地獄の超特急1
「新幹線……ですか?」
真壁霊は、手元の分厚い報告書と、目の前で昼の13時から堂々と缶のレモンサワーを開けている鬼怒川烈子課長を交互に見つめた。市役所の地下にある幽霊社会復帰課の空気は、今日も今日とてアルコールと重度のストレスの臭いで満ちている。
「おうよ。ただの『きさらぎ駅』とは話が違う。なんでも、最新のインフラを引っ提げて異界の線路を爆走しながら、乗客の魂を燃料に搾り取る恐怖の怪異新幹線、その名も『地獄新幹線・きさらぎ上越ライン』だそうだ」
烈子はプハァと喉を鳴らし、だるだるのタンクトップ姿で頭をボリボリと掻いた。いつもならまだ泥のように寝ているか、お地蔵さんのお供え物を物色している時間だが、今日の課長は妙に目がギラついている。
「ただでさえ出張手続きが面倒なのに、今度は新幹線だなんて……。僕の胃壁、もう先週のマザーメリーさんの件でボロボロなんですけど……」
「ガタガタぬかすな雑魚が! ワシは今夜の飲み会に向けてここで寝るんじゃい!お前はさっさと自分の仕事をしろ!」
◇
──そんな理不尽な会話があった、その日の夜。
地獄のような飲み会が終わり、最終電車に揺られていた真壁は、強烈なアルコールと疲労から、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
ガタゴトと揺れる不快な振動が消え、おかしな静寂が訪れたことで、真壁はハッと目を覚ました。
「う……わ、寝過ごしたか……?」
慌てて立ち上がり、開いたドアからホームへと飛び出す。しかし、そこは自分の降りるべき見慣れた駅ではなかった。
真壁は周囲を見回し、違和感に首を傾げた。
ネットの都市伝説で有名な『きさらぎ駅』といえば、薄暗い、誰もいない不気味な田舎の無人駅のはずだ。しかし、目の前に広がっているのは、まるで新築されたばかりの主要都市の新幹線ホームのような、ピカピカに磨き上げられた最新鋭の巨大な建造物だった。つくばエクスプレスか新幹線の最新駅並みに綺麗である。
「あれ……? 間違えてどこか新しい駅に来ちゃったのかな……」
胸を撫で下ろし、状況を確認しようとスマートフォンを取り出す。画面の左上には、冷酷にも『圏外』の文字が光っていた。
「やっぱり! 最悪だ、どこだよここ!」
絶望しかけた真壁だったが、スマホの画面にポップアップが表示された。
『利用可能なWi-Fiネットワークがあります:Kisaragi-Free-Wi-Fi』
「……え? Wi-Fi飛んでるじゃん!!」
こんな異常な空間なのに、インフラだけは令和最新版にアップデートされているらしい。真壁は藁にもすがる思いで接続し、爆速のインターネット回線を使って、幽霊社会復帰課のグループLINEへとメッセージを連投した。
『助けてください! 飲み会帰りに変な駅で迷子になりました! 看板に「きさらぎ」って書いてあります! 怖いから早く誰か助けに来てください!!』
数秒後、ピコン、と小気味良い通知音が響いた。
返信してきたのは、深夜だというのにいつも通り一瞬で既読をつけてくる、事務員の栞さんだった。
栞:『確認しました。しかし、現在、鬼怒川課長がいつもより飲み過ぎて床で行き倒れており、全く起きないため救助に向かうことは不可能です』
真壁:『えーーーーー!? そこを何とかしてくださいよ! 栞さんだけでも!』
栞:『無理です。私もこれから定時睡眠に入ります。独力で脱出してください。なお、そちらの世界にある食べ物や飲み物には絶対に手を付けないように。黄泉戸喫(黄泉の国の食物を口にすると現世に戻れなくなる呪い)が発動し、本当に帰れなくなります。それではまた明日』
真壁:『あ、ちょ! 待って! うわああん! 栞さーーーん!!』
冷酷に途減えたメッセージ。
地獄の飲み会帰り(主に烈子課長に無理やりウイスキーを一気飲みさせられた)のせいで、真壁の喉はカラカラに干からびていた。目の前には、これまた最新式の自動販売機が設置されており、冷たいお茶やスポーツドリンクがズラリと並んでいる。しかし、栞さんの警告を無視してこれを飲めば、その時点で人生が終了する。
「水……水が飲みたい……。っていうか、なんでこんなに綺麗なのに誰もいないんだよ……」
真壁が泣き言を漏らしながら周囲を見渡した、その時。
最新鋭の電光掲示板の影から、すうっ……と人影が現れた。
それは、頭から爪先まで、文字通り「真っ黒な炭」のようになった駅員だった。顔のパーツは一切なく、ただ黒い輪郭だけが、じっと、執拗に真壁の方を見つめている。
「ひぃっ……!!」
駅員はこちらへ近づいてくる風でもないが、その「ただ見つめてくる」という行為そのものが、圧倒的な異界の狂気を放っていた。
限界を迎えた真壁は、半狂乱になりながらスマホの通話アプリを起動した。LINEが繋がるなら、通話だってできるはずだ。彼が発信したのは、成仏課の新人、聖魔子の番号だった。




