地獄の人形劇3
真壁の腰に括り付けられたメリーさんの生首が、ぶるぶると震えながら「コッチ……マザー、コッチ……」と呪詛のように呟く方向へと進むこと、数十分。
幽霊社会復帰課の面々が辿り着いたのは、町外れの鬱蒼とした森の奥にひっそりと佇む、不気味な赤レンガの洋館だった。
「ここか? そのババァメリーさんのヤサ(アジト)は?」
烈子課長が一升瓶をグイと煽り、日本刀を肩に担ぎ直す。
「そのようですね。周囲の霊素がすべてあの館へと吸い込まれています」
栞さんが手帳を開きながら淡々と答えた。
「あの、課長、栞さん……もうこのメリーさん外して捨てて良いですか? さっきから僕のケツをたまに噛むんですよ! 痛いんです!」
真壁が涙目で腰の後ろを庇うが、二人は完全にスルー。
「さて、どうしてくれようか。正面からブチ破るか、火でも放つか」
「え? 無視ですか? 安定の無視ですか!?」
真壁の嘆きを他所に、栞さんがすたすたとお洒落な玄関の前に進み、容赦なく呼び鈴を押した。
──ピンポーン。
「いや、誰も住んでないでしょ、こんな廃墟みたいな──」
真壁の言葉が終わるより早く、ギィィ……と重苦しい音を立ててドアが開いた。
中から出てきたのは、豊かな白髪を綺麗に結い上げ、全身を純白のロリータドレスで包み込んだ、頭のてっぺんから爪先まで「真っ白」なコーディネートの老婆だった。
「いらっしゃい……さぁどうぞ。その子を預かりましょうね、さぁ、こちらに……」
上品に微笑みながら両手を差し出す老婆。そのあまりにも丁寧な対応に、育ちの良さが裏目に出た真壁は思わず身体が動いてしまった。
「あ、これはご丁寧にどうも……」
真壁が腰からメリーさんの残骸を外して渡した──その瞬間。
ガシィッ!!! と、老婆の老婆らしからぬ万力のような力で真壁の両手首が掴まれた。
「──キェエエエエエエエ!!! この薄汚い男ッ! 薄汚い男ォォォオオオッッ!!!」
「うわあああ!? ちょっとおばあさんやめてください! ちょっ、爪が、爪が食い込んで痛い痛い痛い!!」
老婆の顔面が般若のように歪み、その白目に真っ赤な血走った血管が浮かび上がる。
「殺してやる殺してやる殺してやる! 白い物だけが美しいの! 美しい物を汚した男は死ねぇええええ──」
──ドッゴォォォォオオオンッッッ!!!
空気が爆裂するような鈍い衝撃音が響き渡った。
烈子課長の容赦のない、腰の入った強烈なボディブローが老婆の鳩尾へと深く突き刺さる。老婆の身体はくの字に折れ曲がって一瞬だけ宙に浮き、そのまま地面へと崩れ落ちて激しく痙攣しながら、謎の白い液体をブチ撒けた。
烈子課長は拳に付いた汚れをフッと息で吹き飛ばし、床の老婆を冷酷に見下ろした。
「おいババァ? メリーをボロ雑巾みたいに壊したのはワシだ? 罪のない真壁を勘違いで責めるんじゃねぇボケが」
(いや、僕を庇ってくれたのは嬉しいけど動機がヤクザすぎるよ課長……!)
「……課長のボディブローの冴えは、今日も宇宙一ですね、栞さん」
真壁が引きつった顔で言う。
「だろ? 栞? 今日もワシの拳はキレッキレだな!」
「はい、宇宙一です。さすが課長です」
「ガッハッハー! よし、行くぞ!!」
上機嫌になった烈子課長が、ドカドカと洋館の玄関を土足で踏み越えていく。
「あの、課長、このお婆さんは放置でいいんですか……?」
真壁が足元でピクピクしている老婆を恐る恐る指差すと、烈子課長が振り返って鼻で笑った。
「よく見ろボケカス。人形だ」
「あ……」
言われて見れば、老婆の口から溢れ出ているのは胃液ではなく、ドロドロとした白い蝋とプラスチックの破片だった。関節の隙間からは球体関節のパーツが覗いている。
この老婆すらも、精巧に作られた巨大な「人形」に過ぎなかったのだ。
マザーメリーさん、恐るべき怪異。
薄暗い洋館の内部へと、土足でズカズカと入り込んでいく社会復帰課の3人。
廊下の両脇、棚の上、果ては天井の隙間に至るまで、数え切れないほどのフランス人形、日本人形、マネキンが、隙間なくぎっしりと敷き詰められていた。
侵入者を感知した人形たちのガラス玉の瞳が一斉に動き、部屋中に不気味な囁き声が満ちていく。
『誰か来たよ?』
『誰だろうね?』
『マザーの生贄、新しい仲間になるの』
『みんな白くなる、みんなで白くなろう』
『キャハハ、ハハハハ!』
『ギャー!! ギャハハハッ!!』
立体音響のように響く呪いの笑い声。
「うるっせぇぇええええええええッッッ!!!」
烈子課長が怒声と共に、正面の廊下を塞ぐように群がってきた人形の群れへ、超弩級のラリアットを叩き込んだ。
ドゴシャアァァッ! と、数十体のフランス人形がまとめて粉々に粉砕され、壁に激突してバラバラのパーツへと還っていく。
「あ、危ない!」と真壁が避けた拍子に、床へ転がってきた人形の生首。
それを、後ろを歩いていた栞さんが、一瞥すらくれることなく、カツン、と鋭いハイヒールの踵で「グシャッ」と正確無比に踏み砕いて進んでいく。その無表情な冷徹さも、真壁にとっては人形たちの呪いと同じくらい恐怖だった。
「ひ、ひぃぃ……どっちを向いてもバケモノしかいない……っ」
烈子課長がラリアットと回し蹴りで人形の壁を文字通り「消滅」させながら進み、ついに廊下の最奥にある、巨大な食堂らしき重厚な扉の前に辿り着いた。
「ここが本丸だな」
烈子課長がニィと牙を剥き、両手で思い切り扉を押し開けた。
バァァァン!!!
開け放たれた食堂の奥。
月光が差し込む広い部屋の中央に、それは鎮座していた。
数千、数万体ものフランス人形の四肢、顔、髪の毛が、生き物のようにウジ虫のごとく蠢き、複雑に絡み合いながら一つの「巨大な女性の形」を形成している、悍ましき呪いの集合体。
『……ヨクモ、ワタシノ、ムスメヲ……』
数万体の人形の口が一斉に開き、地鳴りのような怨嗟の声が轟く。
これこそが、都市伝説の真の元凶──マザーメリーさんだった。




