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はい、こちら幽霊社会復帰課  作者: 拝頼人
二章 地獄の実地研修編
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地獄の2人かくれんぼ3

「と、とりあえず屋上の成仏課に行けば、何か除霊グッズがあるかも!?」


市役所の暗い廊下を走りながら、魔子が叫んだ。


「わかった! 僕がここでクマを引きつけるから、魔子ちゃんは先に行って!」


「うん、真壁君も、き、気をつけてよね……っ!」


「ツンデレしてる場合じゃないよ!? 早く行って!!」


真壁は魔子を階段へと押し上げると、床で泡を吹いている警備員の田中さんの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。


「田中さん! 田中さん起きて! 化け物が来てるんだってば!」


「え……? 敏子……? 帰ってきてくれたのか……? ん? ──ぎゃあああああああーーーッッッ!!! 化け物ォォオオオオッッッ!!!」


ガタガタと暴れる田中さんだったが、時すでに遅し。

背後から迫った巨大コスコォクマの、無数の瞳が蠢く「深淵の口」の中へと、頭からズボォッ!!とダイレクトに吸い込まれてしまった。


「田中さーーーん!!!」


巨大クマの、綿が詰まったお腹の中から、こもった田中さんの声が聞こえてくる。


『敏子……敏子ぉ……ううっ……』


「うわ……終わった。人が死ぬとこ見ちゃったというか、これもう完全に殺人事件だよね!? 明日自首か……? でも、魔子ちゃんだけは絶対に助けなきゃ!」


腹を括った真壁は、狂ったように手を叩いた。


「こっちだクマ田中さん! ほらほら、こっちこっち! 僕を捕まえてみろ!」


真壁は市役所の左右にある階段を巧みに使い、上り下りを繰り返して巨大クマをグルグルと回して時間を稼ぐ。しかし──


「はぁ、はぁ、はぁ……っ! なんか、あのクマ……田中さんを飲み込んでから、さっきより明らかに足が速くなってないか!? 田中さん、現役時代は陸上部だったっけか!? 勘弁してよぉ!」


その頃、夜の成仏課のオフィスでは、魔子が「あれでもない、これでもない!」と、母親である聖課長のデスクの引き出しから、怪しげなガラクタを背後へポイポイと投げ捨てていた。


「あったわ! これよ!!」



「真壁君! 待たせたわね!!」


階段の踊り場で、真壁が息を切らして追い詰められたその瞬間。

上の階から、魔子が颯爽と現れた。腕を組み、仁王立ちで純銀のメリケンサックをハメた拳を構えている。


「魔子ちゃん! 助かった! 田中さんが中に──」


「私に任せて! クマの怪異なんて、これで一撃よ!」


魔子は階段の手すりを飛び越え、空中から巨大クマのフワフワの顔面めがけて拳を突き出した。


「くらえクマ吉! アルティメット魔子パーーーーンチ!!!」


──グシャッッッ!!!

巨大クマのお腹の中から、凄まじい絶叫が響き渡る。

『ぎゃあああああああーーーっっっ!!! 鼻がァァアアアッッッ!!!』


「効いてる! 効いてるわよ真壁君!」


「いや魔子ちゃん! それ、中にいる田中さんにダメージが入ってるだけじゃない!?」


パンチの衝撃は、フワフワの高級綿を素通りして、中にいる生身の田中さんの顔面に直撃していた。


激痛に暴れ回る巨大クマのぬいぐるみ。ナイフを持った腕をブンブンと振り回し、全く怯む気配がない。


「全然効いてないよぉぉおおおッッ!!」


「うわぁぁぁん!!」


有効な打撃手段を失い、階段の隅で抱き合って泣き出す真壁と魔子。


ナイフを掲げた田中クマが、二人をすり潰そうと迫り来る。


万事休す──そう思った、その時だった。


カツン、カツン、カツン……と、妙に千鳥足な靴音が、静かな廊下に響いた。

二人が涙目で目線を向けると、そこには──

頭にネクタイをハチマキのように巻き、右手にはお土産の「寿司の折詰」をぶら下げた、絵に描いたような酔っ払いの姿──鬼怒川烈子課長が立っていた。


「か……課長……ッ!!」


地獄に仏! いや、地獄の獄卒を統べる鬼ッ!


