァアアッッッ!!! そしてワシは花も恥じらうアラフォー乙女じゃいッッッ!!! コラ!! ガキ!! コラァッ!! あ゛ん!?」
「流石はお兄様! その圧倒的なまでの暴力の器(肉体)!!」
頭から血を流して気絶しかけている真壁を無視して、少年は恍惚とした表情で拍手を送った。
「だからテメェみたいな、半分男で半分女の『アシュラ男爵』みたいな弟を持った覚えはねぇと言っとるんじゃボケナス!!」
「……これでもですか?」
少年は静かに笑うと、全身を覆っていた黒いローブを、一気に剥ぎ取った。
「っッ!!!!」
その異形を目の当たりにし、伊地知警部と魔子の息が止まった。
少年の肉体には、無理やり癒着させられたもう一つの頭部と、歪に生えた4本の腕──3年前、烈子課長たちが完全に叩き潰したはずの、あの邪法外道の完成形たる【両面宿儺】が、そこに顕現していた。
しかし、その肉体から漂う瘴気は、3年前の比ではなかった。部屋にあった子供たちの骨、消えた信者たち……そのすべての理由が、少年の歪な肉体に刻まれていた。
烈子課長はハイライトを床に吐き捨て、低く冷たい声で呟いた。
「……お前、食ったな?」
「ええ、全員」
少年──両面宿儺は、複数の声が重なったような不気味な声音で、恍惚とした表情を浮かべた。
「信者も、実験体も、この総本山にいたすべての命を、私が一つに融和しました。……そう、かつて貴方が、私の父の儀式を奪い、その『神の肉』を喰らって依代となった時のように……ッ!!」
ドクン……ッッッ!!!
その言葉が引き金となり、完全な零感であるはずの烈子課長の脳裏に、激しいノイズと共に「過去の記憶」が濁流のようにフラッシュバックした。
ドクン、ドクン、ドクン……ッッッ!!!
少年の言葉が、烈子課長の脳細胞の奥底に眠る「3年前の記憶」の蓋を、暴力的にこじ開けていく。
現代の両面宿儺が嘲笑う目の前で、烈子課長の脳裏に、かつての自分の「本当の姿」が鮮明に蘇っていた。
そうだ──ワシは、元からこんなヤニ臭いアルコール中毒のメスゴリラじゃなかった。
由緒正しい神社の3人兄妹の末の娘として生まれ、神聖な境内を駆け回り、確かに本物の「神降ろし」ができる極めて高い霊感を持った巫女だった。
両親からも、自慢の兄様たちからも、氏子や近所の人たちからも、「それはそれは美しい、眉目秀麗、文武両道、ラブリー&チャーミングな美人巫女さんだ」と、誰もが振り返るほどに愛されていた。
大学を卒業した彼女は、その真っ直ぐな心で「現世の、人の役に立ちたい!」と願い、市役所の幽霊社会復帰課に入庁した。
優しく頼れる上司の比良坂崇に出会い、色んなことを学び、普通の女の子のように、人並みに恋だってした。
すべてが輝いていた。あの、3年前の最悪の日が訪れるまでは──。
◆
【3年前・国民救済を祈る会 旧本部駐車場】
全国で多発した子供の行方不明事件。その黒幕が、日本転覆を企むカルト教団『国民救済を祈る会』だと突き止めた復帰課は、当時の教団本部ビルへと殴り込みをかけていた。
凄まじい激闘の末、割れた駐車場のコンクリートの隙間から、ズボッと力強く一本の手が突き出た。
「ブハァッッ!! 流石に死ぬかと思ったわい! おい墓間田、生きてるか!?」
泥まみれになりながら這い出てきた烈子は、未だに元の美しさを保った顔で息を荒くした。
「なんとか……。でも、骨は16本は折れてますね……」
その横から、息も絶え絶えに這い出してきた墓間田が、痛みに顔を歪めながら苦笑する。
「ガハハ! 命あってのなんとかじゃ。クソ教祖の野郎は……ふん、首の骨がぐんにゃり逝って、埋まっとるわい」
「まあ、どうせ法では捌けずに闇から闇に葬られる運命でしたからね、この醜悪な悪魔は。いや、悪魔にも劣る外道は……。でも、烈子さんだけに手を汚させるのはと思って一緒にブレーンバスターを掛けましたけど、まさか2人でよろけて窓を破って垂直落下に繋がるとは思いませんでしたね。はは、あぁ痛い……」
「もうそろそろ栞が車で迎えに来るから、それまでの辛抱じゃ! ほら頑張れ頑張れ!」
キキィィィッッッ!!! と激しいスキール音を響かせ、まだ改造される前の、地味な市役所の公用車が滑り込んできた。運転席から、血相を変えた此花栞が飛び出してくる。
「なんじゃ栞、そんなに慌てくさってからに! ワシらの勝利じゃい! ガキ共を縛り付けていた教団の悪意も、全部熨斗つけて地獄の底へ送ってやったぞ?」
「烈子さん、大変です……! ニュースを、ニュースを見てください!」
栞が差し出したスマートフォンの画面の中では、ニュースキャスターがパニックに陥りながら、日本列島を襲った突如として発生した「巨大地震と津波」の影響を絶叫していた。
「おかしい……。クソ外道は首の骨が折れて、身長もだいぶ縮んであそこに埋まっとるのに、なぜ地脈が暴れとる……?」
烈子はハッとして、不気味に黒い瘴気を噴き上げ始めた教団本部の屋上を鋭く睨みつけた。
「……リャンメンスクナ……。術師である教祖が死んでもなお、術式が単独で動いとる。拉致された子供たちの怨念を吸って、すでに『完成』しとったんか……!」
「どうしましょう……一度撤退しますか!?」
眼鏡を曇らせ、焦りを見せる栞。
「栞、ワシがそんなことで尻尾を巻いて逃げるか? この震災は明らかにアイツの仕業だ。それくらいアイツの放つ呪いはヤバい。……ワシが今から行って、直接話をつけてくる。栞は墓間田を病院へ連れていってくれ」
「でも……!」
「足手まといとかそういう意味じゃない! 墓間田ももう虫の息だ。頼む、栞」
「……っ。はい。どうか、お気をつけて……!」
「よぉし!」
烈子は、骨折した墓間田を車に乗せる栞を見届けると、ゆっくりと教団本部ビルへと向き直った。その瞳からは、巫女としての霊光が、怒りの炎となってパチパチと弾けていた。
「生まれたての呪いの王子様と、ここからは“ステゴロ(素手)”で行くとしようじゃねぇか……!!」
ポキポキポキ……と、自分の両手の指を鳴らしながら、愛する現世と、子供たちの未来を守るため、烈子はたった一人で、黒煙の渦巻く教団本部の闇へと再び舞い戻っていくのだった──。




