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地獄の値上げしたら絶対下げしない幽霊4

「賃上げ! 賃上げ! 800億を勝ち取るぞォォオオ!!」


市役所1階ロビーを占拠した烈子課長のシュプレヒコールは最高潮に達していた。その圧倒的な声量とメスゴリラのカリスマ性に当てられ、物価高に喘いでいた一部の他部署の職員までもが、涙目で「そうだ! 800億にしろーっ!」と横断幕を持ち始める始末。完全に市役所が機能停止に向かっていた、その時。

──ピンポンパンポ〜ン……

突如として、全館のスピーカーから緊張感のないチャイムが鳴り響いた。


『あー、テステス。マイクテスト……。本日は曇天なり、本日は曇天なり〜』

市役所中に響き渡ったのは、あの幽霊成仏課の聖(ひじり)課長のとろけるように甘い声だった。


「チッ……!!」

烈子課長がゲバ棒を担ぎ直したまま、天井のスピーカーを睨みつける。


「おどりゃあ……!! 放送室にも手の者(プロ市民幽霊)を回して封鎖しとったはずなのに! あのクソハゲ市長の野郎、成仏課の淫売に頭を下げおったな!?」


『あー、鬼怒川課長と、その愉快な仲間たちに告ぐぅ〜。今すぐシュプレヒコールをやめて【統括】しなさい! ──あ、あらごめんなさぁい♪ 【投降】しなさいの間違いよぉ〜? もう私ったらテヘペロね?コホンーーさもないとぉ、我が成仏課の精鋭たちが、貴方たちをバチボコにしちゃうわよぉ〜? ウフフ♪』


スピーカー越しに、おっとりと自分の言い間違いを訂正して微笑む聖課長。しかし、その声の芯にある殺気は本物だった。


「おどりゃ性子(しょうこ)ォォオオッッ!! 市長ごときの権力に屈してワシらの邪魔をしくさるとは!!どこまで情けない女じゃワレェ!! 徹底抗戦じゃ!! お前ら、戦闘準備をしろッ!!」


烈子課長はメガホンをひったくって怒号をぶち返すと、工事用ヘルメットの紐をギチギチに締め上げ、後ろのプロ市民幽霊たちに鋭い視線を送った。


「いいか野郎ども!! 上から降ってくる成仏課の連中はな……そこらの機動隊より遥かに手強いぞ!! 命が惜しくば、死に物狂いでゲバ棒を振るえいッ!!」


「「「異議なしィィィイアアアッッッ!!!」」」


次の瞬間、屋上へと続く吹き抜けの階段から、白い法衣や神聖な対魔装備を纏った幽霊成仏課の職員たちが、死んだ魚のような目でゾロゾロと降りてきた。その最前線には、真壁を『合法的に保護(監禁)』する妄想で目が完全にキマっている魔子ちゃんの姿がある。


「真壁君……今、助けてあげるからねぇ……」


「ひ、ひぃぃぃん!! 魔子ちゃんの目が、聖課長と同じ目をしているぅぅうう!!」


市役所のロビーを舞台に、地方公務員同士の、地方公務員による、地方公務員のための血で血を洗う大乱闘が、ついに幕を開ける──!!

