地獄の超特急3
新幹線は、異界の漆黒を切り裂きながら、どんどん加速していく。
デッキのドアの上にある液晶ディスプレイには、次の停車駅の案内が表示されていた。
『まもなく、還らず、還らず。乗客の皆様の魂は、すべて当車両の燃料として美味しく回収されます』
「やっぱりあの世行きじゃん!!」
真壁は完全に理性を失いかけ、とりあえず新幹線の中をあてもなく彷徨い始めた。
いくつかの車両を通り抜け、最後尾にある「食堂車」のドアを開けた瞬間、真壁は自分の目を疑った。
「……う、あ……」
そこでは、顔のパーツが歪んだ怪異たちが、楽しげにナイフとフォークを使い、テーブルの上の「明らかに人間だったもの」を貪り食っていた。血と内臓の臭いが、狭い車内に立ち込める。
「おろろろろろろろろ」
限界を迎えた真壁は、その場で胃液をすべてブチ撒けた。
その音に気づいた食堂車の怪異たちが、一斉にギチギチと首を鳴らして真壁を振り返る。
『あら……新しい食材かしら……?』
『新鮮な肉だ、捕まえろ……』
「ひぃぃぃぃぃぃっっ!!」
真壁は慌てて反転し、先頭車両へと向かって猛ダッシュを開始した。背後からは、包丁やフォークを持った怪異たちが、恐ろしいスピードで追いかけてくる。
「そうだ、これ!!」
真壁はポケットに手を突っ込み、地獄の飲み会の直前、烈子課長から「これで清めてこい」と手渡されていたアイテムを引っ張り出した。
【伯方の塩(メキシコ産)】の小袋である。
「食らえ、日本の塩パワーーーーッ!!」
真壁がメキシコ産の塩を中身ごと派手にブチ撒くと、床に一瞬だけ光の結界が張られ、怪異たちが「ギャアアアッ! 清められるぅぅう!」と怯んだ。その隙に真壁はさらに前の車両へと逃げ込む。
しかし、別の座席から伸びてきたドロドロの腕が、真壁の足首をガシィッ!と掴んだ。
「うわっ、離して!」
引きずり込まれそうになったその時、背後からドスの効いた声が響いた。
「ヌルポォォオオオッッ!!!(激怒)」
現れたのは、先ほどの「通話マナーおじさん」だった。おじさん怪異は、真壁の足を掴んでいた怪異の顔面を強烈なストレートで殴り飛ばすと、壁にあるステッカーをビシッと指差した。
そこには【ストップ! 痴漢。卑劣な犯罪を許さない】の文字。
「ギョポォ……(早く行け)」
おじさん怪異は真壁に顎をしゃくって先を促した。
「あ、ありがとうございます……!!(良い人……なのかな!?)」
マナーの鬼に救われつつ、真壁はついに最前線の先頭車両、運転席へと飛び込んだ。しかし、そこには運転士の姿はなく、計器類が勝手に怪しい紫の光を放って暴走を続けていた。完全に制御不能の無人新幹線である。
その時、スマホに魔子からの通話が再び飛び込んできた。
『真壁君! 聞こえる!? 今すぐ外を見て!!』
「え!? 外って……」
真壁が運転席の分厚い車窓から横の景色を見た、その瞬間。
魔界新幹線のモーター音を掻き消すほどの、凄まじい「V8エンジン」の爆音が鳴り響いた。
異界の線路と完全に並走する形で、漆黒の闇の中を、ヘッドライトを激しくパッシングさせながら爆走する一台の車があった。
聖課長がこよなく愛する愛車、マスタングGT500である。そして、そのハンドルを、鬼のような形相で握り締めているのは──聖魔子だった。
『窓を開けて飛び乗って!!』
「無理だよ魔子ちゃん! 新幹線の窓は開かない構造になってるんだよ!」
『男なら気合いで割りなさいよ! 新幹線のシートはレバーを引けば外れるから、その底にある金属の金具を使ってガラスをブチ叩くのよ!!』
「そんな脳筋な──やるしかないかぁぁあ!」
真壁は近くの座席のシートを火事場の馬鹿力で引っこ抜き、剥き出しになった鉄製の金具を、車窓の強化ガラスに向かって渾身の力で叩きつけた。
ガシャァァァン!!!
