地獄の2人かくれんぼ1
「……真壁君、これ買って!」
「ちょっと魔子ちゃん!? これ、本当に買うの!? 値段見て、10万円だよ!? 10万円!!」
前回の「地獄新幹線・きさらぎ上越ライン無断マスタング暴走事件」で、聖課長からそれはそれはおぞましいお仕置きを喰らった二人。その「お詫び」という名目で真壁は週末のコスコォに連れ出され、魔子の買い物に付き合わされていた。
真壁が涙目で指差す先には、カートを完全に占領している、人間の大人よりも遥かに巨大なアメリカンサイズのクマのぬいぐるみが鎮座している。
「私はね、これで『1人かくれんぼ』がしてみたかったの! むふーっ!」
魔子がフンスと鼻を鳴らして胸を張る。
「や、病んでるよ魔子ちゃん……。そんな呪われる気満々の危険な遊び、こんな巨大なクマでやろうとするのさ……」
「大丈夫よ。ちゃんと成仏課の残業申請は出しといたから。今日の夜、閉庁後の夜の市役所で一緒にやりましょ?」
「嫌だよ!! 怖いもん! 1人かくれんぼなんて本当に怪異が来たらどうするんだよ!」
真壁が本気で拒絶すると、魔子は一瞬だけ寂しそうな顔をして、すっと真壁の袖を小さな手で掴んだ。そして、長いまつげの瞳で、じっと上目遣いに真壁を見つめてきたのだ。
「……だめ? 一人は、怖いの……?」
ドクン、と真壁の心臓が跳ね上がった。
(うっ……悔しいけど、この子も普段の狂暴な言動さえなければ、めちゃくちゃ顔の整った美人なんだよな……!)
女の子の可愛いおねだりに、22歳の童貞男子の理性が一瞬で粉砕される。
「……わ、わかったよ、やるよ! やればいいんでしょ! でも、本当に危なくなったらちゃんと魔子ちゃんが助けてね? 僕は霊感はあっても、怪異を祓う能力とかは一切ないんだからね?」
「ふふ、ありがとう。……でも、それは私も同じよ?」
「え?」
真壁の動きがピタリと止まった。
「え?」
魔子がおっとりと首を傾げる。
「え……いや、だって魔子ちゃん、いつもタイトスカートの裏とか体のあちこちに、見るからに禍々しい呪術的な儀礼用ナイフとか、対怪異用の暗器をたくさん仕込んでるじゃない。」
「うん。だってアレ、カッコいいから!」
「え?」
「え?」
「ええええええええーーーーーっっっ!!!???」
コスコォの天井に、真壁の絶望の叫びがこだました。
成仏課の最終兵器(だと思っていた女の子)は、ただの「形から入るタイプの厨二病」だったのだ。霊的な戦闘力は、まさかの一般人に毛が生えたレベル。
◇
──そして、同日。【深夜2時・夜の市役所】。
静まり返った市役所の地下通路。
米を5kg詰められ、赤いロープでぐるぐる巻きに縫合された、10万円の巨大コスコォクマが、薄暗い多目的トイレの便器の上にドカリと座らされていた。そのすぐ横の手洗いには、なみなみと水が張られている。
「じゃあ……始めるわよ、真壁君。ナイフは私が持つから、あんたはこれ持って」
魔子が真壁に手渡したのは、市役所の給湯室から持ってきたプラスチックのコップに入った「塩水」だった。
午前2時。市役所のすべての電気が落とされ、非常灯の不気味な緑色の光だけが廊下を照らす中、魔子が巨大クマを見下ろして冷酷に言い放つ。
「最初の鬼は魔子だから。……最初の鬼は魔子だから……。最初の鬼は魔子だから」
魔子がクマの腹にナイフを突き立て、おぞましい儀式が始まった。
「次は、クマ吉が鬼だから」
パチッ、と多目的トイレの電気が消され、真壁と魔子は手を繋いで、暗黒の幽霊社会復帰課のオフィスへと猛ダッシュで逃げ込み、デスクの陰へと身を潜めた。
テレビモニターの砂嵐の音だけが夜の市役所を支配する。
──ドサリ。
通路の向こう、多目的トイレの方から、
綿と米がギチギチに詰まった「10万円分の巨体」が、這い出てくる重苦しい音が響いたのは、それからわずか数分後のことだった。




