地獄の妖怪猫背男1
午後15時。市役所の地下にある『幽霊社会復帰課』のオフィスに、ようやく本日の一歩を踏み出した鬼怒川烈子課長は、実にもっさりと重役出勤を決めていた。
手にはすでに開封された缶のレモンサワー。それをストローでズズズ……と不機嫌そうに啜りながら、広げた夕刊の一面を睨みつけている。
「なになに? 『深夜、一人歩きしている人間に妙に親しげに話しかけてくる謎の怪異・妖怪猫背男、出没か?』だとぉ? ──ケッ! ただの不審なおっさんじゃねえかボケ! 警察に回せ警察にぃ!」
烈子課長が真壁の足元にツバを吐き捨てたその瞬間、デスクの上の黒電話がけたたましく鳴り響いた。
課長はサッと表情を取り繕うと、受話器を上げて世にもおぞましい「ビジネス用の猫撫でボイス」を発した。
「はぁ〜い、幽霊社会復帰課でぇす♡ 幽霊ですかぁ? 妖怪ですかぁ? ふむふむ、その『猫背男』の件につきましては、現在我が課で鋭意調査中ですのでぇ。えぇ、はい、どうぞご安心してお任せくださいねぇ、ウフフ♡」
ガチャリ。受話器を置いたコンマ一秒後、烈子の顔面が般若のように引きつった。
「舐めやがってあの本庁のクソ役人どもがァッ!! 絶対にただの不審者だろ! 警察の仕事だろうがよボケェ!? オラァッ!!」
ドンッ!!!
「あべっ!?」
意味もなく近くにいた真壁霊の頭を拳で小突く烈子。真壁は理不尽な衝撃に涙目で頭を抱えた。その横で、事務員の栞さんだけは無言で淡々とキーボードを叩いている。
「クソが、連日連夜この猫背男の電話ばっかりかかってきやがる! おい真壁! なんとかしろ! お前のその無駄に高いエンカウント率と不幸体質を使って、今すぐその猫背男をワシの前に連れてこんかいッ!!」
「は、はいぃぃっ!」
課長の剣幕に圧され、アテもクソもないまま市役所の外へと這い出てきた真壁は、トホホとため息を漏らした。
「はぁ……猫背男って言われても、どこを探せばいいんだよ……。ただでさえ僕、最近コストコの巨大クマに襲われて脳挫傷から退院したばかりなのに……」
その時だった。
薄暗くなり始めた市役所の裏路地から、妙に低くて、それでいてやたらと距離感の近い怪しい声が響いてきた。
「おい、真壁ぇ〜? うぃ〜」
「え!? だ、誰……っ!?」
真壁が怯えながら勢いよく振り返る。そこには、背中を極限まで丸め、ものすごい猫背でへらへらと笑う中年男性が立っていた。
「俺だよ俺〜。真壁ぇ、元気してたか〜?」
あまりにも馴れ馴れしく、親しげにディスタンスを詰めてくるおっさん。その瞬間、真壁の脳内にスピリチュアルな直感が閃いた。
(……待てよ。これ、幽霊でも怪異でもない。スピリチュアルな気配が1ミリもしないぞ。──ただの不審で馴れ馴れしいおっさんだコレ!!!)
しかし、一度烈子課長に下された命令は絶対である。ここで手ぶらで戻れば、自分の頭がレモンサワーの角で叩き割られる。真壁は意を決して、オフィスの烈子課長へとスマホで即座に連絡を入れた。
「課長! 居ました! 妖怪猫背男、確保しました!」
『デカした真壁ぇぇえええッッッ!!!』