時速270キロの強烈な風圧が、車内に吹き荒れる。
真壁は割れた窓枠に足をかけ、すぐ横をピッタリと並走するマスタングの助手席を見つめた。
『跳びなさい、真壁君!!』
「うわあああああああああッッッ!!!」
真壁は目を瞑り、時速270キロでの決死のダイブを敢行した。
激しい衝撃と共に、真壁の身体はマスタングの開け放たれた助手席へと滑り込み、シートに強く叩きつけられた。
「……痛たた。生きてる、僕、生きてる……!」
『ちょっと! 早く窓閉めてよ、風圧で髪の毛がめちゃくちゃじゃない!』
魔子がシフトレバーを荒々しく操作し、ハンドルを急旋回させて魔界新幹線から距離を取った。
真壁は涙と鼻水でグチャグチャになった顔で、運転席の魔子を見つめた。
「魔子ちゃん……来てくれたんだね? ありがとう、本当にありがとう……!! 」
『ちょっと、やめてよ! 助手席に鼻水つけないで汚い! 勘違いしないでよね、嘘教えちゃって、真壁君を助けたかったわけじゃなくて、ちょっと深夜のドライブな気分だっただけだから!』
「つ、ツンデレ……? それも古典的な……」
真壁はあまりの安心感から、思わず笑みが溢れてしまった。「ふふ、あはははは!」
魔子も少し頬を赤らめ、ふん、とそっぽを向いた。
『……まぁ、せっかくここまで来たんだし、もう少しこのままドライブしない?』
「うん、魔子ちゃんに任せるよ。……あ、そういえばさ」
真壁がふと、前方の終わりのない真っ黒な景色を見て首を傾げた。
「これ、どうやって現世に帰るの?」
魔子はハンドルを握ったまま、ピキリ、と身体を硬直させた。
『……え?』
「え?」
二人の視線が交錯する。マスタングは、出口の一切ない、永遠に続く異界のハイウェイを、時速270キロのままどこまでも爆走し続けるのだった。
◇
翌朝。
市役所の幽霊社会復帰課のオフィスでは、いつも通り机の上にマイ畳を敷いて牢名主のようにあぐらをかいている鬼怒川烈子課長と、無表情で書類を整理している事務員の栞さんの姿があった。
「あー、クソ眠い。昨日は飲みすぎたわ。……あ、そういや真壁の雑魚はどうした、栞」
「朝の出勤ついでに、私が異界の高速道路の非常電話から、現世へのゲートを開いて牽引して助けておきました。先ほど無事に帰還しております」
「おう、そうか」
栞さんの相変わらずの超次元的な神対応(出勤ついで)により、真壁と魔子は無事に現世の市役所へと連れ戻されていたのだった。
しかし、真の地獄はここからだった。
ガシャァァァン!!!
幽霊社会復帰課のドアが、凄まじい勢いで蹴り開けられた。
そこに立っていたのは、成仏課のトップであり、魔子の母親である聖課長だった。いつもはおっとりとした美魔女風のシスター服を纏っている彼女だが、今のその顔には、一切の光がない。完全な暗黒の笑みを浮かべていた。
「あらぁ……。烈子さん、真壁君をお借りしてもよろしいかしらぁ?」
聖課長の後ろには、すでに精神が崩壊したような目でガタガタと震えている魔子と、自分の運命を悟って白目を剥いている真壁の姿があった。
「おう、好きにせぇ。ワシは今から綺麗な他目的トイレでクソひってくるわ!」
烈子課長はレモンサワーを持ってすたすたと退出していく。
「さぁ……魔子ちゃん、真壁君。私の大事な大事なマスタングを、無断で時速270キロも出して、おまけに助手席に『鼻水』まで付けた不届き者は……誰かしらぁ? 」
「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっッ!!!!!」」
その後、成仏課の奥の小部屋で行われた聖課長による二人の若者に対する「お仕置き」の内容は──それはそれは、あまりの凄惨さと精神的恐怖ゆえに、公務員の活動記録としての文章には一切残せない種類のものだったとさ。




