地獄の妖怪猫背男2
ドゴォォォン!!!
市役所の勝手口の扉が凄まじい勢いで蹴り開けられた。
「出たなァァアアッ! このクソボケの業務妨害虫がァッ!!」
現れたのは、実業団のプロランナー顔負けの、美しいハイストライドのフォームで猛突進してくる烈子課長だった。その後ろからは、一切息を切らさずに涼しい顔をした栞さんが並走してきている。
「お? 鬼怒川ぁ〜! 俺だよ俺!此花も一緒か? うぃ〜〜い」
迫り来る猛獣のような二人の姿を見てもなお、猫背のおっさんはへらへらと笑いながら、親しげにハイタッチを求めるように両手を差し出した。
「ワシの業務を増やした罪、その五体で購えやぁぁあッ!!」
烈子課長はハイタッチに応じるフリをして、おっさんの両手をガシィッ!と力比べのように掴んだ。凄まじい握力が骨を軋ませる。
──バキバキバキバキッッッ!!!
「ぎゃああああああーーーっっっ!!! 烈子やめろ! ギブギブ! 指折れてる、折れてるって!! 栞も! 霊も止めろよ! 」
おっさんが涙目で絶叫するが、真壁と栞さんは無言で一歩下がり、完全に「見て見ぬ振り」を決め込んだ。
あまりの激痛に、おっさんがガクリと地面に膝をついたその瞬間。
烈子課長は軸足を鋭く踏み込み、おっさんの剥き出しになった顔面めがけて、必殺の【シャイニングウィザード】をクリーンヒットさせた。
「ぶふぉっ!?」
おっさんの身体は木の葉のように宙を舞い、アスファルトの上を数メートルほど激しくゴロゴロと転がっていった。
烈子課長はフゥーッと肩で息をし、拳をポキポキと鳴らしながら、倒れたおっさんを見下ろした。
「……チッ、手応えのねぇ妖怪だな。……ん? あれ? これ……妖怪じゃねえな? 殴った時の肉の潰れる手応えが、完全に人間じゃねえか」
転がっているおっさんを、栞さんがローファーの先でツンツンと突っつく。
「……そのようですね。呼吸が完全に人間のそれです」
「あわわわわわわ!!! 課長! 栞さん!! おっさんの首が変な方向いてますよ!? 嫌な呼吸音っていうか、これ、意識不明の時のいびきが出ちゃってますよォォオオオ!!!」
真壁が半狂乱で叫び、おっさんの心臓の音を確認しようと駆け寄る。
一般人を公務員が全力でボコボコにして致命傷を負わせた。その、あまりにも重すぎる「国家公務員法違反」および「傷害罪」いや「殺人未遂」の現実に気づいた瞬間。
鬼怒川烈子課長は、サッと自分の両手を引き締められた自慢の尻へと当て、ぴしゃんと小気味良い音を立てて叩いた。そして、澄ました顔で言い放った。
「……び、びっくりするほどユートピア!」
そう叫ぶや否や、烈子課長はプロ顔負けのストライドで再び走り出し、夜の闇の彼方へと一瞬で逃亡していった。
残されたのは、静まり返った裏路地と、虫の息のおっさんと、真壁、そして栞さんの二人。
栞さんは冷静におっさんのポケットから財布を抜き出すと、中の免許証を確認して淡々と読み上げた。
「佐藤勉、52歳。近所に住む、ただの情報通で馴れ馴れしいおじさんですね。真壁さん、この人を今すぐ地下の復帰課のオフィスへと連れて行きますよ」
「えぇっ!? いや、病院でしょ!? 今すぐ救急車呼ばないと死んじゃいますよ、これ完全に課長がやったんだから!!」
「いいから、早く!!」
栞さんが、普段の事務作業からは想像もつかないほどの冷徹で鋭い眼光で真壁を睨みつけた。
「……いいですか、真壁さん。よく聞いてください。この佐藤勉さんは……『悪意ある凶悪な怪異の被害に遭い、重傷を負わされた一般市民』です。我が幽霊社会復帰課は、その怪異を撃退し、彼を保護したのです」
「……え」
真壁は絶句した。
「なんというすり替え……悪魔的発想……っ!!」
そう、佐藤勉さんはただの馴れ馴れしいだけの無害な近所のおっさんだった。しかし、栞さんの超事務的隠蔽工作の手により、彼は一瞬にして「怪異による不可解な事件の被害者」として処理されることとなったのだ。
◇
翌日から、巷を騒がせていた「妖怪猫背男」の通報はパタリと止んだ。
それどころか、新聞やテレビのニュースでは、突如として湧き出た「政府の特大汚職事件」や「超大物芸能人の不倫スキャンダル」を追うのに血眼になり、猫背のおっさんの話題など、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗に揉み消されていった。
なお、鬼怒川烈子課長は、その事件の3日前から「長期の有給休暇」を取っていたため、最初から現場には居なかった。居なかった。
絶対に、居なかった。




