地獄の本土防衛戦3
「ぼ、ボス! 助けてボス!!」
床に転がった悪魔たちが、涙目でクラブの奥へと叫ぶ。
重々しい足音と共に、VIPルームのさらに奥から姿を現したのは、禍々しい赤い甲冑に身を包み、圧倒的な絶望の魔力を放つ上位悪魔──ソロモン王72柱の地獄の公爵『エリゴール』であった。
「フン……お前が噂のデビルハンターか?」
「はぁ? そんなカッコいい名前で呼ばれてる記憶は無ぇけど、お前らの首を刈る死神で間違いねぇよ?」
烈子課長はタバコの煙を気怠げに吐き出すと、禍々しい十字架を肩に担ぎ直した。
「ワシのシマから全員連れて今すぐ出て行くなら、ここまでにしてやるけど? まだやろうってんなら不法滞在どころか、コキュートスまで垂直落下で堕としてやんよ?」
「生意気な人間のメスよ? いくら貴様が強くても我はソロモン王72柱序列12番!60の軍団を率いる地獄の公爵!格が違うの──」
ドッガァァァァァンッッッ!!!!!
「グヘェッ!?」
名乗りの途中、エリゴールの顔面に烈子課長の重い右ストレートが容赦なくめり込んだ。赤い甲冑の兜が「ミシミシッ!」と嫌な音を立てて激しく歪む。
「あ? あんまり隙だらけだから殴ったけど、なんだ? ハンデか? 舐めてんのか? お?」
「おごぉ、か、兜が歪んで取れない……! お前達、なんとかしろ!」
公爵の威厳ゼロで右往左往するエリゴールに、部下の悪魔たちが慌てて群がる。
「へ、へい!エリゴール様! ──ぬ、抜けない!」
「痛い痛い痛いストップストップ! 耳が取れちゃう!」
「あぁ、すいやせんボス!」
その様子を冷ややかな目で見ていた烈子課長が、のっそりとエリゴールの前に歩み寄った。
「ワシが取ってやるよ?」
「へ? あ、やめ──」
「ふんっ!!」
ボギッ! ブチッ! ブシューーーーッッッ!!!
烈子課長が力任せに引き抜いた瞬間、エリゴールの兜ごと「首」が酷く雑な断面で捥げ、天井に向かって悪魔の汚れた黒い血が勢いよく噴き出した。
主人を失った胴体は、数秒ほど床でガクガクと痙攣したのち、完全に動きを止めた。
捥ぎ取った兜を「ぺっ」と床に投げ捨て、鬼怒川烈子課長が返り血を浴びた般若の顔で大声で叫んだ。
「びっくりするほどユートピア!!!」
「うわぁぁぁぁ!! 言葉の意味はわからんが、クレイジージャップ!!! カミカゼ!!! タスケテェェェエエエ!!!」
地獄の公爵を一瞬で肉体的に成仏させた公務員の姿に、残された悪魔たちは完全に戦意喪失。泣き叫びながら一斉に国外逃亡をはかろうと出口へ殺到した──が。
「おっと、ここから先は通行止めだコン」
「不法入国の容疑での身柄拘束です、大人しくしてください」
出口では、美男子の姿の三尾の白狐様が放つ神気の障壁と、栞さんの迅速なロープ捌きが待ち構えていた。
逃げ場を失った悪魔たちは一網打尽にされ、全員が『幽霊社会復帰課』へと連行されるのだった。
◇
その後、市役所の地下オフィス。
怪異の力を遮断する魔法陣の中に閉じ込められた不法滞在悪魔たちは、三日三晩に及ぶ鬼怒川課長の直々の「ご指導ご鞭撻(物理的かつ精神的な教育)」を受けることとなった。
「ヒィィィ、もう無理デース! 心がすり減って消えそうネ!」
「ジャパン、治安良いけど役所が一番邪悪デェェェエス!!」
完全に調教され、牙を抜かれた悪魔たち。
彼らの「人間を誘惑し、快楽によって理性を失わせて堕とす」という本来の恐るべき魔力は、栞さんの悪魔的(悪魔以上)なビジネス手腕により、逆に利用されることとなった。
すなわち──【深夜のワンオペに苦しむ24時間チェーンの飲食店やコンビニへの、超人的な笑顔と体力を持つ従順な労働力としての派遣】である。
悪魔たちの派遣料は、その圧倒的なタフさから市場では「時給1500円」と高額で取引されたが、彼らに支払われる実質的な給与は【時給666円】
そして、その差額である【時給834円】は、すべて鬼怒川烈子課長のポケットへとダイレクトに天引きされ、毎晩のレモンサワーとタバコ代へと消えていくのであった。
こうして、不法滞在の西洋悪魔どもは日本の夜の経済を支える歯車として綺麗にリサイクルされ、この市には再び平和が訪れた。
「いやぁ、烈子。今回のカチコミは実に見事だったよ。日本の妖怪たちの面目も保たれたコン」
美男子から再び手乗りチワワサイズへと戻った三尾の白狐様は、烈子課長の膝の上で、高級な油揚げをモグモグと食べながら嬉しそうに尻尾を振っていた。
「フン、一個貸しだからな、変態狐。……つーか栞、これマジでノミついてねえだろうな?」
「大丈夫です課長。今朝、私がフロントライン(ノミ駆除薬)を投与しておきましたので」
「コン!? 痛かったコン!あの注射!!」
それから数日の間、チワワ狐様は復帰課のオフィスで、烈子課長に顎の下を撫で回され、栞さんにおいしいエサを与えられ、復活した真壁くんや魔子ちゃんに抱っこされ、散々に愛でられて満足したのち、社へと帰っていったのだった。




