地獄の人形劇2
通算14台目となる予備のガラケーが、不気味なバイブ音を立てて机の上で震え続けている。
本体であるはずのフランス人形は、目の前で亀甲縛りにされて吊るされているというのに。
「真壁。お前が出てみろ」
烈子課長が、タバコの煙を吐き出しながら顎でガラケーを指さした。
「えぇぇっ!? 僕ですか!? 嫌ですよ! 呪われそうだもん絶対ヤバ──」
──バシィィィィンッッッ!!!
「あべしッ!?」
課長の容赦ない平手打ちが真壁の右頬に炸裂し、真壁はスピンしながらガラケーをひったくるようにして耳に当てた。涙目で通話ボタンを押す。
「ひ、ひぃぃ……はい、もしもしぃ……っ」
スマホの向こうから聞こえてきたのは、先ほどのメリーさんとは明らかに違う、地を這うような、そして何十人もの女の声を重ねたような、おぞましい重低音のノイズだった。
『……ワタシ、マザーメリーさん……。メリーさんを返して……返して……返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して──』
「ひぃっ、あ、あのっ、だそうです、課長……!?」
真壁が恐怖に顔を青ざめさせて報告した瞬間、天井から吊るし上げられていたメリーさんが、それまでの絶望から一転して、狂ったように叫び始めた。
「マザー! マザー! タスケテ、マザー! オマエラ、コロス! コロス! コロ、コロコロ──ギャッ!?」
──シュパッ!!!
烈子課長が無言で壁から引き抜いた日本刀を振るい、メリーさんを吊っていたロープを鮮やかに斬り落とした。
床にボトッ、と落ちたフランス人形に向かって、烈子課長は躊躇なくその重い安全靴の足を踏み下ろした。
「壊れた人形ガァァアアアッッッ!!!」
グシャアッッ! とおぞましい破壊音が響き、メリーさんは小さな悲鳴と共に、完全に静かになった。床にはバラバラになった球体関節と、引きちぎられた金髪が散乱する。
「おんどりゃあ! お前ら、カチコミの準備じゃいッッ!!」
日本刀を肩に担ぎ、烈子課長がオフィスの畳を激しく蹴った。目が完全に据わっている。
「マザーだかババァだか知らんがなぁ、昨日からこのワシの、貴重な睡眠と排便の時間を邪魔しおってからに……タダで済むと思うなよコラァッ!!」
「え、えぇぇ!? カチコミって……でも課長、どうやってその『マザーメリーさん』を見つけるんですか!?」
真壁が必死に正論で止めようとする。相手は神出鬼没のネットロア、居場所など分かるはずがない。
「そんなもん知るかボケェ!! そういうのを考えるのもお前の仕事じゃろがいぃぃいいいッッッ!!!」
「そんな理不尽なァァァ!!」
真壁が頭を抱えて絶叫していると、背後からスッと影が忍び寄った。
無言の栞さんである。彼女は手際よく、床に転がっていた「まだ辛うじて原型を留めているメリーさんの上半身」を拾い上げると、太い麻紐を使って、真壁の腰の後ろにガチガチに巻き付けた。
「えっ、栞さん!? 何これ、重いし怖いし、なんで僕の腰にメリーさんを!? デコイ!? また僕をデコイにする気ですか!?」
腰の後ろで、ボロボロになったメリーさんの生首が、弱々しくカタカタと顎を鳴らした。
「……マザー……タスケテ……コイツラ、ニンゲンジャナイ……タスケテ……」
「メリーさんに同情される僕の身にもなってよぉぉおおおッッ!!」
「さぁ真壁さん、カチコミに出発です」
栞さんが無表情のままガッツポーズをしている。
「マザーのババァのツラ、眼球が飛び散るまでドツキ回してやるわぁぁあッ!!」
一升瓶と日本刀を両手に持った烈子課長を先頭に、幽霊社会復帰課の面々は、哀れな都市伝説の親玉を物理的に駆除するため、怒涛の勢いで地下オフィスを飛び出していくのだった。
ストーカー都市伝説『メリーさん』。
彼女たちが狙ったのは、この世で最も怒らせてはいけない「怪物」だった。
市役所の外の空が、なぜか不穏な血の色に染まり始める中、真壁の腰で泣き続けるメリーさんの悲鳴だけが、虚しく秋の空へと吸い込まれていった。