烈子課長はうぃ〜、と盛大にアルコール臭い息を吐きながら、怪訝そうに目を細めた。


「あぁん? なんじゃそのクマ公は? おん? 真壁ぇ? ワシはなぁ、明日出勤すんのが面倒臭いから、今日は朝まで田中さんと酒でも飲もうと思って戻ってみれば……おん? 若い男女が夜の市役所で乳繰り合いおってからに、あ゛あ゛?」


「違うんです! かくかくしかじかで、1人かくれんぼの怪異が田中さんを飲み込んで──!」


「ほぉ? ワシに内緒で、成仏課の小娘とコソコソ残業手当の申請をしとったとは、ええ度胸じゃねぇか。聖のクソアバズレの娘も、母親に似て生意気な……」


烈子課長がドスの効いた声で凄んだその時、巨大クマが「新たな食材」と認識したのか、烈子課長に向かってガバッと襲いかかった。そして、そのフワフワの巨体で、烈子課長をギューッと抱きしめた。


しかし、次の瞬間。


巨大クマの身体が、ビクンッッ!!!と激しく痙攣した。


「おんどれ……ワシが臭いっちゅうんか? こら?」

烈子課長が吐き出した、【レモンサワー・ハイボール・芋焼酎・ニンニク餃子・タバコ】が極限まで煮詰められた、一撃で現世の生物を気絶させるレベルの強烈な口臭が、クマの深淵の口へとダイレクトに逆流したのだ。


『お、オロロロロロロロロッッ!!!』


あまりの臭さに耐えかねた巨大クマが、勢いよく口から田中さんを床へとブチ撒けて吐き出した。田中さんは鼻をへし折られた状態でピクピクと震えている。


「誰に向かって抱きついとるんじゃワレェ!!」


烈子課長はジャンプすると、空中で巨体を翻し、巨大クマの脳天へ強烈な真空踵落としを叩き込んだ。


ドゴォォォン!と床のコンクリートがひび割れ、さらに間髪入れず、ひっくり返ったクマの両足を掴んで極限まで腰を反らせる【逆エビ固め】を極める!


『ギャァァァァァァアアアアッッッ!!!』


メリメリメリ!と10万円の高級ミシン目が悲鳴を上げ、中の綿と米が四方に飛び散る。やがて、完全に霊素を絞り尽くされたぬいぐるみは、ただの「ただの巨大なクマのゴミ」へと戻り、ピクリとも動かなくなった。


烈子課長は、ペッと床に痰を吐き捨てると、肩で息をしながら真壁と魔子の方を向き直した。


「た、助かりました課長! ありがとうございます!!」


「あの、鬼怒川課長、ありがとうございました……!」


──ゴンッッ!!!


「ぶへっ!?」

「あぶっ!?」


烈子課長の容赦のない超重量級のゲンコツが、真壁と魔子の脳天へ同時に真っ直ぐ振り下ろされた。二人は言葉を失い、白目を剥いてそのまま床へと崩れ落ち、綺麗に意識を失った。


烈子課長は拳をさすりながら、倒れた二人を見下ろして鼻で笑った。


「けっ、聖のアバズレには黙っておいてやるから、起きたら全部片付けとけよ、色ボケインピオどもが」


そして、足元で鼻血を流して倒れている警備員田中さんを爪先で突っつく。


「田中さん、起きろや。ワシの残った寿司の折詰を肴に、これから一杯付き合えや。あんたの奥さ……あ、元奥様(敏子)の話を肴になぁ? ガッハッハー!」


無理やり覚醒させられた田中さんは、目の前で赤ネクタイを頭に巻いて笑う烈子課長を見て、恐怖に顔を歪めた。


「きゃ、ぎゃあああああああーーーッッッ!!! 別の!別の化け物が出たぁぁぁあああッッッ!!!」


「あ゛あ゛? ──ゴンッッ!!!」


「あべしッ!」



翌朝。

静かな市役所のロビーで、頭から血を流して折り重なるように倒れている真壁、魔子、そして警備員の田中さんの3人が、出勤してきた清掃員によって発見され、救急車で一斉に搬送された。


診断の結果、3人とも見事なまでの「脳挫傷(全治一ヶ月)」だったそうな。

怪異には勝ったが、職場の上司には完全に敗北した、ある夏の夜の出来事である。

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