地獄のラブホテル1
「……ねぇ、真壁君。これ、どういう状況か説明してくれる?」
「いや、僕に言われても困るよ魔子ちゃん……!」
真壁霊と聖魔子は今、ひなびた郊外の街道沿いにある、昭和の香りが色濃く残るラブホテルの、一室のベッドの上にいた。
事の始まりは、社会復帰課と成仏課に同時にもたらされた「最近、若いカップルが迷い込んで行方不明になるラブホテルがある」という共同調査の依頼だった。
同期二人で現地を偵察していたところ、部屋に入った瞬間に背後のドアが不気味な紫色の霧と共にロックされ、壁一面に不気味な赤黒い血のような文字が浮かび上がったのだ。
『絶対におせっせしないと出られない部屋』
「お……おせっせ……」
真壁はその文字列を口にした瞬間、全身の血が逆流するのを感じた。
おせっせ。それはインターネットの海で広く使われている、大人の男女による破廉恥な行為を指す隠語。
真壁は恐る恐る、隣に座る魔子を見た。
今年成人したばかりの彼女は、タイトな黒いミニスカートの裾をぎゅっと握りしめ、顔を耳の裏まで真っ赤に染めていた。その手はかすかに震えており、いつもの狂暴なナイフ使いの面影はない。
(う、嘘だろ……!? 出るためには、魔子ちゃんと、その……そういうことをしなきゃいけないの!? いくら魔子ちゃんが可愛いからって、僕、まだ心の準備が……というか、僕なんかでいいの!? そもそもファーストキスもまだなのにぃぃぃ!!)
童貞の脳細胞が超高速で自爆を始める中、魔子が蚊の鳴くような声で呟いた。
「……な、何よ、その目は。あんた、あたしの体をそんな不潔な目で見てたわけ……? 殺すわよ、本当に……」
「見てない、見てないよ! でも、文字通りに受け取るなら、それしか脱出する方法が──」
「わ、分かってるわよ!……でも、あんたみたいな頼りない男と、その……あ、あたしの初めてを、こんな趣味の悪い部屋で消費するなんて、絶対に嫌……っ!」
魔子は涙目でそっぽを向いた。そのツンツンした態度の裏にある、年相応の少女としての怯えと羞恥心。それが逆に真壁の男心を妙に刺激する。
「……分かった。僕だって、女の子に無理強いなんて絶対にしたくない」
真壁は意を決して、ベッドから立ち上がった。
「なんとか力ずくでドアを壊せないか試してみる。だから、魔子ちゃんはそこに座ってて」
「真壁君……」
魔子が少しだけ、潤んだ瞳で真壁を見つめる。二人の間に、これまでにない甘酸っぱく、そして切ない空気が流れ始めた──その時だった。
『せっせっせーの、よいよいよい♪』
部屋の天井に設置された有線スピーカーから、チープな電子音と共に、妙に気の抜けた子供の声が鳴り響いた。
「「……え?」」
二人の動きがピタリと止まる。
『アルプス一万尺、小槍のうーえで♪』
テンポよく刻まれる手拍子の音。壁の血文字が、じわじわと形を変えていく。
『おせっせ(っせーのよいよいよい)しないと出られない部屋』
「……手遊びじゃねぇかぁぁぁああああッッッ!!!?」
真壁の魂の叫びが、ファンシーな照明のラブホ室内に虚しく響き渡った。
おせっせ。それは大人の行為ではなく、誰もが幼少期に一度は通る、あの伝統的な手遊び『せっせっせーのよいよいよい』のことだったのだ。
「な、何よこれ! 脅かしやがって、このクソ怪異!!」
魔子が真っ赤な顔のまま立ち上がり、壁を蹴りつけた。
スピーカーからの音声は、さらにテンポを上げていく。どうやら、この流れてくるリズムに合わせて、二人で完璧にノーミスで手遊びをクリアしなければ、扉は開かないシステムらしい。
「よし、魔子ちゃん! サクッとクリアしてここから出よう!」
「分かったわよ! あんた、リズム感悪いんだから足を引っ張らないでね!」
二人は向かい合い、手を合わせる。
「せっせっせーの、よいよいよい!」
「アルプス一万尺──」
二人が「ヘイ!」のタイミングで手を合わせようとした、その瞬間だった。
ドンッッッッッ!!!!!!!




