地獄の超特急2
プルルル、プルルル、ガチャ。
『……あん? 誰よ、こんな真夜中過ぎに……。ぶち殺すわよ……』
スマホから聞こえてきたのは、明らかに寝起きで、かつ世界を滅ぼしかねないほど不機嫌な魔子の声だった。しかし、今の真壁にとってはその罵倒すらも聖母の福音に聞こえた。
「魔子ちゃん! 魔子ちゃん助けてぇ!! 」
『はぁ!? 真壁君!? なんであんたが私のプライベート携帯に、しかも泣きながら電話してきてんのよ! 気持ち悪いわね!』
「違うんだ、きさらぎ駅! 最新版のきさらぎ駅に閉じ込められたんだ! 目の前に真っ黒な駅員さんがいて、こっちをガン見してて、もう僕の精神がもたないんだよぉ!」
『何言ってんのよ寝ぼけ──って、ちょっと待ちなさい。きさらぎ駅? あんた、あの異界に引っかかったの!?』
電話の向こうで、魔子がベッドから跳ね起きる気配がした。
『あー、もう、うるさいわね……。いい? よく聞きなさい。都市伝説の通りなら、そこから脱出するには移動するしかないわ。そこ、最新の駅なんでしょ? だったら新幹線がホームに来るはずよ。そこにある新幹線にでも乗って、隣の駅まで移動すればいいんじゃないの!?』
「え? 新幹線? 確かにホームの電光掲示板に『地獄行き』って書いてあるけど、乗って大丈夫なの!?」
『知らないわよ! テキトーに言ってんだから!』
その時、魔子の側の背景から、おっとりとした、しかし妙に圧力のある大人の女性の声が漏れ聞こえてきた。魔子の母親であり、成仏課のトップである聖課長の声だ。
『……魔子ちゃん違うわよぉ?あの新幹線に乗ったらダメなのよぉ。魂まで削られて──』
「え!? 乗ったらダメ!? 魔子ちゃん、今聖課長がダメって──」
──ホーーーーン!!!
真壁の言葉は、耳を聾するような激しい警笛によって掻き消された。
いつの間にかホームに滑り込んできていたのは、漆黒のボディに無数の人間の顔が浮かび上がる、おぞましき24両編成の『新幹線』だった。プシュー、と自動ドアが開く。
背後からは、真っ黒な駅員がじわじわと距離を詰めてきていた。
「うわあああ! もうどうにでもなれ!」
真壁は完全にパニックになり、聖課長の警告を無視して開いたドアの中へと飛び込んだ。直後、ガシャァンとドアが閉まり、時速300キロへと達する狂気的な超加速が真壁の身体を襲った。
「うわあああ! 助けてー! 降ろしてーーー!!」
走り出した新幹線の車内で、真壁は転がりながら絶叫した。
ふと顔を上げると、車内の座席を埋め尽くしている「乗客」たちの姿が目に入った。
それは人間ではなかった。全身がどろどろとした黒い影の者や、目や口のパーツが顔面の中でバラバラにずれて配置されている者、衣服だけが浮いている者──。数百もの怪異の瞳が、一斉に新入りである真壁へと向けられる。
真壁はガタガタと震えながら、まだ繋がっていたスマホを耳に押し当てた。
「魔子ちゃん! 乗っちゃったよ! 乗客が全員バケモノだよ! 隣の駅なんてなさそうだよぉ!!」
『ちょっと、真壁君! ママが今「乗ったら終わり」って言ったのよ! なんで乗るのよこの馬鹿──』
その時、真壁の前に、ぬうっ、と巨大な影が立ちはだかった。
見上げると、それは顔のパーツが完全にバラバラに崩れた、スーツ姿のおじさん怪異だった。おじさんは真っ赤な目を血走らせ、真壁に向かってめちゃくちゃな言語の怒声を浴びせてきた。
「ギョ、ギョポォォォ! ヌルポォォオオオ! ザケルナァアアアッッ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ! すみませんすみません、食べないでください!!」
真壁が命乞いをしていると、ぐちゃぐちゃな顔のおじさん怪異は、太い指で壁の一点をビシッ、と指差した。
真壁が涙目でその先を見ると、そこには綺麗なアクリルプレートでこう書かれていた。
【車内での通話は周りのお客様のご迷惑となります。通話はデッキでお願いします】
「……あ、すみません」
真壁は極限状態の恐怖の中でも、染み付いた小市民的マナー精神によって、反射的に謝罪してしまった。
おじさん怪異は「フンッ」と鼻を鳴らすような音を立て、席へと戻っていく。どうやら、この魔界新幹線、ホラーとしては最凶の部類だが、車内マナーに対してだけは現世のJRよりも遥かに厳しいらしい。
真壁はスマホを握りしめたまま、コソコソと走るようにして車両の連結部へと避難するのだった。




