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はい、こちら幽霊社会復帰課  作者: 拝頼人
二章 地獄の実地研修編
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地獄の人形劇1

朝の9時。

市役所の地下へと出勤してきた真壁霊は、幽霊社会復帰課のドアを開けた瞬間、その場に凍りついた。

オフィスの天井の梁から、一本の太いロープがぶら下がっている。


その先で、職人技のような精密さの「亀甲縛り」にされて吊るし上げられているのは、一髪の乱れもないはずの、美しい金髪のフランス人形だった。


「……じゅ、……あぅ……っ」


表情のないはずの人形の顔が、恐怖で引きつり、ボロボロと涙を流して啜り泣いている。その白い頬には、何箇所も黒い「タバコの根性焼き」の跡がついていた。


吊るされた人形の前に立ち、不機嫌そうに新しいタバコに火をつけているのは、もちろん鬼怒川烈子課長である。


「おい、ワレ。もういっぺん言うてみぃ。どこに居るって?」


「わた、し……メリーさ…ん、わた、わた、わたし……め、め、め、メリー? メリー? ……誰? わたし……う、ううっ……」


「あぁ……課長がやったんだ……」


朝から夢に、というか一生物のトラウマに出そうな凄惨な拷問現場を見せられた真壁は、頬を引きつらせた。


それにしても、今日の課長は輪をかけて物凄く不機嫌だ。そりゃそうだ、今は朝の9時。普通ならまだ寝ているか、まだ飲んでいる時間なのだ、この人は。

なぜ、今日に限ってこんな時間に起きて、朝っぱらから都市伝説を泣かせているのか。


──その答えは、「前日の昼」から始まった、メリーさんの一晩かけた命知らずな嫌がらせにあった。


【前日・12時半】

鬼怒川烈子は、ひどい二日酔いの頭をボリボリと掻きながらベッドの上で目を覚ました。

枕元のぬるいレモンサワーを啜り、タバコに火をつけようとするが、ジッポーライターがオイル切れでつかない。

「チッ、クソが」とライターを壁に叩きつけて粉砕した烈子は、お股をボリボリとはしたなく掻きむしり、その指の匂いをフンッと嗅いで、フレーメン現象を起こし固まった。


そのままキッチンへ向かい、ガスコンロの青い直火でタバコに直接火をつけ、だるだるのタンクトップの上から黒スーツを羽織る。リステリンを5秒口に含んでペッと吐き出し、これで歯磨きを完了とした。


【前日・13時】

部屋を出た烈子は、通勤路にあるお地蔵さんの頭を「パコォン!」と引っ叩き、お供えされている缶コーヒーとお饅頭を、片手で手を合わせてから奪い取って朝食とした。

その直後、近くのゴミ捨て場でぽつんと捨てられている一体のフランス人形を見つける。


「カーッ、ペッ!!」

烈子が喉の奥から絞り出した濃厚なたんが、フランス人形の綺麗な顔面のド真ん中にクリーンヒットした。


「よし、喉の調子が良くなったわ」


烈子はしゃがれた汚い声で軍歌を陽気に歌いながら、そのまま市役所へと向かって歩いていく。残されたゴミ捨て場のフランス人形──『メリーさん』が、怒りに震えてスッと消えた。


【前日・13時15分】

市役所に到着した烈子が、まず最初に向かったのは1階の綺麗な多目的トイレだった。

便座に座り、顔を真っ赤にしてフンヌゥゥーッ!と力強く踏ん張っている、その真っ最中。烈子のポケットで、年季の入ったガラケーが非通知の着信を告げて震え出した。


「あ゛あ゛!? 誰じゃボケェ、今ぶっといのがコンニチワしてるとこじゃろがい!!」


通話ボタンを押し、便座の上から吠える烈子。スマホの向こうからは、不気味な少女の声が響いた。


『……わたし、メリーさん。今、3丁目のゴミ捨て場にいるの……』


「あ゛? なんじゃワレ? 承認欲求モンスターか? 自分の居場所をいちいちワシに報告すんじゃねぇボケが! アリの巣に捩じ込むぞ!!」


容責なく通話を切られたメリーさんは、ゴミ捨て場で完全にフリーズした。


【前日・14時】

地下の幽霊社会復帰課のデスクの上の畳に、まるで刑務所の牢名主のようにドカリとあぐらをかいて座った烈子に、再び非通知の着信。


「もしもし? あ゛?」


『……わたし、メリーさん。今、2丁目の交差点にいるの……』


「こんの承認欲求モンスターがぁぁあ!!! いちいち進捗を報告すんな雑魚がァッ!! ガキは聖のクソデカホルスタインおっぱいでも吸って実家に帰れやぁぁアッッ!!」


ガシャァァァン!!! とガラケーを壁に叩きつけて真っ二つに粉砕する烈子。横では、すでに慣れっこになっている栞さんが、すぐに予備のガラケーを取り出し、手際よくデータを移行してあげていた。


【前日・深夜〜当日の早朝】

メリーさんの執念は凄まじかった。

烈子課長にどれだけ罵倒され、ガラケーを何台叩き割られようとも、1時間おきに「今、1丁目のコンビニにいるの……」「今、市役所の裏にいるの……」と、じわじわと、だが確実に距離を詰めながら電話をかけ続けてきたのだ。


夜が更け、深夜になっても鳴り止まない非通知着信。


「あー、クソ面倒くせぇ。家に帰るのもだるいわ」


ついにキレた烈子課長は、帰宅を断念。オフィスのデスクの上のマイ畳に文字通りゴロ寝し、そのまま不貞寝ふてねを決め込んだ。

そして、夜が明けたばかりの早朝。


静まり返ったオフィスに、一筋の影が忍び寄る。一晩かけてようやく地下の復帰課まで辿り着いたメリーさん(フランス人形)が、包丁を握りしめ、畳の上で爆睡している烈子課長の寝込みを襲おうと、ゆっくりと凶刃を振り下ろした──その瞬間。


「あ゛ぁん? 喧しいんじゃワレェ……ッ!!」


寝起きの一番タチが悪い時間帯の怪物が、目を見開いた。

世界最凶のゴリラを起こしてしまったメリーさんの運命は、そこから一瞬で決した。包丁は素手でへし折られ、そのまま髪の毛を掴んで床に叩きつけられ、流れるような手際で亀甲縛りにされて天井から吊るし上げられたのだ。


──そして、現在、【当日の朝9時】


「……で、今ココってわけね、」


烈子課長が、吊るされたフランス人形メリーさんを顎でしゃくった。


一晩中電話をかけ続け、ようやく近づいたと思ったら寝起きの怪物に捕まり、朝っぱらからタバコの根性焼きを入れられ続けたメリーさんは、すでに精神が崩壊しかけており、「わたし、だれ……?」と虚空を見つめている。


「課長、本当にお疲れ様です……。でも、メリーさんも捕まったし、これでようやく静かになりますね」


真壁がホッとした、その時だった。

新しくデータを移し終えたばかりの、14台目となる予備のガラケーが、またしても不気味に震え出した。

画面には、やはり『非通知』の文字。


「あん? 本体はここに縛り上げて、ワシの目の前で泣いてんのに、まだ鳴るか?」


烈子課長が、獰猛な笑みを浮かべてガラケーを睨みつけた。

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