地獄の人形劇4
月光に照らされた食堂の奥で、数千体の人形が蠢く巨大なバケモノが、地鳴りのような怨嗟の声を上げている。
「おどれがババァメリーさんか?」
烈子課長が日本刀を片手に、ドスの効いた声で睨みつけた。
「課長、マザーです。マザーメリーさんです」
真壁が背後から必死に小声で訂正する。
「あ゛あ゛? おどれがバザーメリーさんか?」
「混ざってます課長!! ババァとマザーが完全に混ざっちゃってます!!」
──ドゴォッッ!!!
「あぶっ!!??」
間髪入れず、烈子課長の容赦ないカーフキックが真壁の右脹脛を襲った。あまりの激痛に真壁は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「うるせぇ。おどれがマザーメリーさんだな?」
烈子課長は真壁を踏み台にするようにして一歩前へ出た。
「無垢な市民を襲う怪異に、この鬼怒川烈子様が直々に教育に来てやったぞ?」
『……ヨクモ……ムスメタチヲ……! コロス、お前タチも、人形ニナレェェエエエッッッ!!!』
マザーメリーさんが激昂した瞬間、洋館の空気が物理的に重くなるほどの、物凄い霊圧が放たれた。霊感の強い真壁は恐怖と威圧感で完全に腰を抜かし、少しだけ霊感のある栞さんですら、思わず「くっ……」と膝をついてしまうほどのおぞましさ。
しかし──鬼怒川烈子には、そんな精神的プレッシャーなど1ミリも通用しなかった。
課長はゆっくりと日本刀の鞘を口で咥えて引き抜き、左手に持った一升瓶から日本酒を口に含むと、刀身へと「霧状」にブフォォォオオオッッ!と勢いよく吹きかけた。
そして、刀を八相の構え──どころか、さらに天高く、両手を完全に伸ばして垂直に掲げた。
「や、薬丸自顕流……!? 蜻蛉の姿勢……っ!?」
真壁が目を見開いた。それは、一撃必殺を旨とする薩摩の最強の実戦剣術の構えだった。
「チェェェェェェエエエエエエイッッッッッ!!!!(猿叫)」
そこからは、見るも無惨な滅多撃ち(チェストの嵐)だった。
マザーメリーさんに、反撃のターンなんて最初から1秒たりとも存在しなかった。
一晩中眠りを妨げられ、朝から最高に機嫌の悪い怪物の怒りは、都市伝説の親玉ごときが受け止めきれるものではなかったのだ。
「チェストォォオオオッ!! チェストチェストチェストォォオオオッッ!!!」
洋館全体が地震のように激しく揺れ、烈子課長の狂ったような猿叫が響き渡る。
数千体の人形の結合体は、一太刀浴びるたびに数百体単位で消し飛んでバラバラのプラスチック片へと還っていく。
バチィィィンッッッ!!!
あまりに激しく叩きつけすぎたせいで、ついに烈子課長の日本刀が半ばからボキィッ!と派手に折れて空中を舞った。
ヒュンヒュンヒュンと回転しながら飛んできた鋭利な刀身は、床で腰を抜かしている真壁の股間から──わずか「あと5センチ」の距離の床に、ドスゥッ!と深く突き刺さった。
「ひぎゃああああああああっっっっ!!???」
その恐怖の瞬間まで、マザーへの滅多打ちの手が止まることはなかった。
数分後。
食堂の中央には、跡形もなく粉砕されてただの「粗大ゴミの山」となったプラスチックの残骸だけが残されていた。
「よし、急いで帰るぞ! 撤収じゃいッ!」
烈子課長が折れた刀の柄を投げ捨て、いきなり大慌てで出口へと走り出した。
「え? 課長、どうしたんですか急に? 勝ち鬨は?」
真壁が股間を執念で守りながら、戸惑って尋ねる。
「ほら、さっさと帰るぞ!! グズグズすんな!」
「え? でも、いつもの決め台詞の『びっくりするほどユートピア』は言わないんですか……!?」
「そんなんいいから! 火事だバカヤロー!!」
「えっ!?」
真壁が振り返ると、食堂のカーテンや絨毯から、ものすごい勢いで黒煙と炎が燃え上がっていた。
そう、さきほど烈子課長がポイ捨てした、タバコの火の不始末である。
「くそっ! 卑劣な怪異め! ワシらを巻き添えにして焼き殺すつもりだな、往生際の悪い雑魚めがぁッ!」
「えぇぇーっ!? 完全に課長のタバコのせいでしょぉぉおおおッ!?」
「栞! ちゃんと現場の記録はしているか!?」
烈子課長に睨まれ、栞さんは無表情のまま、燃え盛る洋館を背景に手帳へペンを走らせた。
「はい、バッチリです。『怪異マザーメリー、敗北を悟り自ら館に放火。復帰課は命からがら脱出』と記載しました」
「よし! 真壁……生き残りたければ、お前のその記憶、今すぐ消せよ?」
烈子課長がギラついた目で真壁を脅迫する。
「は、はひぃぃぃぃっっ!!」
煤だらけになった社会復帰課の3人が、燃え盛る洋館の玄関から飛び出した途端、背後で赤レンガの建物が大きな音を立てて崩れ落ちた。
大火災である。遠くから、ウゥゥゥ〜〜〜と微かに消防車のサイレンの音が聞こえ始めていた。
「チッ、官憲(消防と警察)が来やがったな。それじゃあ、また明日! 散開ッッ!!」
言うが早いか、烈子課長は一升瓶を小脇に抱え、ものすごいスピードで夜の森の奥へと消えていった。
「真壁さんも、上手く官憲に捕まらないでくださいね? 後で身元引受人とかに行くの面倒なので。では!」
「えっ、ちょっと栞さ──」
シュタッ、と栞さんも素晴らしい身のこなしで別の方向の森へと消えていく。
「え? え? え? え? ちょ! ちょっと待ってくださーーーい!! おいてかないでぇぇぇえええええええッッッッッ!!!!!」
森の中に、一人取り残された煤まみれの公務員の絶叫だけが、虚しくこだまするのだった。