激突の瞬間、市役所1階ロビーはさながら世紀末の闘技場──否、【大乱闘市役所場所】へと変貌を遂げた。


「オラァッ! 体制の犬どもがぁぁあ!」

ゲバ棒を振り回すプロ市民幽霊たち。しかし、毎日幽霊たちの怨念と未練を物理で処理し続けている幽霊成仏課の精鋭たちの強さは、文字通り「無慈悲」の一言だった。


最新型の幽霊捕獲掃除機が凄まじい爆音を立て、数と隊列を頼りにしていたプロ市民幽霊たちが「総括ゥゥウウ!」と断末魔を上げながら次々と吸い込まれていく。


そんな大混戦の最中、床に転がっていた真壁は、信じられない恐怖に直面していた。


「あっ、ちょっ!? 僕のズボン下ろしてるの誰!? 魔子ちゃん!? 魔子ちゃんやめて!! 目を覚まして! どこを合法的に保護しようとしてんのォォオオッッ!!」


目が完全にキマった魔子が、無言で真壁のベルトを外してズボンを力任せに剥ぎ取ろうとしている。真壁は涙目で絶叫した。

一方、ロビーの正面では、烈子課長と聖課長が完全に足を止め、凄まじい風圧とともに拳と拳で殴り合っていた。


「おどりゃ性子ォォオオッ!!」

「ウフフ、烈ちゃん、フォームが崩れてるわよぉ〜?」


だが、プロ市民幽霊たちの全滅の悲鳴が響いたその一瞬、烈子課長の意識がわずかに逸れた。その隙を、聖課長の神聖なオーラをまとった左ストレートが完璧に捉え、烈子課長の強固な顎を激しく揺らした。


「お……ど……れ……」

烈子課長は白目を剥き、口から盛大に涎を垂らす。

──だが、倒れない!!

膝を折ることなく、【鬼怒川烈子は、白目を剥いたまま、仁王立ちの状態で気絶】していた。


「あらぁ♪ 気絶しても倒れないなんて、相変わらずしぶといわねぇ。でも、私の勝ちねぇ〜、肋骨は七本折れたけど、これで7勝7敗3分で並んだわぁ、うふふ」


その瞬間、吹き抜けの2階や物陰から、凄まじい歓声と悲鳴が同時に沸き起こった!!


「よっしゃあァァァアア!! 聖課長の勝利だァァアア!! 倍率2倍勝ち取ったぞォォオオッッ!!」


「うおおお! 今日は生ビールだァァアアッッ!!」


成仏課の勝利に全財産を賭けていた他部署の職員たちが、狂喜乱舞しながら手元の【謎のチケット】を天に突き上げている。その傍らでは、復帰課の勝利(あるいは引き分け)に賭けていた職員たちが、チケットをバラバラに破り捨て、床に膝をついてガチで泣き崩れていた。


そう。この幽霊社会復帰課と幽霊成仏課による「年に一度の大抗争」は、市役所全職員が給料をブチ込む臨日の『裏賭博』の対象とされていたのだ。


(……やっぱり、この市役所の奴ら、全員狂ってる……!!)


赤子の頭ほどもあるバカデカい数珠を持った成仏課の職員に脳天をボコボコに殴られながら、真壁は世界の真理に到達した。彼はせめてもの抵抗として、暴走魔子ちゃんにすべてを剥ぎ取られないよう、自分のパンツのゴムを両手でむんずと掴みながら、静かに意識を失い気絶した。


なお、ロビーの隅では、復帰課の勝利に全ベタして大ハズレをかました栞さんが、ケツを拭く紙にもならないゴミ屑と化したチケットを握りしめ、無表情のまま、パタンと静かにノートパソコンを畳んでいた。


その後、市役所を占拠した暴徒の首魁として、立ったまま気絶していた烈子課長はそのまま駆けつけた警察官たちによって連行されていった。

──それから3日後。


釈放され、地下オフィスへと復職してきた鬼怒川烈子課長の姿がそこにあった。

だが、留置所で3日間にわたりアルコールとニコチンを完全に遮断された彼女の姿は、いつもの威圧感など微塵もなく、シワシワに萎縮し、まるで【有名アニメの黄色い電気ネズミ】のようになってデスクに腰掛けていた。


「……あー。真壁……おにぎり……1個200円は……やっぱり、高いよなぁ……」


「課長が……課長が普通の人間に退化しちゃったァァァアアッッッ!!!)」


物価高への怒りから始まったストライキ闘争は、聖課長の完全勝利、市役所の闇賭博の開帳、そして課長の健康体化というあまりにも切ない結末を迎えて幕を閉じるのだった──。

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