地獄のキャンプ3
「はい、飲んで飲んで飲んでぇ〜! 飲まないなんて言わせない、はーいズズズのズーッ!!」
「ちょっと課長、イッキコールのクオリティが無駄に高すぎますってば!」
血脈高原キャンプ場の夜は、烈子課長の現役ホストも真っ青なコールと、栞さんが熾した美しい焚き火の炎によって、異様な盛り上がりを見せていた。
しかし、宴もたけなわとなった頃、お酒にあまり強くない魔子が、ウトウトと気持ち良さそうにベンチで眠りに落ちてしまった。
「あ、魔子ちゃん寝ちゃった。山の夜は冷えるし、毛布をかけてあげないと……」
真壁が優しく毛布を広げ、魔子の肩にかけようとした、その瞬間。
パチィィィン!!! と、魔子の両目が狂気的に見開かれた。
その瞳のハイライトは完全に消失し、口から出たのは、魔子の声ではない「おぞましい複数の老女のような裏返った声」だった。
「ハ イ レ タ……ハ イ レ タ……テ ン……ソ ウ……メ ツ……」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっっ!?!? 魔子ちゃん!? 何その喋り方、顔が怖いよおぉぉぉ!!」
あまりの恐怖に腰を抜かして尻餅をつく真壁。それを見た烈子課長が、手元の一升瓶を叩きつけてガタッと立ち上がった。
「おぉッ! 来た来た! こりゃ山の怪異の定番、『ヤマノケ』じゃい!! ただ、この禍々しい霊気の量……一匹じゃねぇな? 栞!!」
「はい。器が足りませんね。追加します」
「え? 追加って──ぶふぉっ!?」
栞さんが無表情のまま真壁の髪の毛を後ろからガシィッ!!と鷲掴みにし、その口内へ、世界最強のスピリッツ【スピリタス(アルコール度数96度)】をボトルごと直接ブチ込んだ。
「ガハッ、の、喉が焼けるぅぅぅぅ!!」
あまりのアルコール度数に、真壁は脳の回路が一瞬で焼き切れ、白目を剥いてその場に気絶した。
霊的に完全に無防備(気絶)になった真壁の身体へ、周囲の闇から無数の黒い影が吸い込まれていく。直後、真壁の身体がガバッと跳ね起き、両目を見開いた。
「ハ イ レ タ……ハ イ レ タ……テ ン……ソ ウ……メ ツ……」
「ガハハハハハ!!! 大量じゃあ大漁じゃあ!! やはりここはヤマノケの群生地だったか! おい栞、一網打尽にするぞ!!」
「お任せください、課長」
その間にも、キャンプ場のあちこちのテントから、ヤマノケに意識を乗っ取られた若いリア充カップルたちがゾンビのように這い出てきて、お互いの首を絞め合ったり、自傷行為を始めたりと地獄絵図が広がっていく。
「おっとっとぉ! うかうかして聖のクソアバズレの娘(魔子)を傷物にでもしてみろ、一生あの淫乱シスターに頭が上がらんからな! オラァッ!!」
烈子課長は【神速の腹パン】を魔子の腹部へとクリーンヒットさせた。
「ふぐっ……!」と魔子はヤマノケごと強制気絶させられ、安全なテントの中へと放り込まれる。
そこからの烈子課長は、文字通りの『破壊神』だった。
ヤマノケに取り憑かれて暴れる総勢16名の若い男女に対し、ラリアット、ジャーマンスープレックス、パイルドライバーといった数々のプロレス技を容赦なく叩き込み、肉体側を物理的に完全無力化。
そこへすかさず栞さんが「怪異の力を遮断する特殊呪物ロープ」を爆速で巻きつけ、全員を即座に縛り上げた。
「よし、全員トラックの荷台に放り込め! 市役所の地下へ直送じゃい!」
烈子課長はキャンプ場のオーナーから「怪異退治のお礼」の厚い封筒をニヤニヤしながら受け取ると、何食わぬ顔で魔改造公用車に乗り込み、栞さんと共に引き揚げていくのだった。
◇
数日後。市役所の地下、幽霊社会復帰課の床に描かれた巨大な魔法陣の上には、ギチギチに実体化させられた無数の「ヤマノケ」たちが、烈子課長に竹刀でシバかれながら正座させられていた。
「えー、本日よりお前たちの『社会復帰』の派遣先が決定した。我が課の教育のもと、お前たちは全国の病院へ出向してもらう」
そう、ヤマノケの「人間の体を乗っ取って無理やり動かす」という最悪の怪異特性は、烈子課長と栞さんの悪魔的ビジネスセンスにより、【半身不随や麻痺を患う患者の体を、霊的エネルギーで強制的に動かす最先端のリハビリテーション動力源】として矯正されたのだ。
この画期的な(?)リハビリビジネスは、全国の富裕層の病院から「非常に高額なレンタル料」として幽霊社会復帰課の裏予算を潤すこととなった。
なお、巻き込まれた若い男女16名は、「集団ヒステリー」という至極一般的な現代医学の病名のもと、精神病院へと一括で搬送され、事態は完全に隠蔽された。
◇
「……で、なんで僕たちだけ病院にも送られず、あんな山奥に置き去りにされたわけ!?」
週末。現世のお洒落なカフェのテラス席で、真壁は頭に包帯を巻いた姿で、同じくお腹に湿布を貼った魔子に向かって愚痴をこぼしていた。
「本当よ! 鬼怒川課長、私にまで本気の腹パン入れてくるなんて信じられないわ! ……まぁ、でも、お陰でこうして改めて、真壁君と『普通』のデートができたから……その、いいんだけどさ……」
魔子はストローを指で弄びながら、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「魔子ちゃん……うん、そうだね。終わり良ければ全て──」
「あらあら、お二人さん? ずいぶんと楽しそうですわねぇ?」
背後から、凍りつくような「聖母の微笑み」の声が響いた。
振り返ると、そこには私服姿でありながら、両目のハイライトを完全に消失させた成仏課のトップ──聖課長が立っていた。
「ま、ママ!?」
「聖課長! な、なんでここに!?」
「真壁君? 私の大事な魔子ちゃんに手を出すなんて、100万年早いのよぉ。……どうしても、どうしてもっていうなら……」
聖課長は妖艶に微笑み、真壁の耳元でどろりとした、しかし本気の声で囁いた。
「娘とする前に、まずは母親の私を抱きなさい……!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっっ!?」
「な、何言ってんのよママァァァアアアッッッ!!!???」
顔を沸騰しそうなほど真っ赤にした魔子が立ち上がるが、聖課長はハイライトの消えた目で真壁を凝視したまま、冷酷に、しかし艶っぽく言い放つ。
「当然でしょう? 私を満足させられない男に、魔子は渡さないわよ!」
「失せろ! !淫乱熟女ーーーーーっっっ!!!」
魔子の魂の絶叫がカフェのテラス席、ひいては遠く血脈高原の空へと木霊し、真壁が泡を吹いて卒倒するところで、画面は無情にも暗転するのだった。




