地獄の引きずり魔1
梅雨時の激しい雨が降る、薄暗い夜の住宅街。
聖魔子とのデートの帰り道、駅へと向かっていた真壁霊は、路地裏の軒下で激しく濡れながら鳴いている、小さな捨て猫を見つけて足を止めた。
「みゃー、みゃー」
「あぁ……ごめんな? うち、アパートがペット禁止なんだよ。それに仕事柄、家に帰れない日も多いし……本当、ごめんな?」
真壁は申し訳なさそうに猫の頭を撫でると、自分が差していたビニール傘をそっと猫の箱の上に立てかけ、自らは雨に濡れながら、足早にその場を立ち去った。
しかし、その優しい独り言が、夜の闇に潜む「別の何か」を呼び寄せてしまった。
曲がり角を曲がった、その瞬間。
街灯の鈍い光の中に、白い着物を着た長髪の巨大な女が、音もなく立っていた。
「いじめっこ……みーつけた……ふふふ……」
「ひ、ひいいいいいーーーっっっ!? ひきこさんだぁぁぁぁ!!!」
平成を震撼させた最凶の引きずり魔と対面し、真壁の顔面が引きつる。
「違う違う! 僕はいつも課長にいじめられてる方の被害者なんですぅぅぅ!! うわぁっ、痛い痛い痛い! やめて! 引きずらないでぇぇぇぇ!!!」
真壁の弁明など聞く耳持たず、ひきこさんは真壁の両足を強靭な怪力で掴むと、そのままアスファルトの上を「ズリズリズリズリッ!!」と猛スピードで引きずり回し始めた。
◇
一方、少し前に真壁と別れて駅の改札へ向かっていた聖魔子の耳に、雨音に混じって、聞き覚えのある情けない悲鳴がかすかに届いた。
「……ん? いまの、情けない悲鳴、真壁君の声?」
魔子は不審に思い、来た道を足早に引き返した。すると、先ほどの路地裏で、小さな子猫の箱に、真壁の傘が綺麗に差してあるのを見つけた。
「もう……真壁君ったら、そういうところが好きなのよ! まったくもう! ふ、ふんっ!! ──って、違う違う! あの無駄に不幸体質な男のことだから、また変な怪異に巻き込まれてる気がする! 助けなきゃ!」
魔子が住宅街の奥へと駆け出すと、悲鳴はどんどん大きくなっていった。
『助けて〜〜! 魔子ちゃ〜〜ん!! 課長〜〜! 栞さーーーん!!!』
「真壁君! あんた、何やってるのよ!?」
魔子が角を曲がると、泥まみれになって引きずられている真壁の姿が目に飛び込んできた。
「って言うか、その長髪女! この泥棒猫ォッ!! 私の真壁君をそこから離しなさいよ!!」
魔子は嫉妬と怒りに顔を真っ赤にしながら、タイトスカートの太もも裏のホルスターから、中二病全開の儀礼用ナイフをジャキッと引き抜いた。そして、引きずり回されている真壁を救うため、ひきこさんの長い髪の毛めがけて思い切り切りかかった。
ザシュッ!!!
手応えと共に、ひきこさんの不気味な長髪がバサリと切り落とされる。
「やったわ!」と魔子が微笑んだのも束の間、切り裂かれた髪の隙間から露わになった「ひきこさんの顔面」を見た瞬間、二人の心臓が凍りついた。
女の顔面には、黒く焼け焦げた封印と書かれた「お札」が、皮膚の隙間もないほどびっしりと張り付いており、その隙間から狂気的な目玉がギョロリと二人を睨みつけていたのだ。
「ひ、ひぃ……っ!?」
あまりのガチホラーなビジュアルに、魔子と真壁は揃って濡れた路面に腰を抜かした。
「悪い子……また、みーつけた……」
ひきこさんの焼け焦げた顔が歪み、今度はターゲットを魔子へと変更した。その冷たい怪力が魔子の細い両足をガシィッ!と掴み取る。
「や、やめて……! いやぁぁぁ! 痛い痛い! 引きずらないでぇ!」
「やめろ! 魔子ちゃんを離せッ!!」
真壁が必死にひきこさんの腕に掴みかかるが、怪異特有の圧倒的な怪力の前には、人間の力などなす術もなかった。ズルズルと、二人はまとめて雨の路面を引きずられていく。
「いやあああああーーーっっっ!!」
万事休す。成仏課の箱入り娘と復帰課のシモベが、同時にボロ雑巾にされる──そう確信した、その瞬間だった。
雨夜の住宅街の静寂を完全にパッパラパーにする、けたたましい、暴力的な金属音の爆音が響き渡った。
──バリバリバリバリバリバリバリバリッッッ!!!!
強烈なCCISの焦げた臭いと、周囲を真っ白に染め上げるほどの大量の白煙。
ヘッドライトの光の中に現れたのは、ヨレヨレのタンクトップを翻し、口にタバコを2本まとめて咥えた鬼怒川烈子課長──そして、伝説の【JTハイライトカラー】に全塗装された怪物マシン『SUZUKI RGV250γ』だった!
※CCISがわからない大きなお友達は、バイク好きの友人に聞いてみようね☝️




